▽ 9-3
美容院を出る頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。
「いい時間ね。次行くわよ」
時計を確認したベルモットは、そのままタクシーを止めるとそのまま私の腕を引き車に乗り込む。
彼女が運転手に告げた場所は、私でも聞いたことがあるような有名なホテルの名前。
「心配しなくても取って食べたりしないわよ。あそこのディナー、美味しいからおすすめなの」
ホテルという響きにびくりとした私を見て、彼女は笑った。
この人の真意が読めない。
私なんかが腹の探り合いをできる相手でないことは百も承知だが、それにしても今日の彼女の行動は私の理解を超えていた。
そんなことを考えている間に、ホテルへと辿り着いたタクシー。
私達は豪華絢爛なエントランスをくぐり、そのままエレベーターで上層階にあるレストランへと向かう。
フロアにつくと慣れた様子でスタッフにどこか個室へと案内される。
「うわぁー・・・、すごい」
部屋に入った私は思わず感嘆の声をもらした。
目の前の窓に広がるのは、キラキラと光る街の夜景。青で統一された落ち着いた照明は、その美しさを際立てた。
大きな窓の反対側には、同じくらい大きなガラス窓。そこから見えるのは、ホテルのレストランフロアだった。
「VIP専用なのよ、ここ。レストランと夜景、どちらもここからならよく見えるの」
「すごい・・・」
レストランにいるお客さんから一段上がったこの場所は、どうやら特別な場所らしい。
そこで楽しげに食事をする人達もどこか品良く、非日常という言葉が最適だった。
「心配しなくても向こうのフロアからこっちは見えないから安心しなさい。落ち着いて食事ができるわ」
所謂マジックミラーというものだろう。
ドラマの世界だけだと思っていたそれに驚きを隠せない。
本当にこんな場所があるんだなと、考えていると椅子に座るように促される。
「ここなら誰に見られることもないからマナーを気にする必要もないでしょ。ゆっくり食べましょ」
「・・・・・・どうして私を連れてきたんですか?」
ずっと気になっていた疑問をぶつける。
椅子に腰掛けたベルモットはずっと被っていた帽子を脱ぎ、こちらをじっと見た。
「最初に言ったじゃない。貴女とゆっくり話してみたかったのよ」
対面に座るベルモット。この場所も相まって、その姿はまるで一枚の絵のように美しい。
「まずは食事を楽しみましょ。話はそれからよ」
彼女の言葉を待っていたかのように、運ばれてくる料理達。
手をつけないのも申し訳ないし、今の彼女から敵意は感じられなかった。
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