番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-1


「にしてもなまえちゃんみたいな子が彼女ってお前前世どんだけ徳積んだんだよ!!」
「しかもなまえちゃんってガキの頃から松田に惚れてたんだろ?マジでなんで?!神様〜!俺にもあんな可愛くて俺にベタ惚れな彼女をくださいー!!!」



男子大学生が集まって、しかも酒が入れば賑やかになるのは必須。


大学の同じ学部の連中が集まる飲み会に参加したとある日のこと。陣平ちゃんや俺と同じテーブルに座る友人達はいい感じに酔っ払っていて。さっきからなまえの話をこんな調子でぐだぐだと繰り返しながら陣平ちゃんに絡んでいる。



大袈裟な身振り手振りで神に拝み出した奴を横目に飲みかけのビールを飲み干した陣平ちゃん。この絡みにも慣れたみたいで特に言い返すこともせず少し前に運ばれてきた唐揚げに箸を伸ばす。(まぁ慣れたってか変に言い返すと余計長くなるって学んだだけってきもするけど)



なまえと陣平ちゃんが付き合い始めてからこんなやり取りを目にする機会は少なくない。特に男ばっかの飲みの席だと皆口を揃えて羨ましいだのずるいだ陣平ちゃんに絡み出す。


大学に入ってからもなまえの男嫌いやあの性格は変わってないのに相変わらず人気だよなぁなんて思いつつ空になっていたグラス達を机の端に避ける。



飲み会もお開きの時間が近付いてきた頃、陣平ちゃんを見ると携帯片手に誰かとやり取りしてるみたいで。本人は気付いてないんだろうけど、あの表情を見る限り相手は多分なまえだろう。



「この後カラオケ行くらしいけど陣平ちゃんどーする?」
「帰る。なまえが近くでツレと飲んでるらしくてこっちまで来るって」
「了解♪ 」
「・・・・・・ンだよ、そのニヤついた顔は」
「んー?別に〜?陣平ちゃんの気のせいじゃね?」



ホント分かりやすい奴。ジト目で俺を睨む陣平ちゃんとそんな話をしていると、会計を終えた幹事役の友人が席に戻ってくる。


しばらくして外に出るとそこにはガードレールにもたれながら携帯を触るなまえがいた。



店から出てきた陣平ちゃんの姿を見つけるなりぱっと笑顔になったなまえは、手に持っていた携帯を鞄に仕舞うと駆け寄ってくる。


飛びつくみたいに陣平ちゃんの腕に抱き着いたなまえ。周りの奴らもなまえの存在に騒がしくなるけど当の本人はそんなの少しも気にしてない。


陣平ちゃんはというと、人前でベタベタするようなタイプじゃねぇから擦り寄るなまえの頭を引き剥がしながら「くっ付くな、邪魔」なんて呆れ顔を見せる。それでも昔みたいに腕を解いたりしないんだから成長だよなぁ。



「なまえちゃんも飲み終わり?せっかくだしカラオケ一緒に行こうよ!」


騒いでいたツレの1人がなまえに声を掛ける。なまえの視線が一瞬そいつに向けられる。さっきまで陣平ちゃん相手にニコニコしてたのが嘘みたいにすんっと真顔になり、眉間には皺がよる。



「知らない人に名前で呼ばれるの嫌いなんだけど」



絶対零度の視線とはまさにこのこと。低い声でそう言いながらそいつを睨むなまえだけど、周りの奴らは「怒った顔も可愛い〜!」なんて騒ぎ始めるんだから酔っ払いってのはまじで幸せな生き物だ。







今日は講義休みだったし松田に会えてなかったから、近くで飲んでるって知ったときは嬉しかったしこうして会えた今はもっと嬉しい。それでも周りの奴らの騒がしい声や向けられる視線は不愉快で思わず顔を顰めてしまう。


誰がお前らとカラオケなんか行くかよ!って言いたくなったけど、口に出す前に寸のところで飲み込んで考えてみる。


多分この感じだと松田は私のことを送ったらそのまま帰っちゃうでしょ?カラオケ一緒に行けばわんちゃん朝まで一緒にいれるんじゃない?



うん、閃いた!そうだよね!!



