▽ 8-19
私は零くんを引き止めたい気持ちを押し殺して、エレベーターに乗った。
下降するエレベーター。地上へと近付くにつれて、一緒にエレベーターに乗った女性客達は心なしか表情が和らぐ。
目の前に広がる夜景に少しだけ足が竦んで、じっと足元を見つめていた。
「でもこのエレベーターだけ別電源でよかったよね。そうじゃなきゃ、階段で降りるんじゃ大変だよ!」
園子ちゃんと蘭ちゃんのそんな会話が耳に入ってくる。
たしかに彼女の言う通りだ。
展望エレベーターだけ別電源だったのは偶然なんだろうか。
ふと先程の零くんの言葉が頭を過る。
“組織絡み”
こんな大規模な爆発は簡単に計画実行できるものではないだろう。
爆破されたのは電気室と発電機室、そしてコンピュータ室。
コンピュータ室はさっき零くんが言っていた理由だとして、どうして電気室と発電機室もなんだろう。
そんなことをじっと考えていると、足元に光る赤い点を見つける。
これは・・・・・・・・・っ・・・!
レーザーポイント。
実際に見るのは初めてだが、ゆっくりと動くその光は間違いなくそれだった。
レーザーポイントが当たっているのは園子ちゃんの足元。
それに釣られるように彼女の顔を見る。
もしかして・・・。
いつもとは違うウェーブヘアの彼女。初めてそれを見た時の嫌な予感が再び襲ってきた。
ゆるゆると彼女の足元を伝い、上へと上がっていく赤い光。
「・・・っ、コナン君・・・!」
隣で何かを考え込んでいたコナン君に思わず声をかける。
切羽詰まったかのような私の声。コナン君は私の方を見た、そしてそのまま私の視線の先の赤い光を見つける。
「・・・なっ・・・!」
息を飲む彼。そしてそのまま眼鏡を触り向かいのビルへと視線を向ける。
その間にもレーザーポイントの光が園子ちゃんの首から頭へと移動する。
「園子姉ちゃん!パンツ丸見え!」
私が園子ちゃんの腕を引こうと手を伸ばしたのと、コナン君がそう叫んだのはほぼ同時だった。
「えっ?!」
園子ちゃんが自分のミニスカートを覗き込んだと同時に弾丸がガラスを突き破り、彼女の頭上をかすめ背後の非常停止ボタンを破壊した。
エレベーターはスピードを落とし、やがて四十四階で止まる。
「えっ?!何?!何があったの?!」
パニックになって取り乱す園子ちゃん。
それは組織が狙う彼女からはかけ離れた姿。
エレベーター内を見回してもレーザーポイントはない。人違いに気づいたんだろうか。
コナン君もレーザーポイントが消えたことに安堵し、表情を緩めた。
やっぱり組織はシェリーを狙っている。
彼女が元の姿のままならきっとこのエレベーターに乗っていただろう。子供の姿だったからこそ、気付かれることなく哀ちゃんは一階まで降りることが出来たのだ。
そんなことを考えていると、止まったままのエレベーターに四十階からの火が迫る。迫り来る黒煙に女性客達は悲鳴をあげる。
沢口さんが必死に一階のボタンを押すも、エレベーターは動かない。
ガラス窓の外でもうもう上がってくる黒煙。それは四十階がすでに炎に覆われていることを意味していた。
指先からどんどんと温度が失われていく。
震えだす手を反対の手で押さえつけた。
「なまえさん?大丈夫ですか?」
蘭ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。
そんな私達をコナン君はじっと見つめていた。
「蘭姉ちゃん!肩車して!」
コナン君は蘭ちゃんにそう言うと、そのまま彼女の肩に乗る。そしてそのまま天井の非常口のフタを蹴り上げた。
エレベーターの天井に登った彼は、辺りを腕時計型ライトで照らす。すると四十五階の扉が見えてくる。
続いて天井に登った蘭ちゃんに、私や園子ちゃんも引き上げられる。
必死に扉を開こうとするコナン君。それを見た蘭ちゃんは彼に代わり、扉の隙間に指を入れて力を込める。
「頑張って蘭姉ちゃん」
「お願い!」
コナン君と園子ちゃんが声をかける。
すると、ギギギ・・・と扉が少しずつ開き始め、蘭ちゃんがさらに力を込めると重い扉は鈍い音を立てながら大きく開いた。
開いた扉を見た女性客達も表情を綻ばせる。そのままその扉からエレベーターホールに上がり、彼女達を引き上げるのを手伝う。
けれど心ここにあらずとはまさに今の私のことで、あの迫り来る黒煙が頭から離れずにいた。
「ここ何階かしら?」
「四十五階だよ」
「連絡橋がある階ね!」
女性客の問いに答えるコナン君。彼の言葉に女性客達は頬を緩めた。
けれどその緩みは一瞬のことで、引き上げられた女性客の一人が背後を振り返り叫んだ。
「大変、煙が・・・!!」
一斉に振り返ると、廊下の奥から天井をはってこちらへと流れてくる。
「橋を渡って隣のビルに逃げよう!」
コナン君の声でみんな一斉に走り出す。
「なまえお姉さんも!早く!!」
黒煙を見つめていた私の腕をコナン君が引く。
「・・・・・・っ、うん・・・っ」
震える足に喝を入れ、必死に力を込める。
零くんなら大丈夫だ。
彼があんなものに巻き込まれるわけがない。
走りながらそう自分に言い聞かせる。
「・・・・・・安室さんならきっと大丈夫だよ」
そんな私の心を見透かしたかのようにコナン君は隣を走りながらそう言った。
彼も零くんがコンピュータ室に向かったことを知っているんだろうか。
「・・・うん、ありがとう・・・っ」
震える声で彼にそう伝えると、連絡橋が見えてきた。
前を走る女性客達は沢口さんの誘導で連絡橋へと走る。それに続く園子ちゃんや蘭ちゃん。そして私とコナン君。
その時・・・・・・、頭上から爆音が轟いて、思わず上を見上げた。
上からは破壊された六十階の連絡橋がまっすぐに落ちてきていた。
「・・・・・・っ、危ない!!!!」
咄嗟に隣にいたコナン君の背中を思いっきり押した。
私に押されバランスを崩したコナン君は少し前に居た蘭ちゃんに腕を引かれなんとかB棟へと滑り込んだ。
その瞬間、四十五階の連絡橋がぐしゃりと崩れひん曲がった二つの連絡橋が重なるように地上に落下した。
「なまえさん!!大丈夫ですか?!!」
崩れ落ちた連絡橋、A棟に取り残された私は無数の鉄骨の前で向こう側で手を振りながら叫ぶ蘭ちゃんや園子ちゃんに無事を知らせるために手を振った。
B棟側では蘭ちゃんや園子ちゃん、そしてコナン君。他の女性客の無事が確認できて、ほっと胸を撫で下ろす。
そんな安堵も一瞬のこと。防火扉の隙間から漏れてくる黒煙が徐々にこちらに迫ってきていた。
「・・・・・・嘘でしょ、どうしよ」
目の前には剥き出しの鉄骨、ごーごーと吹き込んでくる風がこのビルの高さを実感させ、思わず足が震えた。
退路を絶たれるとはまさにこの事だろう。
「・・・・・・・・・零くん・・・っ・・・」
無事でいてほしいと願った彼。こんな状況でも頭に浮かぶのは彼の姿だった。
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