▽ 1-3
店員さんの手を借りて会計を済ませた蓮は、両手でスーパーの袋を持ちながら来た道を戻っていく。
その背中は、家を出た時よりも少しだけ大きく見えて思わず目の奥がツンとなる。
やべぇ。これはあの番組で泣いてた親の気持ちが分かるかもしれねェ。
そんなことを考えていると、蓮は一件の店の前で立ち止まった。
「花屋?花も頼んでるのか?」
「いや、頼んでねェけど」
蓮が立ち止まったのは、店先に色とりどりの花が並ぶ花屋の前だった。
じっとその花を見つめていた蓮に気付いた店の店員が「お花見に来てくれたの?」と声をかける。
何かを考えるみたいに、花と店員を交互に見る蓮。そして意を決したように口を開いた。
「あのね、これで あかいおはな かえる?」
蓮はそう言いながら、首から下げていたアンパンマンのポーチを店員に見せる。
「赤いお花?なんて名前か分かる?」
「・・・・・・わかんない」
「じゃあ向こうにいっぱいあるから、お姉さんと一緒に見よっか♪」
「っ、うん!!」
店員に手を引かれ、店の奥へと入っていく蓮。
カーネーション、薔薇、チューリップ。色んな種類の赤い花が並ぶ中で、蓮が指さしたのは薔薇だった。
「これ!このあかいやつがいい!」
「薔薇ね。包むから少しだけ待っててね」
店員は薔薇を1本手に取ると、レジの方へと向かい丁寧にそれを包み始める。
何となく、その理由を察した俺はぐっと胸が締め付けられる。
「誰かにプレゼントするの?」
「うん!ママにあげる!」
「そっか♪ ママはこのお花が好きなの?」
「だいすきっていってた!パパがね、むかしママにあげたおはな なんだって!だから いちばんすきって!」
「ふふっ、パパとママ仲良しなんだね」
「ふたりとも だいすきどうしなんだって!」
懐かしい記憶が頭をよぎる。
隣にいた萩が、ふっと口元に笑みを浮かべながら俺を見ていることに気付いたけど正直今はそれに答える余裕なんてなくて。
「ぼくもね、ママとパパのことだいすき。ふたりともおはなよろこんでくれるかな?」
「うん。きっと喜んでくれるよ。はい、できた♪」
「っ、」
「泣くなって、陣平ちゃん♪ 蓮にバレるぞ」
「うっせぇ!」
なまえの涙脆さが移ったせいだ。そうに決まってる。
あいつと出会ってから、ホントに涙腺が緩くなった。
それくらい俺の手の中にある宝物は、かけがえのないものだから。
「そろそろ松田は家戻った方がいいんじゃないのか?蓮より先に帰らなきゃバレるぞ」
「そうだね。家に入るまではオレ達が見ておくから」
零達にそう言われ、俺は蓮とは違う道から家へと急いだ。
*
蓮より先に帰ってきた陣平。慌てて蓮のことを聞けば、たまたまヒロ達に会って今は彼らが見守ってくれているという。
「もうすぐ帰ってくると思う」
「そっか、よかった。てか陣平目赤くない?泣いた?」
「・・・・・・お前もぜってぇ今から泣くから」
いつもなら「泣いてねェ!」って言うくせに、やけにすんなりと認めた陣平に首を傾げていると玄関のドアが開く。
「ただいまぁ」
ニコニコしながら家に入ってきた蓮の手にはスーパーの袋。そして・・・・・・、
「はい!ママにあげる!」
「・・・っ、これ・・・」
「あかいおはな!ママがすきっていってたやつ」
小さなその手から渡されたのは、真っ赤に咲いた一輪の薔薇。
「うれしい?」って私の顔を覗き込む小さなその体を、気が付くと思い切り抱きしめていた。
「〜〜っ、ありがと、蓮!嬉しい!すごく嬉しいよ!」
「へへっ、ぼくもうれしい」
陣平の涙の理由が分かった気がする。
素直で優しい蓮。いつまでもその笑顔が曇ることのないように。
背中に回された小さな手。温かいその手に堪えきれず涙が溢れた。
────────────────
「いつもありがとな、家の事とか・・・。それに蓮のことも任せ切りでごめん」
「急にどうしたの?」
その日の夜、蓮が寝静まったあとのリビングで陣平はぽつりと呟いた。
ソファに座る陣平の肩に頭を預けながら、膝の上にあった手に自分の手を絡める。
「なんか今日の蓮見ててデカくなったなぁって改めて思った。俺はいつも仕事ばっかだし、お前がいつもあいつにちゃんと向き合ってくれてるから真っ直ぐあぁやって育ったんだなって」
どこか寂しさを孕んだ響き。
たしかに陣平は仕事が忙しくて、なかなか蓮とゆっくり過ごす機会は少ない。
それでも仕事が早く終わった日や休みの日は、ちゃんと蓮との時間を作ってくれている。
陣平の中で、負い目みたいなものがあるのかもしれない。
「あのね、蓮の将来の夢って知ってる?」
「あいつもうそんなの決まってンの?」
「うん。この前パパには内緒だよって教えてもらった」
陣平は、予想がつかないといった表情で「何?」と小さく首を傾げた。
「パパみたいに皆のこと守る人になりたいんだって。まだ警察官とかそういうのは分かってないみたいだけど、ちゃんと陣平の仕事のことはあの子分かってるよ」
「っ、」
「家に私といる時もよく陣平の話してるし、あの子にとっては自慢のパパなんだよ」
「・・・・・・やべ、ちょっとまた泣きそうかも・・・」
「ふふっ、私の泣き虫が移ったね」
私の胸に頭を寄せた陣平の肩が僅かに震えていて。昔なら見ることのなかったその姿は、彼が父親になったからこそのもの。
私だけが知ってるそんな姿に、自然と頬が緩んだ。
Fin
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