「松田が行くなら私も行く」
「・・・・・はァ?」
「だから松田が行くなら私も一緒にカラオケ行く!」


私が行くなんて答えるとは思ってなかったんだろう。松田の顔が不機嫌そうに歪んだ気がするけど気の所為ってことにして、近くにいた萩原を見れば何かを察したみたいに「じゃあ陣平ちゃんも参加ってことで♪ 」って助け舟を出してくれる。



そこからずるずると嫌がる松田を引き摺ってやって来たのは駅前にあるビルの中に入ってるカラオケ。人数が多いこともあって広めの部屋に通される。



「さっきの貸しイチな」

友達に絡まれながら階段を上る松田の少し後ろをついていっていると、いつの間にか隣に来た萩原にぽんっと頭を小突かれる。


「んー?何の話かわかんない〜」
「ははっ、せっかく協力してやったのにひでぇなぁ」


そんな話をしながら流れで部屋までの道を並び歩く。土曜日ってこともあってか部屋はそれなりに埋まってるみたいで、廊下にはそれぞれの部屋から漏れ聞こえてくる歌声が響いていた。






結局カラオケでもマイク片手に始まったのは酒盛りで、時計の針が進むにつれて周りの奴らの酔いも加速する。


それは陣平ちゃんも例外じゃなくて・・・、てかいつもより酔ってるよな、あれ。


ドアに1番近い席に座った陣平ちゃんを見れば、顔はいつもより赤いし目だって座ってる。まぁ無理もねぇか。


男連中はなまえがカラオケに着いてきたもんだからテンション上がりまくりで、どうにかしてなまえに酒を飲ませようとしていて。みんな悪気はないけどまぁ悪ノリに違いはない。



なまえが飲まされそうになる度に、酒にめっちゃ強いわけでもない陣平ちゃんが代わりに飲んでたもんだからそりゃ酔っ払うのも当然だろう。


その証拠に今の陣平ちゃんは、隣に座るなまえの肩に頭を預けながら半分くらいは寝てるみたいだ。なまえはといえば、そんな距離に陣平ちゃんがいるもんだから、いつもより落ち着きがなくて。そんな2人の様子にふっと笑みが溢れた。




「てかさ、なまえちゃんは松田のどこがそんなに好きなの?」


適当なタイミングで2人ともタクシー乗せて帰すかなぁなんて考えていると、すぐ近くに座っていた奴が不意にそんなことをなまえに尋ねた。



「全部」


相変わらずの即答。大袈裟なんかじゃなくてなまえの中で陣平ちゃんの存在はそれくらい特別で。昔からそれだけは何があっても揺るがないものなんだと思う。



「ホント羨ましいよなぁ」
「分かる!何かなまえちゃんって松田の為ならなんでもしそうだもん」
「マジそれな!こんな美人に尽くされる人生とか・・・、想像するだけでやべぇよな」



みんな口々にそんな言葉を零すなかで、ずっと黙って話を聞いていた奴の1人がふっと小さく笑みを浮かべながら口を開く。



「そんだけ惚れ込んでるなら、もし浮気とかされても許しちゃうんじゃね?」


同じ学部だから顔は見たことあるけど、俺もそんなに喋ったことのないその男。明らかに他の奴らとは違って言葉にトゲがある。


その時、さっきまでマイクを握っていたツレの1人が俺に近付き「あいつ、去年こっ酷くみょうじさんにフラれたらしい。止めた方がよくね?」と囁く。



あぁ、なるほど。そういうことか。






「アンタに関係なくない?」


俺が止めに入るよりもなまえが口を開く方が早かった。



「せっかく顔可愛いのにそんなんじゃ都合のいい女に成り下がっちゃうよ?もったいないなぁ」
「アンタにそんなこと言われる筋合いないし。てか都合のいい女で何が悪いの?私が好きで一緒にいるんだし、外野のくせにうるさい」
「っ、」


一気に捲し立てるみたいにそう言ったなまえに怯んだそいつは言葉に詰まり視線を逸らす。



「都合のいい奴にもなれないくせに、偉そうに私に話しかけてこないで。目障り、ウザい」



べーっと態とらしく舌を出したなまえはそいつに向けて中指を立てる。周りからの視線も相まって居心地が悪くなったのか、そいつは真っ赤な顔で「っ、先に帰る!」なんて言いながら部屋を出ていった。



