捧げ物 | ナノ
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▽ 1-2



こんな所で会うなんて思っていなかった。


1日だって忘れたことはない。


なまえの口が俺の名前を呼ぼうとするのを遮るように、偽りの名前を告げる。


傷付いたように瞳を揺らすと、彼女は俺から目を逸らす。


他人の空似。

そう思って欲しい。思ってもらわなければいけないのに、気が付くと用意したコーヒーに添えていた2本のスティックシュガー。


それを見て固まるなまえを見て、胸の奥が締め付けられるように痛む。けれど同じくらいアイツの中にまだ俺がいることが嬉しい。そんなことを思ってしまう俺はなんて自分勝手なんだろうか。



少しだけ伸びた髪がなまえの表情に影を落とす。


カランコロン、と入口のベルが鳴りそちらに視線を向けると1人の男性が店に入ってきた。


その男性はカウンターに座るなまえを見つけると、その名前を呼ぶ。



「なまえ!ごめんな、待たせて」
「ううん、大丈夫。ちょうど飲み終わったから行こっか」


空になったコーヒーカップを置くと、鞄を手に取り立ち上がるなまえ。伝票を持ちレジに向かった彼女の背中を追う。


「・・・・・・ご馳走様でした」
「400円です」

レジに立つ俺の顔を見ようともしないなまえ。彼女が財布を出すより先に、隣にいた男性が1000円札をトレーに置く。


「っ、いいよ!自分で払う」
「これくらい出させてくれよ。待たせたお詫び」
「ありがと」

くしゃりとなまえの髪を撫でるその男性。それを受け入れて笑顔を見せるなまえ。2人が纏う空気は、柔らかくて親密さを感じさせる。


その光景にカウンターの下でぐっと拳を握る。手のひらに刺さった爪のおかげで、どうにか冷静さを失わずにいられた。



そう、これは俺が望んだ光景だ。


潜入捜査が決まり、このままなまえと付き合い続けていたら彼女に危険が及ぶ。だから何も告げずに離れたんだ。


全てを告げたら、お前は絶対に待ってるよ≠チて言うと思ったから。


どれくらいの期間になるかも分からない。大切な彼女の時間を無責任に奪うわけにいかない。



でも、もしも・・・・・・


全てを終えた時、お前がまだ俺の存在を求めてくれるなら・・・・・・




そんな淡い期待を抱いていた自分を、もう1人の自分が嘲るように笑う。



何も告げずにいなくなった男を、待っているわけがないか。




「・・・・・・さん?店員さん?お釣りお願いできるかな?」
「っ、失礼しました!600円のお返しです」


彼の言葉にはっと意識を戻す。

慌ててレジから取り出した小銭をトレーに置き、彼に渡す。



まさか別の男と並び歩く後ろ姿を見送ることにるなんてな。


ドアを開け楽しげに話す2人を見送りながら、そんなことを考える。



「指輪、式には間に合いそうなの?」
「なんとか大丈夫そう。絶対気に入ると思うよ」
「ふふっ、そっか。楽しみだね」



不意に聞こえてきた会話の内容。



そこには、俺の望んだなまえの幸せがあった。






1人きりの部屋。


ぐるぐると頭の中で繰り返されるのは、去り際の2人の会話。



「・・・・・・俺しか好きになれないんじゃなかったのかよ」


真っ暗な部屋にそんな呟きが溶けて消える。


心のどこかで期待していたんだ。

なまえはずっと俺を想っててくれるって。



自分勝手すぎて反吐が出る。



心から望んでいたはずのアイツの幸せを素直に喜べない自分がいることを認めたくなかった。


その時、部屋に置いていた写真立てがガタンと音を立てて倒れた。



立ち上がりその写真立てを手に取る。そこにはいつだったか、なまえと2人で撮った写真があった。



未練がましくて嫌になる。


そこに映る俺達は笑っていた。




弱い自分が顔を出す。もう一度だけでいい。声が聞きたい。どうせ最後になるなら・・・・・・、



データこそ消したけれど、彼女の携帯電話の番号を忘れることはなかった。


もしかしたら変わっているかもしれない。知らない番号だから出るかもわからない。


画面を押す手が少しだけ震えた。



聞こえてきたコール音。


あと3回。それで出なかったら切ろう。


まるで言い聞かすようにそんなことを考える。



あと2回。



1回。






プツンと途切れたコール音。






『・・・・・・もしもし?』
「なまえ・・・、久しぶりだな」
『っ、零・・・』


電話越しに名前を呼ばれただけで、何重にも鍵をかけて心の奥底に閉まっていた想いが顔を出す。


携帯を握る手に思わず力が入る。


「今大丈夫か?」
『・・・・・・うん』
「昼間、ごめんな。ちょっと色々事情があってさ」
『・・・・・・やっぱり零だったんだ』
「ははっ、さすがにあれで他人の空似には無理があるだろ」


違う。こんな話がしたいんじゃない。

言いたいことは他にあるだろう。



「・・・なまえ、あのさ・・・」


ごめんな。おめでとう。幸せになれ。


言いたい言葉はたくさんあった。


でもそんな俺の言葉を遮ったのはなまえだった。



『・・・・・・ねぇ、零・・・会いたい・・・』
「っ、」
『会いたいよ・・・っ、・・・零・・・!』


震える声。嗚咽混じりに俺の名前を呼ぶなまえ。


駄目だ。ここで会ったら俺は言ってしまう。だから・・・・・・、



『お願い・・・、・・・零に会いたいの・・・っ・・・』



途切れ途切れに聞こえてくるなまえの声は、俺の中の理性を奪っていった。


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