▽ 19-5
止まりかけた頭を必死に働かせる。震える手で携帯を手に取り、降谷さんの携帯番号を押す。
無情にも聞こえてくるのは、無機質なコール音で何度か繰り返すと留守番電話へと切り替わる。
・・・・・・きっと無事だ。彼があんな事に巻き込まれるなんてあるわけない。そう自分に言い聞かせる。
折り返し連絡があるかもしれない、そう思いながらテレビの前で携帯を握りしめてどれくらいの時間が経ったんだろう。
いつの前にか真上にあった太陽は傾き、窓から差し込む光も橙色を帯びている。
「・・・・・・そうだ・・・。ポアロ・・・」
彼がいるかもしれない場所で唯一心当たりのある所。可能性は低くても、そこに降谷さんに会える可能性があるなら・・・・・・、
私はふらふらと覚束無い足取りで立ち上がると、そのまま玄関へと向かった。
*
見慣れた通りにやって来ると、ポアロの前に見慣れない車が停まっていた。後部座席には、毛利探偵と・・・・・・、
「・・・・・・風見さん?」
きっと彼なら降谷さんのことを知っているだろう。けれどこの状況で呼び止めるなんて出来るわけがない。
ぐっと歯を食いしばり、去りゆく車の後ろ姿を見送る。・・・・・・それにしてもどうして毛利探偵が?捜査協力なんて穏やかな雰囲気ではなかった。それにまず風見さん達が彼にそんなことを頼むとは思えなかった。
「なまえお姉さん?!」
「・・・・・・コナン君?」
立ち尽くす私を背後から聞こえてきた声。探偵事務所から駆け下りてきたコナン君は、車が去っていった方に険しい視線を向けながら私の名前を呼ぶ。
彼はいつものように子供らしさの仮面を被ることなく私に詰寄る。
「・・・・・・なまえお姉さんは何も知らないの?安室さんと最近会ってないって言ってたよね?何も聞いていないの?」
「何のこ・・・」
彼の質問の意図がわからない。そんな私の言葉を遮るように、背後でカランコロンとドアベルの音がした。
コナン君と共に振り返ると、そこに居たのはいつものポアロのエプロン姿でほうきとちりとりを持った安室さんだった。
ただひとついつもと違うのは、右頬に貼られた大きな絆創膏。それがあの映像が現実のものだったことを私に教えてくれた。
コナン君は、私にそれ以上言葉をかけることはせずポケットから携帯を取り出しながら安室さんに近付いた。
「公安の刑事さんだよね?」
「さぁ、知らないけど」
ちらりとコナン君の携帯を見ると、そのまま視線を背け掃除を始める安室さん。その姿はいつもの優しい彼からはかけ離れている。
「ケガしてるね、風見刑事も安室さんも。つまり安室さんもいたんだよね、爆発現場に」
「なんの話かわからないな」
「サミット会場の下見をしてたんでしょ?」
僅かに安室さんの手が止まったのは一瞬のことで、すぐにちりとりにゴミを掃き入れてドアへと向かう。
「きっとそのとき、テロの可能性を察知した。だけど今のままじゃ爆発を事故で処理されてしまう。そこで容疑者をでっち上げた。違う!?」
半ば叫ぶかのように安室さんに自分の推理をぶつけるコナン君。
「安室さんや彼みたいな警察官なら、パソコンに細工をしたり現場に指紋を残すことだって可能だよね?」
「警察はね、証拠のない話には付き合わないんだよ」
「なんでこんなことをするんだ!」
「・・・・・僕には、命に代えても守らなくてはならないものがあるからさ」
取り付く島もない安室さんの言葉に、コナン君の表情がより険しいものになる。
二人のやりとりで大まかな流れは察した。やはり先程の光景は、穏やかとは言えないもので捜査協力なんかではなく彼が連行されたのだと知る。そして父親がそんな状況になったとなれば、きっと彼の娘である蘭ちゃんはショックを受けているんだろう。
何より真実を追い求めるコナン君がこんな歪められた展開を許せるはずもないし、蘭ちゃんの気持ちを考えれば彼がらしくもなく感情的になることも理解ができた。
「・・・・・・なまえさん」
ずっとこちらに背中を向けていた安室さんとやっと視線が絡み合う。
「今日はお店にはいらっしゃらないんですか?」
「・・・・・・え?」
「ポアロに来たわけではないんですか?」
「・・・あ・・・はい。ポアロに用事があって・・・」
しどろもどろになりながらそう言うと、お店のドアを開け私を待つ彼。確かにポアロに用事があった。けれどそれは降谷さんの無事な姿をどうにか確認したかった一心で、まさかこんなことになっているなんて思いもしなかったんだ。
そしてそのまま私が店に入ると、安室さんはコナン君にそれ以上声をかけることなくドアを閉めた。
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