▽ 8-25
Another side
「ところで安室さん、あのね・・・」
七十階を越えたところで、数段後ろでなまえさんを気にかけながら階段を昇っていた安室さんを振り返りながら口を開いた。
如月峰水さんが避難途中にいなくなってしまったこと。ビル下に避難していた人達の中にも彼らしい姿はなかったこと。
きっと彼はこのビルに留まり、もしかしたら死のうとしているのではないかと伝えた。
それを聞いた安室さんは、少し考える素振りを見せたあと口を開く。
「きっと彼が残るなら七十五階のパーティ会場だろうな」
「うん。ボクもそうだと思う。だからヘリで避難する前にあの人と話がしたいんだ。死なせたくないんだ!あの人のことはボクに任せてくれないかな?」
探偵として、たとえ相手が殺人者であろうとみすみす死なせるわけにはいかない。
ぐっと手に力が入る。
そんなオレを見た安室さんの瞳が鋭さを帯びる。
「時間はあまりない。彼が君の話に耳を貸すかどうかも分からないよ?」
「分かってる。だから二人は先に屋上に行ってて」
「危ないと分かっていて一人で行かすわけにはいかない」
「・・・けど安室さんはなまえお姉さんと一緒にいるべきだと思う。犯人と対峙するなんて場所にあの人を連れて行きたくないでしょ?」
そう言うと彼は言葉を詰まらせた。
安室さんがなまえさんを大切に思う気持ちは理解しているつもりだった。
犯人を推理で追い詰める現場というのは、良くも悪くも人間の本性が見える場面だ。
なまえさんのことだ、それで心を痛める可能性もある。ましてや犯人が彼女に危害を加える可能性だってあるのだ。
そこに安室さんが彼女を連れていきたいわけがない。
かといって彼女を一人で屋上に行かせるのも、今の状況では危険だ。
少し考えた後、しぶしぶだったが安室さんは何かあったら必ず自分を呼ぶことを条件にオレの意見を飲んでくれた。
七十五階の踊り場に着くと、オレは腕時計型ライトで階数表示板を確認し、扉へと近づいた。
「くれぐれも気をつけるんだよ」
「コナン君も一緒に屋上に行くんでしょ?」
扉を開けたオレと、背中を見送ろうとした安室さん。状況を把握しきれていないなまえさんが心配そうにこちらを見た。
「なまえお姉さんは安室さんと先に屋上に行ってて?ボクもすぐに行くからさ!安室さんがヘリの着陸を誘導してくれるはずだから」
「っ、でも・・・」
「事件の犯人がここに残っているかもしれないんだ。このまま残していったら死んじゃうかもしれない」
そう言うとなまえさんは、はっと息を飲んだ。
そして数秒、何かを考える素振りを見せた彼女は安室さんの方を見た。
「だったら安室さんはコナン君についててあげて?」
「・・・っ、けど!」
「私がコナン君についていっても足でまといになるかもしれない。安室さんなら守ってあげられるでしょ?屋上まですぐだし、私一人で行ってヘリの人に状況伝えてくるよ」
なまえさんはそう言うと安室さんの背中をオレの方へと押した。
「私なら大丈夫だから」
その言葉に安室さんは小さく頷いた。
「何かあったらすぐに連絡するんだ。分かったな?」
「うん。二人とも気をつけてね?」
そう言い残すと、彼女は屋上へと続く階段をのぼった。
「ついていかなくてよかったの?」
「なまえは一度決めたら聞かないから。これでついていったら逆に怒られるだろうな」
そう言いながら安室さんは困ったように笑った。
「まぁでも、あぁいう彼女だからほっとけないし大切だと思うんだよ」
「ホント好きだよね、なまえさんのこと」
冗談めかしてそう言うと、彼は恥ずかしげもなく「まぁね」と楽しげに笑った。
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