番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-1


「なまえってさ、陣平ちゃんのどこが好きなの?」


それは家に遊びに来ていた萩の何気ない一言だった。



「全部」

迷いなくそう即答したなまえは、「急に何?」と訝しげな目で萩を見る。


「まぁそりゃそうなんだろうけどさ。てかいつから陣平ちゃんのこと好きなんだっけ?」
「小2の夏から」
「すげぇよな、それって。何がきっかけだったわけ?」


小2の夏。
たしかになまえが俺の周りを付き纏うようになったのは、それくらいの頃だった気もする。




でも正直、俺の中でもそのきっかけ≠ヘ不明瞭で。



何でこいつ、俺の事好きになったんだ?


好きだ好きだと言われ続けてきたから、その気持ちを疑ったことはないし嫌というほど知っている。でもその理由は、たしかに俺も知らないから。



萩の言葉に触発されたせいか、そんなことを考えてしまう。



「萩原には絶対言わないもんね〜」

子供みたいに舌を出して、萩にそう言うとなまえはソファに腰掛けていた俺の隣に座り「陣平〜!」って嬉しそうに名前を呼びながら抱きついてくる。


ぐりぐりと胸に頭を寄せるなまえ。こいつはいつもそうだ。人目があってもなくても、こうして全力で俺に好きを伝えてくる。何年経ってもそれは変わらない。


萩はそんななまえを見慣れてるから、小さく笑うと「ごちそーさん♪」と立ち上がる。


萩を見送る為に玄関に向かう間も、なまえは俺の手に触れながらその指に自分の指を絡めてくる。


最初の頃こそ小っ恥ずかしくて手を解いていたけど、今となってはもう慣れた。それに嬉しそうに目を細め笑うなまえを見ていたら、したいようにさせてやりたいなんて気持ちも込み上げてくるから。いつの間にかそれが当たり前になっていた。







バタン、とドアが閉まりリビングに戻るとテレビのリモコン片手に陣平にもたれかかる。


萩原が帰ったからか、何も言わずに頭を撫でてくれる手が心地よくって自然と目尻が下がる。そのまま甘えるみたいにあぐらをかいていた陣平の太腿に頭を預けても、その手が離れることはなかった。


ゆったりと流れる優しい時間。


奇跡みたいなこの時間が私にとっては宝物で。



安心感のせいか、うつら、うつらと迫り来る眠気。上瞼と下瞼が引っ付きそうになる。



「なぁ、」
「・・・・・・ん?」


眠気と戦っていたせいで、陣平への返事が一拍遅れる。頭を撫でていた手が止まり、その手が私の頬を軽くつまむ。




「お前ってさ、何で俺のこと好きになったワケ?」


むにむにと遊ぶみたいに私の頬に触れながら、陣平は少し前の萩原と同じようなことを聞いてくる。


少しだけ夢うつつな頭で、思い出すのはあの懐かしい夏の放課後。


きっと陣平は覚えていない。でも私にとっては大切な始まりの思い出。




「1回鏡見てみろよ。悪口言ってる時の顔、すげぇ不細工だから」


「少なくとも今のお前らよりは、性悪って言われてるみょうじの方がマシ」



私のことを特別扱いしなかった陣平。そんな陣平の言葉は、心のいちばん深いところに突き刺さった。


ちりちりと胸を焦がすみたいなあの感覚は、今でも覚えてる。





「私のこと、特別扱いしなかったから」


何のことか分からないみたいに、片方の眉をぴくりと上げる陣平。その仕草が何だか可愛くて、手を伸ばしその頬に触れた。


仕返しみたいに頬を軽く摘む。



「きっかけはすごく些細なことだよ。昔の私ってクラスの子達から裏で悪口言われてたでしょ?今ならそんなの1ミリも傷つかないけど、あの頃は子供だったしちょこっとだけへこんだんだよね」


褒められた性格じゃないことは自覚しているし、あの頃の立ち居振る舞いを考えれば嫌われる理由だって分かる。別に後悔はしてないけど、自分の非を認められるくらいには私も大人にはなった。


「放課後、たまたま教室でその悪口を聞いちゃってどうしていいか分かんなかった。そんな時陣平がその子達に怒ってくれたの」
「あー、あったな・・・そんなこと」


薄ぼんやりと覚えているのか、ぽつりと呟く陣平。彼の中にその記憶があったことが嬉しくて、自然と頬が緩む。


きっとあの時、悪口を言われていたのが私じゃなくても陣平は同じ行動をとったと思う。彼はそういう人だから。



「嬉しかった、すごく。あの日からずっと陣平は私の特別≠セった。追いかければ追いかけるほど、好きなところが増えてくの。笑った時に目がくしゃってなるのが可愛いとか、口は悪いのにホントは優しくて・・・・・・っ、」
「っ、・・・・・それ以上はストップ、もういい」


頬を撫でていた手で私の口を塞いだ陣平。反対の手で自分の顔を隠しながら顔を背ける。手の隙間から見える顔はいつもより赤くて、視線は決して交わらない。


珍しいその反応に、寝転んでいた体を起こした。






俺の手をどけようとするなまえ。今の顔だけは絶対に見られたくない。



好き≠ニ伝えられることはあっても、理由≠聞くのは初めてだったから。


無駄に早くなった心音が、なまえに聞こえてしまいそうで怖かった。



「照れてる陣平とか激レアだ」
「・・・・・・照れてねェ」
「ふふっ、そういうことにしといてあげる」


そう言いながらくすくすと笑うなまえの横顔は、いつもより何倍も綺麗に見えて。気が付くとその頬に手が伸びる。


その手に擦り寄るように、頬を預けてくるなまえ。自分だけに懐く猫みたいなその仕草が可愛く思えて仕方ない。



・・・・・・いつからこいつのこと、そんな風に思うようになったんだろうか。



考えてみても明確な答えは分からない。

でも気が付いた時には、隣にいるのが当たり前で。突き放してみても、その存在を恋しく思うのは俺の方だった。


我儘で、子供っぽくて、周りなんてお構い無し。すぐに癇癪を起こすし、他の女と喋るだけで浮気だと騒ぐガキみたいな女。


絶対にこいつだけは好きにならない。



そう思っていたはずなのに、今はその存在が俺にとっては必要不可欠で。




「ねぇ、陣平」
「ンだよ、」
「大好き。あの夏からずっと私は陣平のことが大好きだよ」



それは数え切れないくらい聞いたセリフ。でも何故か今日は、いつもよりも心に深く突き刺さる。



幸せそうに笑うなまえ。今日だけは、素直に「俺も、」なんて返したのはきっとただの気まぐれだ。




Fin


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