▽ 9-9
Another side
すやすやと酔いつぶれて寝ている女性を横目に見ながら、荷物を持ってホテルの部屋を出ると見知った顔が部屋の前の壁に持たれかけながら立っていた。
「悪趣味ですね、相変わらず」
目深に帽子をかぶったその人にそう言うと、彼女は真っ赤な唇でにっこりと笑った。
「悪趣味はどっちなのかしらね。女の子が起きるまで待ってあげるのが紳士だと思うわよ」
エレベーターに向かう俺の後ろを歩きながらベルモットは呆れたように言う。
俺は後ろ手にポケットに入れていたボイスレコーダーを彼女に渡した。
「必要な情報が手に入ったなら、それ以上長居する理由はありません」
「相変わらずツレないわね。そんなんじゃモテないわよ」
「ご心配なく。困ってませんので」
彼女の軽口をかわしながらエレベーターに乗る。
二人きりのエレベーター。綺麗に磨かれた窓から見える空は朝焼けに染まっていた。
「・・・・・ところで最近女性相手の任務が多い気がするのは、貴女からの嫌がらせですか?」
腕に絡みついてきた先程の女性の感触が拭いきれなくて、その苛立ちを少しだけベルモットにぶつけた。
「あら、気の所為じゃない?それとも何か問題でもあるの?」
「・・・・・・いいえ、何も。上手くやっているのでなんの問題もないですよ」
腹の探り合いのような会話。
なんだかどっと疲れがのしかかってくる気がした。
ホテルの前でタクシーに乗り込むベルモットを見送ったあと、自身の車に乗り込んだ俺はハンドルにもたれかかりながら大きなため息をついた。
「・・・・・・はぁ、疲れたな・・・」
なまえの顔が見たいと思った。
あの女に言ったように、最近は女性絡みの任務が多い。
十中八九、なまえの存在を知ったベルモットが俺の様子を見て遊んでいるんだろう。
女性に対して嫌悪感があるわけではない。
なまえと出会う前は、情報を得るための手段として自分の持つ全てを利用することに抵抗はなかった。
けれど彼女に会ってからは違う。
仕事だと割り切っていても、偽りの言葉を囁くことには抵抗が生まれた。
それでも仕事の一つ。そう割り切っていた。
ただどうしても身体を重ねることだけは、無理になってしまった。
他の女性に触れた手でなまえに触れたくなかった。
その結果、最近では食事をしながら興味のない話に笑顔で相槌を打ち、彼女たちが気分良くなる言葉を囁く。そして最後は酒の力を借りて酔わせて必要な情報を得るのが
常套手段となっていた。
おかげで昔より心を開くのに時間はとられるし、酔った女性達がまとわりつくのは気分がいいものではなかった。
それでも最後の一線を超えていないことだけが、自分の中でなまえとちゃんと向き合えるギリギリのラインを保っていた。
*
見慣れたなまえのマンションが見えてくると、ようやく肩の荷がおりた気がした。
長居はできないだろうが少しだけでも彼女の顔を見ることができたら、もうひと頑張りできるだろう。
そんな思いから車を停めマンションのエレベーターに乗る。
寝ている彼女を起こさないようにそっと鍵を開け、部屋に入る。しんと静まった部屋。そのまま寝室へと足を進める。
「・・・・・・・・・なまえ?」
ベッドで眠っていると思っていたその姿はどこにもなく、綺麗に整えられた布団だけがそこにある。
部屋を探してみてもその姿はどこにもない。
携帯を取り出し、時計を確認する。
時刻は朝の五時を少しすぎた頃。どこかに行くには早すぎる時間だ。
外泊して帰っていないにしても、今まで連絡無しでそんな事は一度もなかった。
俺はそのまま手に持っていた携帯で彼女にメッセージを送る。
少し待ってみても既読すらつかないメッセージ。痺れを切らした俺は、彼女に電話をかけるも聞こえてくるのは無機質なコール音だけ。
「・・・っ、どこ行ったんだよ・・・」
何かに巻き込まれたのかもしれない。
ベルモットの一件もあったこともあり、嫌な汗が背中を伝う。
俺はそのまま部屋を飛び出すと車に乗り、唯一の心当たりである場所に向かった。
見えてきたのは周りの住宅よりも、ひと回りもふた周りも多きな邸宅。
工藤と書かれたその改札の下にあるチャイムを押す。
奴に頼るのは本意じゃないが、他になまえが向かう場所に心当たりがなかった。
何度かチャイムを押してみるが返答はない。赤井の携帯に電話をかけてみるも彼が出ることはない。
「・・・っ、クソ!」
苛立ちからドンっと、近くにあった電柱を殴った。
そうこうしている間に、風見との約束の時間が迫ってきていた。
少しの間悩んだ俺は、なまえに『連絡まってるから』とメッセージを送ると風見との待ち合わせ場所に車を走らせた。
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