▽ 10-1
カーテンの隙間から差し込む光の眩しさに目を覚ます。
見慣れない景色に、ここが赤井さんの部屋だったことを思い出す。
「起きたか。おはよう」
私が起き上がったことに気付いた部屋の主は、パソコンに向き合っていた手を止め眼鏡を外しながらこちらを振り返った。
「おはようございます。私ベッド占領しちゃってましたよね・・・、ごめんなさい」
「構わないさ。元々調べ物をする予定だったし、気にしなくていい」
「ありがとうございます。いつも赤井さんには助けられてばかりですね」
私はベッドから起き上がりながら、机の上に置いたままになっていた携帯を手に取った。
「・・・っ・・・」
画面に残る通知に思わず息を飲んだ。
『何処にいるんだ?』
不在着信三件
『連絡まってるから』
零くんからのメッセージに胸の奥がズキンと痛んだ。
きっとあの後家に帰ってきたんだろう。そして部屋にいない私に気付いて連絡してきた。余計な心配をかけてしまったかもしれない。
つくづく自分勝手な行動で彼を振り回している自分が嫌になる。
「俺の所にも着信があった。この様子だと工藤邸にも行ったんだろうな」
赤井さんはこちらに自分の携帯を見せながら、ふっと笑った。
「・・・・・・私最低ですね。余計な心配かけちゃった・・・。なんて連絡したらいいんだろ」
はぁと溜息をつきながら座り込んだ私を見て、赤井さんはパソコンから離れ私の前に同じく座り込む。
そしてそのまま私の頭をそっと撫でた。
「たまには自分勝手に振る舞ったってかまわないさ。溜め込んでばかりいると心が壊れるぞ」
「・・・・・・赤井さんは私に甘いですよね、いつも」
「強がってばかりだからな、お前は。甘やかすくらいがちょうどいい」
揶揄うようにそう言いながらわざとらしく眉を上げた彼。その姿に私も思わず笑顔が零れた。
「適当に友達の家にでも泊まっていたと連絡しておけばいい。心配しているだろうからそれだけ連絡しておけ。それ以外のことはまた後で考えればいいさ」
「・・・はい。本当にいつもありがとうございます」
「なまえの世話を焼くのはもう慣れたもんさ」
らしくもなくケラケラと笑う彼の姿に救われる自分がいた。
この人がいなかったら、昨日の時点で私の心は壊れていたのかもしれない。
あの気持ちをそのまま零くんにぶつけていたら、今度こそ私は自分を許せなくなっていただろう。
ふぅと小さく息を整えると、私は零くんのメッセージに既読をつけ急遽仕事先の女の子の家に誘われそのままそこで眠ってしまっていたと連絡を入れた。
我ながらわざとらしい理由だと思ったが、他に理由が思いつなかった。
零くんにこんな嘘をつくのは初めての事だった。いけないと分かっていても、自分の中の醜い感情を彼に知られたくはなかった。
数分後、メッセージに既読がついたかと思うとすぐに携帯が着信を知らせた。
「降谷君か?」
「っ、はい・・・」
「俺は向こうに行ってるから出るといい」
赤井さんは気を利かせて隣の部屋に向かう。私は大きく深呼吸をすると、少し震える指で通話ボタンを押した。
「もしもし・・・」
『よかった・・・。何かあったのかと思った』
開口一番、聞こえてきたのは私を心配する彼の言葉。それに申し訳なさが募った。
「・・・ごめんね。連絡しようと思ったんだけど、友達と話してたらタイミング逃しちゃって・・・」
『何もないならいいんだ。昨日は夜帰れなくて悪かったな』
昨日の夜。
その言葉にまたひゅっと喉の奥が締め付けられた。
「・・・・・・っ、大丈夫だよ。お仕事お疲れ様」
声の震えを必死に押し殺してそう伝えると、零くんは優しく『ありがとう』と笑った。
『今日はそんなに遅くなる前に帰れると思う。じゃあまた連絡する』
プツリと切れた電話。後ろから風見さんらしき声がしていたから、きっと仕事中だったんだろう。
電話が終わった気配を察した赤井さんが隣の部屋から顔を覗かせた。
「大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。そろそろ帰って私も仕事の用意しなきゃ!」
心配そうにこちらを見る彼に、これ以上心配をかけまいと笑顔を作る。
「家まで送るよ」
赤井さんはそう言うと机の上に置いていた車の鍵を手に取った。
申し訳ないと思いつつも、優しい彼のことだ。断っても譲ってはくれないだろう。
いつの間にか洗濯をしてくれていたワンピースに着替えを済ませ、履きなれないヒールに足を通した。
「その格好も魅力的だと思うが、俺はいつものなまえの方がいいな」
玄関でそんな私の姿を見た赤井さんがぽつりとそう呟いた。
ベルモットが揃えてくれた今の私の服装。それを知っているからこそ出た言葉だろう。
ありのままの自分を受け止めてくれるその言葉に、私は彼の不器用な優しさを感じた。
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