▽ 11-1
目が覚めるとそこは、見慣れた自分の部屋だった。
カーテンの隙間から見える景色は先程までとは違い暗い。いつの間にか時間が経っていた。
たしかポアロで過呼吸を起こしたんだ・・・。そこまで思い出すと、ズキンっと頭が痛んだ。
その痛みに思わず右手で頭を抑えた。
「無理をするな。まだ休んでろ」
不意にリビングから聞こえてきた声。
それは赤井さんのものだった。
「勝手に部屋に入って悪いな。あと鍵も借りた」
ベッドの脇に腰掛けながら私の顔を見る彼。ポアロでの記憶があやふやな私は、彼に尋ねた。
「私、また過呼吸起こしちゃったんですよね・・・?あの後どうなったんですか?」
思い出せるのは背中を撫でてくれた赤井さんの手の温度と、心配そうに私を見た零くんの青い瞳。
零くんの手が私に伸びたその時、何故かその手に触れてはいけない気がした。
触れてしまうと、自分の中の黒い感情が彼に伝わりそうで恐ろしかった。
「気を失ってたんだ。しばらく店で休ませていたんだが、ずっとあそこにいるのもなと思って家まで連れて帰ってきた」
「そうだったんですね、ありがとうございます・・・」
またこの人に助けられたのか、私は。
つくづく弱い時分が嫌になる。
部屋にいるのは私と赤井さんの二人。
そこに零くんはいなかった。
「降谷君も心配していた」
無意識に部屋を見回した私の心を読んだかのように赤井さんはそう言った。
「・・・・・・心配かけてばかりですね、私」
思わず俯いた私の手に、少しだけ温度の低い赤井さんの手が触れた。
「なまえに謝らなきゃいけないことがある」
「・・・・・・え?」
「降谷君を怒らせてしまった。らしくもなく感情的になった。余計なことをして悪かったな」
珍しく困ったような表情を見せた赤井さん。それはいつも何処か余裕のある彼からは、想像のできないものだった。
そして語られるのは、私が気を失ったあとの出来事。
「・・・・・・赤井さんが謝ることなんて何もないですよ」
口からこぼれた言葉は私の本音だった。
零くんを傷付けたのは私の行動だ。赤井さんじゃない。
私がいつも赤井さんを頼るから。赤井さんに余計な心配をかけてしまう。
「いつも心配かけてごめんなさい。赤井さんには助けられてばかりで・・・・・・。優しさに甘えすぎですね、ホント」
ベッドの上に置かれた私の手に重なっていた彼の手に力が入る。
思わず彼の方に俯いていた顔を上げて視線を向ける。
「泣きたいなら泣けばいい。なまえ一人くらいいつでも受け止められる」
「・・・っ・・・」
その言葉に堪えていた涙腺が緩む。
「ここに降谷君はいない。言いたいことを言えばいい」
「・・・・・・っ・・・けど・・・っ」
「何を聞いても、どんなお前でも、俺にとっては大切な存在だよ」
どうしてこの人はこんなに優しくしてくれるんだろうか。嗚咽混じりの声を漏らしながら、私は言葉を紡ぐ。
いつの間にか涙がいっぱいに溜まった瞳からは今にも涙の粒がこぼれ落ちそうだった。
「・・・・・・理解し・・・ていたいのに・・・っ、こんな穢い感情なんて消えてほしい・・・っ・・・」
赤井さんは何も言わず、私の言葉を聞いてくれる。
「・・・・・・怖いんです・・・っ・・・。彼の中の正義を否定しそうな自分が・・・。そんなことを考えてるのが知られたら・・・っ・・・、嫌われるかもしれないのに・・・っ!!」
ずっと胸の中に押し留めていた気持ちが溢れ出す。
「降谷君はそんなに器の小さな男じゃない。だからちゃんと自分の言葉で彼にそれを伝えろ」
「・・・でも・・・っ」
優しく細められた緑色の瞳と私の涙でいっぱいの瞳が交わる。
赤井さんはそのまま私の腕を引き、そっと自身の胸に引き寄せた。
「・・・・・・なまえが正面から彼にぶつかって、彼がそれを受け止められないならいつでも俺のところに来るといい」
「・・・っ!」
「一緒に酒でも飲みながら好きなだけ話し相手になってやるよ」
ふっと口元を緩めながら、冗談めかしてそう言った赤井さん。
その言葉にドロドロとしていた心の中が少しだけ軽くなる気がした。
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