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例年を上回る猛暑と言われた今年の夏も終わりが近づいていた。

あんなにも賑やかに鳴いていた蝉の音も聞こえなくなり、かわりに夜になれば鈴虫が軽やかに秋の訪れを知らせる。


「うわーん!できない!終わらない!」

夏のボーナスで奮発して買ったドレッサーの前で大きなため息をつく。


時間がないと焦れば焦るほど、上手く髪を巻くことができない。

人より少しだけ不器用な私も、普段のようにゆっくり丁寧にやれば髪くらい巻けるのだ。


けれど今日はそういう訳にはいかない理由があるんだ・・・・・・。


「遅い。用意するだけなのに何分かかってるんだ」


でた、私の焦りの原因め。

小さくため息をつきながら現れた零くんをジト目で睨む。


「女の子は用意に時間がかかるの!化粧もあるし髪もセットしなきゃだし」
「だったらもっと考えて早めに用意しろ」
「うっ・・・・・、それを言われると返す言葉がありません・・・」


まだ大丈夫、まだ大丈夫と携帯をいじっていた数十分前の自分を恨む。


「だいたい自分が行きたいって誘ってきたんだろ。だったら用意くらい済ませとけ」
「・・・・・・はい、おっしゃる通りです」

私の背後に立った零くんと鏡越しに目が合う。

そして彼はそのまま私の右手にあったコテをすっと取り上げると、慣れた手つきで私の髪を巻いていく。


「やってくれるの?!」
「お前がやるより俺の方が早いだろ。まだ化粧も途中なんだろ?そっちに集中しとけ」

私がやるより手早く綺麗に巻かれていく髪。
それを見ながら慌ててアイメイクに取り掛かる。


天は二物を与えず、なんて言葉は絶対に嘘だ。

現に私の後ろにいるこの男は、二物どころか三物以上与えられているのたがら。


いつ見ても顔は整っているし、スタイルも良ければ頭もいい。さらに女の私よりも器用ときた。

まぁ素直じゃない性格と、口の悪いところがたまにキズだけど・・・・・・。


バシッ!


「痛っ!なんで急に叩くの?!」
「別になんとなく。しいて理由を挙げるなら、お前が頭の中でくだらないことを考えてる気がしたからだ」
「・・・・・・零くんはエスパーですか?」

もうやだ、この人怖い。

笑いながらそんな話をしていると、私の髪の毛は綺麗に左右対称に巻かれていた。

流石、としか言いようのない出来に思わず感心してしまう。


私の化粧も終わり、やっと用意ができた!と思っていたら今度は巻かれた髪を器用にアップスタイルへと結い上げていく彼。


「なんでアップにするの?」
「いいからじっとしてろ」
「あ、わかった!実はうなじフェチとか?」
「・・・・・・今すぐこの髪ぐちゃぐちゃにしてやろうか?」
「ごめんなさい、冗談です・・・」

あれよあれよという間に、綺麗なアップスタイルにセットされた私の髪。


「可愛い!なんかアップにするの新鮮かも!お祭り行ったら暑いだろうし、丁度いいかもだね」

くるくると鏡の前で自分の姿を確認しながらそう言うと、零くんも口元に笑みを浮かべて私を見ていた。


今日はこの街で行われる今年最後のお祭りの日だ。

花火が上がったり、屋台がたくさん出るような大きなお祭りはもう終わってしまったけれど、地域の小さなお祭りがまだこれからということで二人で行くことになったのだ。


忙しいはずの彼がどうにか予定を合わせてくれたことを思い出し、思わず私の頬は緩む。


「じゃあ行こっか!」
「ちょっと待ってろ」

玄関に向かおうとする私にそう言い残し、寝室の方へと入っていく零くん。

あれだけ早く用意をしろと言っていたくせに、何か忘れ物だろうか?


