▽ 8-20
Another side
階段を駆け下りて辿り着いた四十階のコンピュータ室。
既に辺りは炎と黒煙に包まれていて、窓ガラスもピキピキと熱で嫌な音をたてている。
「クソっ!これじゃさすがに中には入れないか・・・っ」
一台でも無事なパソコンがあればと思ってやって来たが、この状況ではそれも難しそうだ。
悔しい気持ちもあるけれど、引き際を間違えてこの炎にのまれるのわけにはいかない。
そう思った俺は、コンピュータ室の中に入るのを諦めそのまま階段を下った。
その時、窓の外から激しい爆発音が聞こえた。
外を見ると、六十階の連絡橋が四十五階の連絡橋を巻き込んで地面へと落下している。
「・・・嘘だろ・・・っ」
きっとそれはA棟からB棟へ移動をさせまいとするもの。
どうやら想像以上にこのビルは危険らしい。早く地上に降りなければ、次にいつどこが爆発してもおかしくない。
黒煙を吸わないように気をつけながら階段を駆け下りていると、胸ポケットに入れていた携帯が鳴る。
足を止めることなく右手で携帯を取り名前を確認する。
「・・・っ・・・、こんな時になんで・・・」
そこに表示されていたのは見覚えのある数字の羅列。
ベルモットの使っている携帯のうちの一つの番号だった。
「何の用ですか?今立て込んでいて・・・っ」
この状況であの女からの着信。
無視することはできず、走りながら通話ボタンを押し彼女に問いかける。
『大変そうね、ツインタワービル』
「・・・・・・知っていたんですか?」
『少しだけ、ね。ところで貴方今どこにいるの?』
ゆるゆると少し間延びした彼女の喋り方が、この状況と相反していて苛立ちを煽る。どうせあの女の事だ、ジンから話を聞いてこのビルが見えるどこかで高みの見物を決め込んでいるんだろう。
俺が毛利さん達とこのパーティに参加することは、少し調べればわかることだ。揶揄い半分で電話をよこしたのかもしれない。
「どこかの誰かが仕組んだ爆発に巻き込まれたせいで、高層ビルから階段で降りているところですよ」
嫌味を混じえてそう言い返すと、彼女は電話の向こうでクスリと笑った。そして少し低いトーンで言葉を続けた。
『貴方の子猫ちゃんは、ちゃんと避難できたのかしら?』
「・・・っ・・・」
その言葉に思わず足が止まる。
少し前のこと。ベルモットはなまえの事をそう呼んでいた。
まさか組織に彼女が・・・・・・っ。と一瞬考えたが、なまえは蘭さん達とエレベーターに乗ったのだ。
組織が彼女に何かをしたなら、蘭さん達も巻き込まれているはず。それならこの女がこんな風に悠長に笑っているはずがない。
「・・・・・・一体何の話ですか?」
動揺を押し殺して彼女に尋ねる。
『今ツインタワービルの真向かいのビルから見てたんだけど、唯一動いていた展望エレベーターが炎に包まれてるの』
「・・・・・・何?!」
『エレベーターからは逃げたようだけど、連絡橋が爆破されたせいで子猫ちゃんはA棟に一人で取り残されたみたいよ』
さらりと告げられた言葉。思わず携帯を落としそうになる。
彼女の言葉が嘘ならばどれほどよかっただろうか。
けれど何度考えても彼女がこの状況でそんな嘘をつく理由が見当たらなかった。
「・・・・・・なまえは今どこにいるんですか」
『あら、やっと子猫ちゃんの存在を認めるのね』
「早く答えてください。今は貴女と言葉遊びをしている時間がない」
『つまらないわね。・・・・・・四十五階の連絡橋の前よ。早く行かないと大事なペットが丸焦げになっちゃうわよ』
「・・・なっ・・・!」
『これはあの子が彼を助けてくれたお礼よ』
そう言って電話はぷつりと切れた。
彼を助けてくれたお礼・・・、彼女の言葉の真相が気になったが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
俺は降りていた階段を、今度は駆け上った。
上に上がるにつれて深くなっていく黒煙。
きっとこの様子では、帰り道はもうこの階段は炎に包まれ使えないだろう。
それでも真っ赤に染まる炎を避けながら、やっとの思いで四十五階へとたどり着いた。
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