SS | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▽ 過去拍手SS


※ 君ありて幸福の番外編SSです。未読の方はご注意ください。




ハロウィンが終わり、街中が一気にクリスマスの煌びやかな雰囲気へと移り変わるこの季節。


どことなく浮ついた雰囲気の街とは反対に、この時期になると毎年あいつの顔色が優れない日が多くなるんだ。



あいつ自身も無意識なんだろう。いつもに増して俺の傍から離れなくなるし、ふとした瞬間何かを考えるみたいに視線を宙にさ迷わせる。



理由なんて考えなくても分かる。



11月7日。


忘れることができないその日は、何年経ってもあいつの心に黒い影を落とす。


年々、その影は小さくなっているんだとは思う。それでも決してなくなることはなくて。俺に対してだけじゃない。毎年、この日がくると松田に連絡を必ずとっているのもあの日≠忘れることができていない証拠だろう。



それに嫉妬なんてない。ただあいつの不安がなくならないことが心配で、どうすればその一抹の不安が完全に消えてなくなるのか。何度か松田とも話したけれど、その答えはでなかったんだ。







未来が変わったあの日≠ゥら何度目かの11月7日。



目覚ましが鳴る少し前、ゆっくりと浮上した意識の先ですぐ近くにある大好きな温もり。私より先に目を覚ましていたらしい研ちゃんと視線が交わる。



「・・・・・・けん、ちゃん?」
「おはよ。目覚めた?」



何年経っても私を見る研ちゃんの眼差しは底なしに優しくて。この穏やかな時間が幸せ。すごく、すごく幸せ。それなのにこの幸せを知れば知るほど、たまらなく怖くなることがある。



あの日、失われていたかもしれない未来。無理矢理捻じ曲げた未来の先にあるこの幸せが、幸せであればあるほど失くすことを考えるだけで心臓が締め付けられるみたいに苦しくなるの。



今のこの時間は、私が知っている未来とは違う。タイムパラドックスなんて言葉が存在しているくらいだ。私が捻じ曲げた過去が未来にどう影響するのか。


私に何かあるのならいい。少し前ならそう思っていたと思う。でも目の前のこの優しすぎる人は、それを許してはくれないから。



もう1人の幼馴染みもきっとそう。形は違っても、私が2人を大切に思うのと同じくらい2人も私のことを大切に思ってくれているから。気軽に捨てれる命も、未来も、今の私は持ち合わせていない。



そして何よりも大切な人が失われる未来なんて、もう二度と考えたくもないから。



普段は平気でも、この時期だけはそんなことを考えずにはいられなくなるんだ。



優しく私の髪を梳く大きな手。この温もりに触れられることが当たり前じゃない。


自分の手をその手に重ねると、何も言わずに彼の指が私の指に絡む。



「大丈夫だから」
「・・・・・・え、?」
「俺はずっと傍にいるよ。何があってもちゃんとお前のところに帰ってくる。だから大丈夫」



その言葉に目の奥がツンとして、視界が揺らぎそうになる。



もう何年も前から、私の不安にずっと寄り添ってくれていた研ちゃん。ここ数日の私の変化に彼が気付かないはずがない。



絡んだ指先がそっと私の手を撫でる。



顔を寄せた彼の胸からは、たしかに今ここで研ちゃんが生きている証が音を刻む。それが心地よくて、たまらなく愛おしい。




「・・・・・・・・まだ少しだけ・・・、・・・怖いの」
「うん、知ってる。だから今日はずっとお前の傍にいるよ」
「研ちゃん・・・・・、」
「ほら、約束。あの時はお前のお願い&キいてやれなかったから。今度は絶対守るよ」



一度は解けた指先。小指を私の小指に絡めた研ちゃんは、小さく笑いながら優しく目尻を下げる。



何があっても傍にいて欲しいと願ったあの日。後にも先にも、研ちゃんが私のお願い≠聞いてくれなかったのはあの時だけだった。




「・・・・・・あの時、研ちゃん頷いてくれなかったもん。ホントは気付いての」
「お前に嘘はつけねぇから、俺。だからあの時はあんな逃げ方してごめんな」



約束を破ったわけじゃない。
あの時、研ちゃんは私のお願い≠ノ頷くことはなかった。真っ直ぐで嘘をつかない人だから。気が動転していたあの時の私はそれから目を背けようとしていた。





あの時は、お前の傍にいるべき男は俺じゃないって思ってたから。


他の男に託すことができた。誰よりも信頼出来る奴だったから、あいつと幸せになる未来の為に自分を犠牲にすることなんて少しの抵抗もなかったんだ。




「でも今は違う。何があってもお前に触れられるこの距離を手離すつもりはねぇよ」
「・・・・・・っ、」



大きな瞳にじんわりと涙の膜が張る。目尻に溜まった涙の粒を繋いでいない方の手でそっと拭う。



自分以外の他の誰かがお前に触れるなんて耐えられない。幸せそうに笑う顔を一番近くで見ていたい。どうしても辛くてたまらないとき、涙を拭う役目は俺だけのものであってほしい。



自分勝手な欲望。昔はどうしてこの気持ちを抑え込むことができていたのか、今となれば自分でも分からない。



それくらい俺にとってお前は特別≠セから。



「未来は変わる。お前が笑えない未来なんて何回でも捻じ曲げてやる。だから不安になんてならなくていい」
「・・・・・・っ、けん、ちゃん・・・」
「ずっと傍で笑ってて?それだけで俺、何でもできると思うから」



運命だろうと、宿命だろうと。


お前の為なら何度でも変えてやるから。




「・・・・・・好き・・・っ、大好き・・・、!」
「ははっ、朝から泣き虫だなぁ。俺も、大好きだよ♪ 」



大粒の涙を流しながら、笑うお前の表情が昨日までとは違って晴れやかだったから。



宝物≠ェ笑ってくれる。
それだけで俺の未来は明るいんだ。




2023.11.7


prev / next

[ back to top ]