続・もし出会わなければ | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -






▽ 10-3


赤井さんに家まで送ってもらった私は、泣き腫らした目を冷やしてシャワーを浴びるとそのまま仕事に向かった。


働いている間は、余計なことを考えなくてよかったので気持ちが少しだけ楽だった。


けれど店を閉める時間が近付いてくるにつれて、少しずつ色々なことが頭に浮かんでは消えていく。


最後のお客さんを見送ってCLOSEの看板を掛けようと外に出る。


すると、ちょうど店に入ろうとしていた人とぶつかりそうになる。


「っ、ごめんなさい!」

ぱっと顔を上げると、そこに立っていたのは見慣れたグレーのスーツ姿の零くんだった。


「お疲れ様。仕事が思ったより早く終わったから、そろそろなまえも終わる頃かなと思って迎えに来た」

そう言って目尻を下げて笑う彼の姿に、ズキリと胸が痛む。


零くんの姿に気付いた店長に背中を押され、予定より少し早めに退勤を押した私。


零くんの車に乗り、そのまま私の家へと一緒に帰る。いつもの変わらないその流れ。

違うのはドロドロと嫌なものが渦巻く私の心の中だけだった。






ソファに並んで座りながら、他愛もない話をしているこの時間。いつもなら大好きな時間だった。


零くんの話に相槌をうちながらテレビをぼーっと見ていると、こてんっと左肩に重みを感じた。


ふと隣を見ると、彼が私の肩に頭を預けていた。


「最近バタバタしてたから、こんな風にゆっくりするのも久しぶりだな」
「たしかにそうかも。事件続きだったもんね」

ぽんぽんっと彼の柔らかな髪を撫でる。

私の手に擦り寄る姿が愛おしいと思った。



不意に彼の瞳と視線が交わる。


そのまま私の後頭部に伸ばされた彼の右手。近付くその距離に、私は思わず机の上に置かれたマグカップに手を伸ばした。


「っ、紅茶もうなくなっちゃったね!新しいの淹れてくる!」
「・・・あぁ、ありがと」


色違いのマグカップを持ってキッチンに向かった私。彼の視線が気になって、そっちを見ることができなかった。


きっと零くんは今の私の行動を不審に思ったはず。頭では分かっていたのに、あの日の零くんの姿が浮かんで反射的に体が動いてしまっていた。


罪悪感に苛まれながらお湯を沸かしていると、ソファから立ち上がった零くんがキッチンカウンターに両腕をつきながらこちらを見た。


「何かあったのか?」

真っ直ぐなその視線を正面から受け止めることが出来なくて、私の視線は手元のケトルに向けられたまま。


「何もないよ。ちょっと今日は疲れちゃっただけ」
「・・・・・・そっか。何もないならいいけど。それよりひとつ聞いてもいいか?」
「どうしたの?」


マグカップにお湯を注ぎ終えた私は、やっとの思いで顔を上げ零くんの顔を見た。


「昨日って仕事場の友達と一緒だったんだよな?帰りとか一人で大丈夫だったのか?」


その言葉に、心臓が大きく脈打つのが分かった。


「うん、平気だよ。近くだったから歩いて帰ってきた。朝の散歩って感じで新鮮だったよ」
「そっか。ならよかった」


零くんはそう言うとそのまま私の手からマグカップを受け取り、ソファへと戻った。


私ってこんな風に嘘つけたんだ。


またひとつ、自分の嫌いなところを見つけた気分だった。


声色を変えることなく、零くんに嘘をつく私。一度胸を巣食った黒い闇は、どんどん広がっていくようだった。

prev / next

[ back to top ]