番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-1


ある日の朝。


休みということもあり、いつもよりもゆっくりとした目覚め。隣になまえの姿はなくて、リビングからテレビの音が聞こえてくるから多分早く目が覚めてテレビでも見てるんだろう。


昔なら「陣平起きて!」って問答無用で起こしてきたあいつだけど、俺が仕事を始めてからその辺の配慮ってやつを覚えたらしく成長だなぁなんて思っていた。


まだ眠気の残る頭で、欠伸を噛み殺しながらリビングに出ると案の定テレビの前で部屋着姿のなまえがソファで膝を抱えてテレビを見つめていた。




随分とまぁ真剣に見てるなぁ。なんてその姿を見ながらキッチンに行き、換気扇のスイッチを入れる。



いつもなら飼い主を見つけた犬みたいに飛びついてくるのに。



換気扇の下で、置いてあった煙草の箱から1本煙草を取りだしライターで火をつける。すぅっと肺を満たす煙草の煙。眠気の残っていた頭が徐々に覚醒していくような感覚。


吐き出した白い煙が換気扇に吸い込まれているのを眺めていると、リビングにいたなまえがでかい声で「陣平!!」と俺の名前を呼んだ。



つかつかとキッチンにやって来たなまえは、勢いよく俺の手から煙草をひったくった。



「っ、おい!危ねェだろ」
「煙草やめよ!!禁煙!!!」
「はァ?何だよ、急に」


近くにあった灰皿に煙草を押し付けると、なまえは真剣な顔でキッっと俺を睨む。



今まで俺が煙草を吸うことに文句なんて言ったことなかったのになんだよ、急に。


「煙草って1本吸う度に寿命が5分短くなるんだって!1箱吸ったら2時間弱だよ?!それが1年って考えたら・・・、」

何を想像してるのか、わなわなと唇を震わせたなまえはまだ中身の残る煙草の箱に手を伸ばす。



『このように非喫煙者に比べて喫煙者の寿命は〜・・・』


テレビから聞こえてくるそんな声。

そういうことか、と納得すると共にため息が溢れた。




「陣平と一緒にいる時間が減るなんて無理!!!だから禁煙して!!!」
「お前はまじで話が色々と急だよな」
「私より先に陣平が死ぬなんて絶対無理!!!ヤダ!!」


この前の健康診断でも何も問題なんかなかったのに、俺が明日にでも死ぬかのように騒ぐなまえ。ぎゅっと煙草の箱を握りつぶすと、そのまま抱きついてくる。



ぐりぐりと俺の胸に頭を寄せるなまえ。寝起きすっぴんのその顔はいつもより少しだけ幼くて。キャンキャンと騒ぐ度に、くるくる変わる表情がおもしろくて思わずふっと笑みがこぼれた。



「っ、笑い事じゃないのに!」
「悪い悪い、朝から元気だなぁと思ってよ」
「真面目に聞いてよ!!もう!!」


眉間に皺を寄せてジト目で俺を睨むなまえを抱き上げ、そのままキッチンボードに座らせる。


さっきまでとは逆でなまえを少しだけ見上げる形。軽くまとめている長い髪がゆらりと揺れる。



「煙草やめたら口寂しくなるンだけど、」
「ガムでも噛んでたらいいじゃん。とにかく煙草はダメ!」
「へいへい。分かったよ」


なまえが握りしめたせいで形を崩した煙草の箱をその手から奪うと、そのままゴミ箱へと投げ捨てた。


禁煙しろとうるさかったくせに、俺がいざ煙草を捨てると驚いたようにぱちくりとその大きな目を瞬かせるなまえ。



「いいの?捨てて」
「やめろって言ったのお前じゃん。嫌なんだろ?」
「・・・・・・煙草吸ってる陣平はカッコいいけど、早死にするのはヤダ」
「勝手に殺すな、バカ。まぁでもお前は長生きしそうだよなァ、うるさいし元気だし」
「ヤダよ!私1人なんて無理だから、私より長生きしてね?!でも死んだ後1人もヤダ!」


さっきまでと言ってること逆だよなぁなんて思いつつも、ぎゅっと抱きついてくるなまえは可愛くて。



俺の肩に頭を寄せるなまえの頭をそっと撫でる。



「自分で言ってしょぼくれンなよ。心配しなくても1人になんてしねェから」
「・・・・・・っ、」
「煙草の代わり、もらってい?」


顔を上げたなまえの頬に手を伸ばす。そしてそのまま唇を重ねた。


重なった唇の隙間から溢れる吐息は、どこまでも甘くて煙草なんかの何倍も中毒性がある。



「・・・ん・・・っ、」
「禁煙勧めたのはお前だから、責任取れよ」


揶揄い混じりにそう言って笑うと、なまえは「あ、当たり前じゃん!」と赤らんだ頬で俺を見る。



いつの間にか癖になっていた煙草。


こいつと過ごす未来の為ならやめるのだって苦じゃない。そんなことを思いながら、なまえの部屋着の裾から素肌に手を滑らせた。



────────────────


食堂で陣平ちゃんと飯を食い終わり、いつもみたいに喫煙所に向かおうと立ち上がる。


「悪い、俺煙草やめた」
「へぇ、何でまた急に?」

予想していなかった言葉に、ポケットから出しかけていた煙草を戻す。喫煙所の代わりに向かった自動販売機で、缶コーヒーを飲みながらその理由を尋ねる。


呆れたみたいな笑みを浮かべた陣平ちゃんは、はぁと小さくため息をつく。


「なまえがやめろってうるさいから」
「なまえって煙草嫌いだったっけ?」
「なんかテレビで喫煙者の寿命がうんたらかんたらってやつ見てから、禁煙しろって泣きつかれた」
「ははっ、なるほどな!想像できたわ、それ」
「笑いごとじゃねェよ。やっぱキツいわ、禁煙するの」


項垂れるようにそう言った陣平ちゃん。

それでもこうしてなまえとの約束を律儀に守ってるのは、きっとそれくらいあいつのことが大切だから。



「俺も禁煙しようかなぁ♪」
「ぜってぇやらないだろ、お前」
「あ、バレた?」

Fin



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