▽ 1-1
「いらっしゃいませ!」
夕方までの仕事を終えたあと、いつものようにふらりと立ち寄ったポアロ。相変わらず完璧な笑顔の安室さんに迎えられることにも、ようやく少し慣れてきた。
「なまえさんでしたか!こんにちは」
「こんにちは。席空いてますか?」
「ええ、もちろん。いつもの席が空いているのでどうぞ」
いつも座るカウンター席に通される。
どうやら今日は梓さんは休みらしく安室さんが1人で接客をしていた。
時間帯のせいもあるのか、比較的落ち着いた店内でマスターの淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。
やっぱりこの雰囲気は癒されるなぁ。
まったりとした時間を過ごしていると、安室さんが女子高生達の席で捕まっているのが視界に止まる。
「ねぇねぇ、そろそろ連絡先教えてよー」
「お願い!それか今度どこか遊びに連れてってー」
「申し訳ないんですが、仕事が忙しいんですよね」
ニコニコしながら女子高生達のお願いをのらりくらりとかわす安室さん。
あはは・・・、安室さんは笑ってるけど、心の中の降谷さんが何を考えているのか想像するだけで恐ろしい。
「安室さんいつもそればっかりじゃん〜」
「本当は彼女いるから、連絡先も教えてくれないんじゃないのー?」
女子高生達も簡単には食い下がらないようで、どうにか連絡先を聞き出そうと粘る。
「彼女ですか・・・、そうかもしれませんね」
パチっとウインクをした安室さんに、女子高生たちの悲鳴が重なる。
「誰?!やっぱりあの店員さん?」
「彼女とはただの同僚ですよ」
「じゃあ誰?どんな人なの?!」
彼女達の勢いを見ていると、梓さんが日々炎上を恐れている理由がよくわかる。
あんなの見てたらそりゃ炎上するの怖いよね。彼女達と安室さんのやりとりを見ながら、思わず苦笑いがこぼれる。
傍観者としてそんなやりとりを眺めていると、安室さんと目が合う。
そして安室さんは口元に悪戯な笑みを浮かべると、なにやら女子高生達にこそこそとささやく。その瞬間、彼女達の視線が一気に私へと向けられる。
何?!なんでそんな刺すような視線を向けるの?嫌な予感しかしない・・・・・・。
そんなことを考えていると、彼女達がツカツカと私の元へとやってくる。
「えーっと、何でしょうか?」
その勢いに驚きながらも、目の前にきた彼女達に尋ねる。
「あの!安室さんと付き合ってるんですか?」
・・・・・・・・・・・・はぁ?
彼女達の質問の意味がわからない。
ふと彼女達の背後に立つ安室さんに視線を向けると、両手を合わせてお願いの仕草をしている彼。
これは話を合わせてくれってことなんだろうか・・・。
「どうなんですか?本当に彼女なんですか?!」
「教えてください!」
黙り込む私にしびれを切らした彼女達が詰め寄る。
しばしの葛藤のあと・・・・・・
「あ、はい。お付き合いさせていただいてます」
私は馬鹿だと思う。なんで断れなかったんだ・・・。
乗っかってしまった自分を呪いつつも、彼女達の後ろで笑顔を見せる安室さんに、ムカッとしてしまうのは私が悪いわけではないはずだ。
「なんだ、本当に彼女いたんだ・・・」
「残念だけどお似合いだしね」
「急に押しかけてごめんなさい」
しょんぼりとした雰囲気を醸し出しながらも、ちゃんと私への謝罪を忘れない彼女達は根はいい子なんだろう。
「彼女の事は他の子達には内緒にしてくださいね」
いつの間にか私の隣に来た安室さんが、笑顔で女子高生達にそう言うと素直に応じる彼女達。
やっぱりいい子達じゃん、なんか申し訳なくなってきた・・・。
「じゃあまたね!安室さん!ポアロにはまた遊びに来るからかまってね」
「お幸せに〜!」
そう言って笑顔で手を振りながらポアロを後にする彼女達を、なぜか安室さんと並んで見送る私。
完全に彼女達が見えなくなったことを確認すると、隣に立つ安室さんをジト目で睨む。
「あれ?なまえさん、顔が怖いですよ」
「怖いですよ、じゃないです!なんであんな嘘ついたんですか!」
「ははっ、すいません。でも助かりました」
「・・・・・・あの子達、本当に安室さんのことが好きだったんじゃないんですか?」
ああやって笑ってはいたけれど、本心では傷ついていたんじゃないかと彼女達のことが気にかかった。
「なまえさんは本当に優しいですね」
「え?」
「でも彼女達が好きなのは、愛想がよくて優しいポアロの店員ですよ。別に僕じゃなくてもいいんです」
そう言う安室さんは、ここじゃないどこかを見ているように思えた。
「・・・・・・そんなことはないと思いますよ。ちゃんと安室さんのことを見てくれてたと思います」
その姿がどこか切なさをはらんでいるように見えて、思わずそんなことを口走る。
「ありがとうございます」
そう言って笑う彼は、やっぱり安室透としての完璧な笑顔。この笑顔の仮面が崩れる日はくるのだろうか・・・。
「でもなまえさんが彼女っていうのはいいかもしれませんね」
「・・・っ!突然どうしたんですか?」
「なんでね、冗談です」
からかわれてる・・・、そう思いながらも頬が赤くなるのは止められない。
「巻き込んでしまったお詫びに、ケーキをご馳走しますよ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
・・・・・・────安室さんが出してくれたケーキは、いつもより少しだけ優しい味がした。
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「なまえさん!聞きましたよ、この前の女子高生の件!」
「あぁ、梓さんの耳にも入ってたんですね」
「あの子達はたまたまいい子だったからよかったけど、中には過激な子もいるんです!気をつけてくださいね?」
「あははー・・・、それは安室さんに言ってください・・・」
次にポアロを訪れたときに、梓さんから炎上防止策について懇々と説明を受けたのはまた別のお話。
Fin
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