捧げ物 | ナノ
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▽ 1-1




「浴衣と私服どっちがいいか?そんなの本人に聞けばいいだろ」

ミンミンと蝉が騒がしく鳴く季節。

昼休み、高校の渡り廊下で零を捕まえて掲示板に貼ってある地元の夏祭りのポスターを指さしながら尋ねた私。それを目の前のこの男はあっさりと切り捨てた。


「零の馬鹿!付き合ってから初めてのイベントなの!ちょっとでもヒロくんに可愛いと思われたい乙女心がなんでわからないの!」

バシバシと隣の零の腕を叩くけれど、彼はなんてことない顔でその腕を受け止める。


「乙女っていうならそのすぐに手が出るとこ直した方がいいんじゃないか?」

ふっと馬鹿にしたように笑った彼を睨んでいると、少し向こうから見知った顔がこちらにやって来るのを見つけ零に掴まれていた腕を解いた。


「ヒロくん!」

ぱぁっと笑って彼に駆け寄る私を見て、零がぶつくさと後ろでなにかを言っていた気がしたが聞こえないふりをする。


「零と一緒にいたのか。さっき教室に寄ったらいなかったから探してた」

「教室まで来てくれてたの?!ごめんね」

「いいよ。一緒に飯食おうって約束してたもんな」


駆け寄った私の頭をぽんぽんと撫でながら優しく笑うヒロくん。それにつられて私の目尻も下がる。


「零も一緒に食べる?」

もう一人の幼なじみを振り返ると、彼は背を向けて歩き始めるところ。


「たまには二人でどーぞ。ちゃんと自分で聞けよー」

ひらひらと手を振りながら渡り廊下を立ち去る零。いつも三人でいたせいか、それとも私達の関係に名前がついたからか。ヒロくんと二人きりは少しだけ照れる。


「何を聞くんだ?」

零の残した言葉を私に尋ねるヒロくん。

不意に顔を覗き込まれて、その距離の近さにカッと頬に熱が集まる。


「っ、何でもないよ!早くご飯いこ!昼休み終わっちゃう」

赤い頬を隠すように彼の腕を引いて中庭に向かった。


途中の購買で買ったパンを二人並びベンチに腰かけながら食べていると、ヒロくんが口を開いた。


「零と何の話してたんだ?」

そりゃ去り際にあんなこと言われたら気になるよね。と心の中で零の馬鹿と毒づきながら、ヒロくんに視線を向ける。

目が合うと「ん?」と首を傾げる彼。

その姿にすらきゅんと胸が高鳴るのだから長年の片思いとはすごいものだ。


「・・・・・・夏祭り。二人で一緒に行こうってヒロくん誘ってくれたでしょ?」

「あぁ、それがどうかしたのか?」

「浴衣と私服どっちの方がいいかなって零に相談してたの。・・・・・・ちょっとでもヒロくんに可愛いって思ってもらいたかったから」


我ながら恥ずかしくてどんどん語尾にいくにつれて声が小さくなる。

けれどヒロくんの耳にはしっかりと届いていたようで、彼は小さく笑った。そしてそのまま私の頭を自分の胸の方へと引き寄せた。


「いつも可愛いと思ってるよ。今だってそうやって考えてくれてたって知って、めちゃくちゃ可愛いと思ってる」

「・・・っ!」


先程の何倍もの大きさで心臓が脈打つのが自分でもわかった。絶対に今の私の顔は、真っ赤だろう。


「でもそういうことは今度から零じゃなくてオレに直接聞いて?」

少しだけ真剣味を帯びたヒロくんの声。それにつられて自然と私の視線が上がる。

いつも真っ直ぐに私を見ている彼の目は、何故か不自然に反対を見ていて視線が交わることはない。


「ヒロくん?」

それが彼らしくなくて思わず名前を呼ぶ。


「・・・・・・ちょっとタンマ。忘れて。ってかオレ今かっこ悪いから見ないで」

顔を覗き込もうとした私の目をヒロくんの手が覆う。いつの間にか昔に比べて大きくなった彼の手。指の隙間から見えた彼の頬は少しだけ赤く見えた。

ヒロくんのそんな顔を見ることは今までなかったので、頭の中にハテナが浮かぶ。


「ヒロくんがかっこ悪いなんてあるわけないじゃん!一番かっこいいもん!」

大真面目にそう言った私。その言葉にヒロくんの頬の赤みが増す。


「・・・ふっ、オレの負け。なまえには勝てないよ」

ケラケラと笑いながら手をどけてくれる。一気に開けた視界。真上にきた太陽がキラキラと眩しい。


「・・・・・・・・・嫉妬しただけ。余裕なくてこんなオレかっこ悪いだろ」


嫉妬・・・・・・?

誰が誰に?


ぽかんとした私を見て彼は言葉を続けた。


「零とじゃれてるなまえを見て、零に嫉妬した。ここまで言えば分かってくれる?」

「っ!」

言葉の意味を理解した私は、自分の頬が緩むのを感じて思わず両手で頬を隠した。

いつも大人で優しいヒロくん。

私と零がつまらない事で喧嘩している時、間に入ってくれるのはいつも彼だった。


ヒロくんが怒るところなんて数えるくらいしか見たことがないし、子供ながらにそんな彼のことをすごいなぁなんて思っていた。


付き合い始めてからもそれは変わらなくて、いつも余裕があるのは彼の方。

隣にいるだけでどきどきが止まらない私と違って、ヒロくんはいつも優しく笑っていた。


そんな彼が嫉妬?しかも零に?


未だに上手く結びつかないそれら。けれど初めて見る彼の一面に緩んだ頬はなかなか元に戻ってはくれない。


「なんで笑ってるんだよ」

むぎゅっと私の頬を片手でつまむヒロくん。睫毛が当たりそうな距離まで近づいた彼の顔。

そのままこつんとおでこがあたる。


「相手が零でもなまえのそういうとこ見られると嫉妬する。余裕なくてごめんな」


初めて見るヒロくんのその姿に、どくんと心臓が大きく脈打った。


「・・・・・・っ、この話はもう終わり。なんか小っ恥ずかしいな」

私から離れたヒロくんは、態とらしくぱたぱたと顔を手で仰いぎながら恥ずかしそうに笑う。


その姿が何故かたまらなく愛おしくて、どうしたら彼に自分の気持ちが伝わるのか、拙い頭で考えた。


そして・・・・・・、



「・・・っ!!」


無言のままぐいっと彼の学ランの襟元を引っ張った。


不意なことでヒロくんの体がぐらりと私の方へ傾く。


そしてそのまま私の唇が彼の頬へと触れる。



「っ、自分からこんなことするのはヒロくんにだけだもん。大好きなんだよ、ヒロくんのこと!」


自分から唇に触れるのは恥ずかしくて出来ない私の精一杯の背伸びだった。


ヒロくんは左頬を手で押えたまま目をぱちくりとしていた。そしてしばらくすると声をあげて笑った。


「・・・っ、ははっ!オレも大好きだよ」

そう言うとそのまま彼の左手が私の後頭部に回され、ぐいっと引き寄せられる。


短いリップ音と共に重なった唇。


してやったりと笑うヒロくんは、やっぱりいつもの大人な笑顔だった。









「学校で何やってんだよ、あのバカップル」

校舎からそれを見ていた零に放課後からかわれたのはまた別のお話。

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