▽ 1-2
オレの隣に座ったなまえは、店員を呼び松田のコーヒーを注文する。
「松田の隣じゃなくていいの?」
「あー、うん。なんかこの前同じような席で隣座ったら向こう座れって怒られたから。外でベタベタすると陣平嫌な顔するし」
なまえは、しゅんとした顔でメニューを片付けると、机に両肘をついてため息をつく。
その時と今とでは状況が違う。
自分の彼女がいくら友達とはいえ、別の男の隣に座ってるなんていい気はしないだろう。
でもなまえはなまえなりに、松田のことを考えてな行動なわけで。どうしたものか、と考えているうちにトイレから帰ってきた松田が向かいの席に腰を下ろした。
*
「それでね、その映画の時にね!」
「もういいだろ、俺の話は」
仕事で忙しいヒロと会える時間は貴重で、ここぞとばかりに惚気話の続きをしていると仏頂面の陣平に話を遮られる。
ムッとした私はそのままジト目で陣平を睨んだ。
「いいじゃん。ヒロと話せるタイミングなんてなかなかないんだから」
「その貴重な時間にお前の無駄話聞かされる諸伏の身にもなれよ」
「っ、はぁ?無駄話って何?!」
売り言葉に買い言葉。バン!と立ち上がろうとした私の腕を引いたのは隣にいたヒロだった。
「なまえ。お店の中だからあんまり大きな声出しちゃダメだよ。ね?」
「・・・・・うん、ごめん」
「ん、いい子。久しぶりに会えたから松田との話聞いて欲しかっただけだもんな」
ヒロはいつだって優しい。ゆったりとした口調でそう言われると、するすると毒気が抜けていくような感覚。半分浮かしていた腰をそのまま椅子に下ろすと、飲みかけの残り少ないカフェオレを一気に飲み干す。
その間も陣平の仏頂面はかわらなくて、むしろ眉間の皺が深くなったような気もする。
そのとき、机に置いていたヒロの携帯が短く鳴る。
「あ、ちょっとごめん。零から電話だ」
ヒロはそう言うと携帯片手に席を外す。
2人きりになると何とも気まずい沈黙が私達を包む。
その空気に耐えかねて、先に口を開いたのは私だった。
「・・・・・・なんでさっきから怒ってんの?」
「別に怒ってねェよ」
「嘘。怒ってるじゃん。ずっと機嫌悪そうな顔してるし」
「・・・・・・お前は心当たりないワケ?」
は?心当たり?何それ。
そんなにヒロ相手に惚気話されてたのが嫌だったってこと?
ヒロにさっき注意された手前、声こそ荒げないけれどピリピリとした空気が流れる。
「ごめん!零もう少しで来るみたいだからそろそろ行くね。また皆でゆっくり集まろうな」
そんな空気を割くように電話を終えたヒロが戻ってくる。
「おう。零にもよろしく」
「またね!話聞いてくれてありがと!」
私には不機嫌丸出しだったくせに、ヒロには愛想良く答える陣平。それにイラッとして当てつけのように満面の笑みをヒロに向ける。
ヒロは困ったみたいに小さく笑ったけど、それ以上何も言うことはなくそのまま机に置いてあった伝票を手に取りレジへと向かった。
*
「あ、ヒロ私達のやつも会計してくれてる」
アイスコーヒーを飲み干し立ち上がろうとした時、机の上にあった伝票がなくなっていることになまえが気付いた。
きっと自分の伝票を持って行ったついでに俺達のもレジに持って行ったんだろう。次会った時に礼言って何か奢んなきゃなぁなんて思いながら店を出る。
「ヒロってモテそうだよね」
「・・・・・知らね」
「何か萩原がモテるのは理解不能だけど、ヒロがモテるのはめちゃくちゃ分かるもん。優しいし、かっこいいし。さらっとあぁいうことできちゃうのもすごいよなぁ」
この女はつくづく俺の神経を逆撫でするのが上手いと思う。
ただでさえイラついていたのに、惚けたみたいな顔でなまえがそんなことを言うもんだから苛立ちは増していく。
昔からこいつが諸伏に懐いているのは分かっていた。別に何かあるなんて思ってない。それでも目の前で他の男をペラペラ褒められて、何も思わないでいられるほど俺は大人じゃねェ。
バン!と勢いよく閉まった車のドア。エンジンをかけない俺を不思議そうに見るなまえ。
「・・・・・・お前さ、諸伏のこと好きなワケ?」
「好きだよ?友達だもん」
その好き≠ヘ、俺に向けられているものとは違う。
何当たり前のこと言ってんの?みたいな顔で俺を見るなまえ。ハンドルに載せていた右手で、その頬をぎゅっと下から掴む。
「っ、?!」
「ムカつく。まじでうぜェ、お前」
「はぁ?なんで急にそんなこと言われなきゃいけないの?!」
「ダチだとしても諸伏は男だろ。ヘラヘラしっぽ振ってンじゃねェよ」
ばっと勢いよく払われた俺の手。キッとこっちを睨むなまえの額を軽く小突く。
言葉と俺の不機嫌の意味を理解したなまえの顔が、みるみる赤く染っていく。
それを見ていると、腹の底を渦巻いていた真っ黒な感情が徐々に和らいでいくような気がした。
*
パズルのピースをはめていくみたいに、陣平の言動を当てはめていくと出来上がるのは所謂ヤキモチ≠チてやつで。
ムカついてた気持ちは一瞬で消え失せて、ばくばくとうるさくなる心臓。
はぁ、とため息をつきエンジンをかけようと車のキーに手を伸ばした陣平の腕勢いよく抱きついた。
「っ、ンだよ!」
「私は陣平が好きだよ!てか陣平しか好きじゃないよ?ヒロのことも大好きだけど、それは友達としてだもん。男として好きなのは陣平だけだから、安心して?」
「・・・・・・何か上から目線でムカつくんだけど、」
「陣平がヤキモチ妬くからじゃん」
「別に妬いてねェよ!」
「嘘つき。ヒロと私が仲良くしててヤキモチ妬いたくせに」
揶揄うみたいにそう言いながら、ぐりぐりと腕に顔を擦り寄せる。
可愛い、なんて言ったら陣平はまた怒るんだろうけど今の私の心の中は陣平への好きと可愛いがいっぱいで。振り払われない腕にまた愛しさが募る。
「・・・・・・どうせ俺は諸伏みたいに優しくねェよ」
「やっぱり拗ねてるじゃん」
「うっせェ」
不貞腐れたみたいに、ふんっと窓の外に視線を向ける陣平がたまらなく可愛くて。
そっと腕を掴んでいた手を離すと、そのまま陣平のネクタイを引っ張った。
「っ、」
ぐっとネクタイを引っ張り、重なった唇。触れるだけの口付けなのに、心臓の音がはやくなる。
「陣平は優しいよ。私の見たい映画覚えてくれてたり、CMでこれ食べたいなって言ったアイス買ってきてくれたり、毎日引っ付いて寝る私のこと鬱陶しいって言いながらでも頭撫でてくれたり。陣平が1番優しいし、大好き」
「・・・・・・っ、」
私の頬の赤さが移ったみたいに陣平の顔にも赤みがさす。
込み上げてくる好き≠ヘ、他の何にも変えられるものじゃない。比べ物にならないこの気持ち。
「・・・・・・今度からあぁいう時は、俺の横座れ、バカ」
「ふふっ、うん!分かった!」
さっきまでの険悪な雰囲気はもうない。甘くて幸せな時間が車内を包んでいた。
Fin
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