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※ 本編後、結婚した2人に子供がいる if のお話です。苦手な方はご注意ください。(子供の名前変換なし)
「なぁ、ヒロ。あれって・・・・・・」
自販機の影に隠れる見知った人陰に、思わず隣にいたヒロに声をかける。
「松田?あいつあんなとこで何してるんだ?」
「事件の捜査か?」
「・・・・・・そんな感じには見えないけど・・・、」
私服姿の松田は、隠れるように携帯を手にしたまま自販機の影から何かを覗く。
その視線の先には、小さな男の子。
子供がよく履いているキュッキュと音の鳴る靴を履いたその男の子は、首からさげたキャラクター物のポーチを握りしめどこかに向かっているようだ。
「・・・・・蓮、だよな、あれ」
「うん。あ、もしかして・・・」
数ヶ月見ない間に随分と大きくなったその男の子は、松田となまえのひとり息子、蓮だった。
最後に会ったのは、たしか蓮の4歳の誕生日だった。俺とヒロが買っていったプレゼントを嬉しそうに抱きしめていた蓮の姿を思い出した。
*
事の発端は、某テレビ番組を見ていたなまえの一言だった。
「ねぇ、蓮もそろそろはじめてのおつかいできないかな?」
遊び疲れてブロックのおもちゃを握りしめたまま寝落ちした蓮を見ながら、そんなことを言い始めた。
「まだ4歳だぞ?危なくね?」
「ホントに1人でなんか行かせるわけないじゃん!そんなことしたら誰かに誘拐されちゃう。蓮可愛いから」
「お前がこっそりついて行くワケ?」
「んーん、私だと絶対バレちゃうもん。それに心配で声掛けちゃいそうだし」
まぁたしかに。
なまえはどちらかといえば過保護だ。
この前も公園で友達と走り回っていた蓮が転んだときには、本人はケロッとしているのになまえの方が泣きそうに顔を歪めていた。
「陣平よく仕事で尾行とかするでしょ?」
「あのなぁ〜・・・」
「ね?お願いっ!」
態とらしい上目遣いで、ぎゅっと俺の腰に腕を回しながら小さく首を傾げるなまえ。
自分の面の良さを理解しているからこそ見せる表情に、思わずうっと言い淀む。
「・・・・・・ったく、分かったよ!今度の休みの日な!」
「ヤッター!!ありがと、陣平!大好き!」
「へいへい、デカい声出すと蓮起きるぞ」
ぱぁっと笑顔になり、俺の胸に頭を埋めてくるなまえの頭をくしゃりと撫でる。
・・・・・・ホント調子いい奴。
言葉とは裏腹に、ふっと溢れた笑みが甘ったるい響きを孕んでいたことには気付かないフリをした。
そして時は戻り、今に至る。
「いつもママといくスーパーで、シチューのはこ!あとぎゅうにゅう!」
「そう!正解!お家でたらまーっすぐだからね。知らない人についてっちゃダメだよ?」
「うん!わかった!」
「アンパンマンの中にお金入ってるから、お店の人にどうぞしてね。できる?」
「できる!!」
朝から何度も繰り返されるそんなやり取り。
俺がついていくとはいえ、なまえは心配で仕方ないらしい。一方蓮は、頼み事をされたのが嬉しいのかニコニコで早くおつかいに行きたくて仕方ねェって感じだ。
首から下げたアンパンマンのポーチを握り、玄関で最近お気に入りの萩から貰った靴を履く小さな背中。
時間は少しかかるけど靴を1人で履いた蓮は、くるりと俺達の方へと向き直る。
「じゃあいってくるね!ママとパパはおるすばん!」
「おう。気をつけて行けよ。道飛び出しちゃダメだかんな」
「わかった!」
玄関のドアを開ける蓮の背中を見つめるなまえの目は涙ぐんでいて。・・・・・・いや、まだ泣くの早いだろ。そう思いつつも、息子の成長には俺だってぐっとくるものはある。
「ンじゃあ、俺も行くわ」
そんななまえの目の縁に溜まっていた涙を服の袖で拭うと、ぽんっと頭を撫でる。
「っ、うん。お願いね!」
「おう、任せろ」
玄関を出ると、少し前を歩く蓮の後ろをひっそりと追いかけた。
*
「なるほど、それで尾行中ってことか」
「そゆこと。てかお前らもちゃんと隠れろ、バレるだろ」
大の大人が3人、自販機の影から小さな子供を見つめるなんて怪しい光景。真剣な松田に、思わず俺とヒロもそっと気配を隠す。
「それにしても1人でおつかいなんて、ホント大きくなったな」
こそこそと蓮の後ろをつけながら、ヒロがしみじみそう言うと松田は「早いよな、ほんと」と言葉を返す。
たまにしか会わない俺達ですら感慨深いものを感じるんだ。父親の松田からすれば感じるものもでかいだろう。
近くのスーパーにやって来た蓮は、子供用の小さな買い物かごを手に取り冷蔵品のコーナーへと向かう。
「何頼んでるんだ?買い物」
「牛乳とシチューのルー。あいつちゃんと分かンのかな」
「あ、ちゃんと牛乳のところ行ったよ!すごいなぁ」
なまえとよくこのスーパーに買い物に来ているらしい蓮は、迷いなく冷蔵品のコーナーから牛乳を見つけ出す。
俺達は片手で軽く持てる牛乳も蓮が持つと大きく見える。カゴに牛乳を入れた蓮は、両手でそれを持ちながらまた歩き出す。
やって来たのは、カレールーやシチューのルーを扱うコーナー。色んな種類の箱が並ぶその場所でぴたりと蓮は立ち止まった。
「「「あ、」」」
蓮の視線の先を見た大人3人の口から思わず溢れたそんな声。
陳列棚に並ぶシチューのルー。
どれがシチューのルーか、蓮の視線を見れば分かっていることは伝わる。
でもそれは蓮が手を伸ばして届く位置にはなくて。
何度か手を伸ばし背伸びをしてみるけれど、小さなその体では届きそうにない。
「・・・・・・店員呼んでくるか?」
思わずそう言ったのとほぼ同時。俺達が隠れている陳列棚の反対側から、誰かが「蓮?」と名前を呼んだ。
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