▽ 6-5
Another side
「あれ?これってなまえさんのかな?」
先程まで、なまえさんが座っていた席を片付けていた梓さんの手には1冊の本。
また今度返せばいっか!と言いながらキッチンに戻ろうとした梓さんを、思わず呼び止める。
「たぶんまだ近くにいると思うので、僕が渡してきますよ。今はお客さんも少ないですし」
そう言いながら梓さんから本を預かる。
彼女が店を出てまだそんなに時間は経っていない。少し走れば追いつくだろう。
「そう?じゃあ、お願いします。あ、もうすぐ雨降るらしいから気をつけてくださいね」
ひらひらと手を振る梓さんに見送られながらポアロを出て、彼女の自宅へと続く道を進む。
───・・・梓さんの言う通り、また今度手渡せば良かったんだろう。
ただ最後の彼女の様子が、気にかかっていた。
「安室さんのせいじゃないですよ」と彼女は笑っていたが、あのときの表情は間違いなく自分のせいだ。
人間生きていれば、思い出したくない過去くらいあるだろう。
間違いなく俺との話で過去の何かを思い出し、傷付いていたであろう彼女。それでも笑って俺のせいではないと言う。
さすがに申し訳ないことをしてしまったと、後悔が生まれる。
そんなことを考えながら走っていると、ポタポタと雨が降り出す。
濡れてしまわないように、本を上着の中にしまいながら走っていると、少し前に見覚えのある背中が見えた。
「・・・・・・なまえさん・・・?」
雨の中、時間が止まったかのように立ち尽くす女性。
声をかけようとしたが、彼女の今まで見たことのない姿に思わず躊躇してしまう。
雨か・・・?いや、泣いているのか・・・?
そんなことを考えていると、後ろから聞き慣れた声がする。
あれは・・・・・・、コナン君と沖矢昴・・・?
鉢合わせないように、すっと路地裏に隠れる。
彼女の姿に気付いた沖矢昴が、走っていくのが見えた。
あんな風に慌てた様子の奴は、初めて見たな・・・。
彼女に傘を差し出す彼。そんな彼の姿を見て、今度は正真正銘の涙をこぼす彼女。
友人同士とは思えない雰囲気に、今出ていくべきではないと判断し俺はポアロへと戻ったのだった。
*
なまえさんとポアロで顔を合わすようになり、気付いたことがある。
彼女は、俺が笑う度に少し悲しそうな、辛そうな顔をすること。
話しかければ笑顔で答えてくれるし、何かを言われたわけでもない。
ただ線を引かれているなとは思う。
恐らく自分でもそれには、気付いていないんだろう。
「なんなんだ、いったい・・・」
そんな彼女が沖矢昴の前では弱さを見せるんだな・・・・・・。ふと頭にそんなことがよぎるのだった。
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