▽ 10-2
Another side
いつもの自分の車ではなく、風見の車の助手席に乗りながらなまえの無事が分かったことにほっと安堵の息をつく。
隣で俺となまえの会話を聞いていた風見が何かを言いたそうに口を開きかけては閉じるを繰り返していた。
「何だ?さっきから変な顔をして」
「っ!いえ、何でもありません!」
慌てた風見がピン!っと背筋を伸ばしぶんぶんと首を振る。
「言いたいことがあるならはっきり言え。逆に気になるだろ」
「いや、なんというか、降谷さんが電話越しであんな風に誰かに優しく笑うのを初めて見たもので・・・っ」
しどろもどろになりながらそう言った風見に思わずふっと笑ってしまった。
「・・・・・あいつは特別だからな」
小さく呟いた言葉は風見に向けたものではなく、自分の中でその存在を再確認するかのようなものだった。
連絡ひとつ取れないだけでこんな風に誰かを心配するなんて、少し前の自分だと有り得なかったこと。
それくらい彼女の存在は自分にとって大切なものなのだ。
そんなことを考えながら右から左に流れる景色を窓越しに眺めていると、風見が小さく「あっ、」と声をもらした。
赤信号で止まっている車。彼の視線の先は対向車線に向けられていた。
「どうしたんだ?」
「いや、何でもありません!」
「何でもなくないだろ。言え」
「・・・・・・反対車線にあの人らしき車が・・・っ、」
風見の視線を辿ると、対向車線の何台か向こうに嫌に目立つ真っ赤な車。
「・・・・・・相変わらず目立つ嫌な色だな」
今朝の苛立ちも相まって、そんな嫌味がこぼれた。
この街であの車に乗っている奴なんて限られている。十中八九あれはあの男の車だろう。
そんなことを考えていると、信号が青に変わり車が進み始める。
進み始めた車。すれ違う瞬間に、一瞬だけ見えた奴の車の助手席。
「・・・・・・っ・・・?!」
じっと車を見ていたわけではないから確証はなかった。
それでも助手席に誰かが乗っていたことは確かだ。運転席に乗っていた人物はキャップを被っていて、はっきりと顔は見えなかったがおそらく赤井だろう。
助手席に乗っていた髪の長い女性。それが一瞬だけ、ほんの一瞬だけなまえに見えたのだ。
服装の雰囲気は違って見えたし、顔はよく見えなかった。だから見間違えかもしれない。
そもそも彼女は友人の家に泊まったと言っていたのだ。あの男といるはずがない。
もし奴と一緒にいたなら、なまえならそう言うだろう。
有り得ないな、と自分の見間違えだと言い聞かせる。あれが赤井の車だと百パーセント決まったわけでもない。
それでも一瞬だけ見えたその光景は、俺の胸の中に黒い小さなシミを残していった。
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