「ほら、これ。着てみてくれないか?」

そう言いながら差し出したのは、彼の瞳と同じ青を基調とした綺麗な浴衣だった。


「なんで・・・、いつ用意してたの・・・?」

予想していなかった贈り物に、私は驚きが隠せない。


「この前テレビ見ながら言ってただろ。祭り行くなら浴衣着たいって」
「覚えてたの・・・?」
「あぁ。遅くなって悪かったけど、今年はどうにか一緒に行けそうだったからな」

僅かにいつもより赤みを帯びた頬の彼の姿に、胸がきゅんと高鳴る。


テレビを見ながら何気なく言った言葉を覚えていてくれたこと。

わざわざ私の為に浴衣を用意してくれていたこと。


忙しいはずなのに予定を合わせて、お祭りに行きたいという私の言葉を叶えてくれたこと。


「・・・・・・大好き!!!」
「知ってる」

喜びを隠せず彼の胸に飛び込めば、軽々と私を受け止めてくれる優しい腕。


平成最後の夏の思い出は、大好きな彼と淡い青の浴衣を着て行った夏祭りだった。




〜おまけ〜


久しぶりに登庁した降谷さんは、朝からひたすら書類の処理に追われていた。

デスクに積まれた書類の山を、とんでもないスピードで片付けていく姿は我が上司ながら流石だと思う。


そんな彼の隣で自分も仕事に取り掛かることはや数時間。



「なぁ、風見。お前はどれがいいと思う?」

先程まで書類と睨み合いをしていた降谷さんが、今度は何やらパソコン相手に難しい顔をしていた。


椅子をずらし彼のパソコンを覗き込めば、そこに表示されているのは女性物の浴衣だった。


「浴衣ですか?」
「僕が着るんじゃないぞ?」
「流石にそれはわかっています・・・」

言われなくてもこんな可愛らしい浴衣を男が着るなんて想像したくない・・・・・。


そんな言葉は心の中に留めて、もう一度パソコンと向き合う。


「これかこれ・・・ですかね?着る人間にもよるとは思いますが」

黒を基調としたものと、赤を基調としたものの二つを指させば、露骨に降谷さんの顔が歪む。


「・・・・・・なんで赤と黒なんだ?黒はあいつのイメージじゃない」

そもそもオレは“あいつ”がどんな方なのか知りません・・・、なんて彼に言えるわけがない。


「じゃあその赤とピンクの物がいいんじゃないですか?女性らしくて可愛らしいと思いますが」
「・・・・・・赤は駄目だ。好きじゃない」


それは赤色ではなくて、あの男のことでしょう・・・。

平気そうに仕事をこなしていたが、彼は見た目以上に疲れているのかもしれない。


「じゃあその青いやつはどうですか?ほら、降谷さんの瞳と似た色ですし」

黒の浴衣の下にあった、淡い青の浴衣を指さす。


「青か・・・。確かに似合いそうだ。助かった、ありがとう」

ようやく納得したのか、帰り支度を始める降谷さん。


理由はどうあれ彼の役に立てたことはやはり嬉しいものだ。


「あれ?買わないんですか?それ」
「ん?ああ、やはり実物を見て選びたいだろ。今から見に行ってくる」

ネットならボタン一つで買えるというのに、わざわざ買いに行くとは・・・。

どうやら降谷さんにとって“あいつ”というのは、その手間も惜しくない存在らしい。


「これ、終わったから上に回しといてくれ」

ポンっと机の上に置かれた書類の束。

オレが処理していたらあと三日はかかっただろう。

「分かりました。お疲れ様です」
「お疲れ。あとこれ、あんまり根を詰めすぎるなよ」

手渡されたのはカフェオレとチョコレートの入ったコンビニ袋。


「ありがとうございます!」

お礼を言うと片手を上げ、そのまま部屋を出ていく降谷さん。


いつの間にこんな物を買ってきてくれていたんだろうか・・・。

厳しい上司だが、こういう一面を見せられると自分も頑張らねばという気持ちにさせられる。


「・・・・・・どんな女性なんだろうか」

厳しいところもあるけれど、部下に対しても気遣いを忘れない降谷さん。

そんな彼があんな風に想いを寄せる女性とは一体どんな人なのか。


あの淡い青の浴衣を着るであろう女性に思いを馳せつつ、オレは残された書類の山と再び向き合うのだった。

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