あれで怯むならなまえ相手に喧嘩売るのは100年早ぇよなぁ。あいつの気の強さは筋金入りだし、陣平ちゃん絡みだと尚更だ。



「ホントたくましい女だよな」


小さくこぼれた笑みとそんな言葉はカラオケの喧騒に飲まれて消えていった。






目障りな奴が消えてスッキリしたのも束の間。肩にもたれていた松田が顔を上げると、「煙草吸ってくる」と立ち上がる。


慌ててその背中を追いかけて向かった喫煙室。時間帯のせいもあってか狭いその部屋には私と松田の2人だけだ。



「外で待ってろよ、煙いく」
「ヤダ。一緒にいたいもん」


口の端で煙草を咥えながらカチッとライターでその煙草に火をつける松田の仕草を見上げながら、改めてカッコいいし好きだなぁって見蕩れてしまう。



大袈裟なんかじゃなくてホントに全部が大好きで、この人の為なら何でもできるって本気で思う。



吐き出された白い煙がふわふわと天井の方へと消えていく。少しの沈黙の後、煙草の灰を落としながら松田が口を開いた。



「お前って都合のいい女なの?」


あぁ、さっきの話聞いてたんだ。寝てるかなって思ってたけど、しっかり聞かれてしまっていたらしい。


飲みの場にいたってことは松田の知り合いなわけだし、さすがに言い返したのまずかったかなって思ったけどどうやらそんな感じでもない。



「相手が松田ならそれでもいいよ。一緒にいれたら幸せだもん」



まぁ他の女に松田の隣を譲るつもりなんて1ミクロンだってないけど、なんて心の中で呟く。



いつの間にかほとんどが灰になった煙草を灰皿に押し付けた松田は、ずるりとその場に膝を曲げて座り込む。気分が悪くなったのかと思って慌ててその隣に腰を下ろし顔を覗き込むと少しだけ不機嫌そうな瞳と視線が交わった。




「・・・・・・都合のいい女なら何でも俺の言うこと聞くワケ?」
「・・・・・・?急にどうしたの、」
「いいから答えろよ」



真剣な瞳が視線を逸らすことを許してくれなくて。あんなに賑やかなカラオケの声もここには届かない。




「うん。松田の言うことなら聞くよ」



質問の本質は見えないけど、自分でもびっくりするくらいするりと紡がれた言葉。


先に視線を逸らしたのは松田の方だった。







あぁ、クソ。何が都合のいい女だよ、あの野郎。好き勝手言いやがって。



なまえもなまえだ。プライドエベレスト級のくせに何ですんなり認めるんだよ。





「うん。松田の言うことなら聞くよ」




真っ直ぐに俺を見る大きな瞳。当たり前みたいに何よりも俺≠優先するところは昔から変わらない。



まだ酒の残る頭のせいで正常な判断ができない。感情のまま、思ったことを口にしてしまいそうになる。




「松田?大丈夫?やっぱり気分悪い?」



ふわりと鼻を掠めたのはいつもこいつがつけてる甘ったるい香水の香り。あぁ、そういや昔から苦手だったよな、この甘い匂い。



変わらない匂いに懐かしさを感じて、気が付くとなまえの肩を自分の方へと引き寄せていた。




「〜〜っ、急にどうしたの?誰か来るかもしれ・・・、」
「ずっと隣にいろ」
「・・・・・・っ、・・・なっ、」
「何でも言うこと聞くってんなら俺から離れていくな。ずっと隣でバカみたいな顔して笑ってろ」



らしくないって分かってる。


全部、全部、酒のせいだ。そうじゃなきゃこんな小っ恥ずかしいこと言えるわけがねェ。



顔を真っ赤にしたなまえが何かを言いたげに口を開きかけては閉じるを繰り返す。ぱくぱくと動く口が魚みたいに見えて思わずふっと吹き出した。




「ンだよ、その顔。魚みてェだな」
「っ、はぁ?魚じゃないもん!!てか松田が急に変なこと言うから・・・っ、」
「お前が何でも言うこと聞くって言ったンだろ?」
「〜〜っ、い、言ったけど!!!」
「大体何が都合のいい女だよ。ンなくだらねぇもんに勝手に成り下がってんじゃねェよ、バーカ」


コンっと軽く額を小突くと、目を三角に吊り上げたなまえが頬を膨らましながら俺を小さく睨む。



その仕草ひとつ、可愛く思えるんだ。



多分、俺はこいつのことが自分で思っているよりも大切で。俺らのことを何も知らねェようなモブからでも都合のいい女≠ネんて言葉でこいつのことをバカにされるのが許せなかったんだと思う。


・・・・・・都合のいい女なんて、一度だって思ったことねェっての。


煙草のおかげもあってか、少しだけ冷静さを取り戻した頭のおかげでその言葉を口にすることはないけれどたしかにそう思ったんだ。




────────────────



喫煙所に近付くと聞こえてくるのはギャーギャーと騒ぐ聞き慣れた2人の声。


ガラス越しに見えた2人は、喫煙所の中でいつもみたいにじゃれ合っていて。顔を真っ赤にしたなまえとそれを見てケラケラと楽しげに笑う陣平ちゃんがそこにいた。



「心配して損したな」なんて小さく溢れた独り言に返事はない。片手に持っていた煙草をポケットに戻すと、そのままくるりと踵を返して部屋の方へと足を進めた。


Fin


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