▽ 1-2
最低最低最低最低!!!!
頭まですっぽりと布団を被り、枕を抱きしめ顔を埋める。
重しにしていたサイドボードが床を引き摺る音がして、陣平が私の名前を呼ぶ。
頭の中では、男だし仕方ないのかもしれないって分かってる。でもそんな気持ちよりも、私以外の女をそういう目で見ていたことが許せない。
悔しいし、悲しい。死ぬほどムカつく。色んな負の感情をドロドロに煮詰めて固めたみたいな真っ黒なものが私の胸を埋め尽くす。
私でも動かせる軽いサイドボードには、陣平を阻むような力はなくて。近付いてきた足音、ぎしりとスプリングの軋む音がしてベッドが沈む。
「おい、」
「・・・・・・出てって、顔見たくない」
「無理。てかここ俺ん家だし」
「っ、じゃあ私が出てく!!!」
淡々とした物言いにカチンときて、勢いよく布団を剥ぎ体を起こすとそのまま陣平に腕を掴まれる。
「お前が出てくのも無理。話聞けって」
「・・・っ、聞きたくない!他の女のことそういう風に見てたってことでしょ?!そんなの・・・っ、」
最低。そう言おうとした私の唇はそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。
腕を引かれ、強引に重なった唇。軽く下唇を噛まれ思わず抗議の声を上げようと口を開いたのが間違いだった。
僅かに開いた唇の隙間から咥内へと侵入してくる熱い舌が言葉を紡ぐことを許してくれない。文句の代わりに溢れるのは、甘ったるさを帯びた自分の吐息で羞恥心と悔しさから薄らと涙が瞳を覆う。
ゆっくりと離れた唇。こつん、と額同士があたりそのまま頬に添えられた手のせいで顔を背けることができない。
「ちゃんと俺の話聞け。あと泣くな、バカ」
頬に添えられていた手が私の目の縁に溜まっていた涙を拭う。ぐっと涙を堪えるように下唇を噛めば、「それもやめろ。跡になる」と陣平は眉間に皺を寄せる。
「さっきのやつは捨てるから」
「・・・・・・当たり前じゃん。新しい家にあんなの持ち込んだら殺す」
私達の家に他の女の何かを持ち込むなんて許せない。例えそれがAVひとつでも絶対に嫌だ。
今日だけは、殺すって言っても陣平はいつもみたいに咎めてこない。「ん、」と短く返事をするだけ。
「他の女なんか見ないで」
「見てねェよ。AVだってお前と付き合い出してから見たことねェし」
「・・・・・・じゃあ風俗・・・、」
「バーカ、何でそんな発想になるンだよ」
呆れたようにそう言うと、陣平は私をベッドに押し倒した。
2人分の体重で軋むスプリング。顔の左右に肘をついた陣平の顔がすぐ近くにあって、思わず顔に熱が集まる。
「俺が抱きたいと思うのは、お前だけだし」
「〜〜っ、」
鏡なんか見なくても分かる。
きっと今の私はリンゴみたいに真っ赤な顔をしているはずだ。
*
AVひとつでここまで大騒ぎするなんて、萩にでも知られたら大笑いされるだろう。
自分でもバカみたいだなとは思うけど、真っ赤な顔で俺を見るなまえを眺めていたらそんなことどうでもよく感じてくる。
押し倒すような姿勢から、体を少し起こしそのまま隣に寝転ぶとおずおずと近付いてきたなまえはぎゅっと俺の腰に腕を回した。
「あのパッケージに載ってた女より私の方が可愛い?」
「あぁ。てかどんな女だったか覚えてねェし」
「そのまま他の女なんか記憶から抹消して」
自信があるのかないのか。
嫉妬を隠すことなく、独占欲で満ちた瞳で俺を睨むなまえ。
その視線は、AVなんかの何倍も俺の中で燻る熱を刺激する。
まるで遅効性の毒みたいにその熱はゆっくりと身体を蝕んでいく。悪い気はしなくて、むしろ・・・・・・
吸い寄せられるように重なりかけた唇。
あと数センチ。
「・・・・・・陣平っておっぱい大きい子が好きだったの?」
「っ、はァ?何だよ、急に」
「あのAV。魅惑のGカップって書いてた」
そんなとこまでちゃんと見てんじゃねェよ。
てかマジで萩原・・・・・・、アイツ・・・っ・・・。
「・・・・・・別に好きじゃねェよ」
「っ、なに今の間!!絶対嘘じゃん!!」
好き、好きじゃねェ、好き、好きじゃねェ。
そんなガキの喧嘩みたいな問答の後、「俺はお前が好きだって言ってンだろ!」って思わず叫んだ俺になまえが顔を赤くするのはまだ少し先の話だ。
Fin
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