番外編 ゼラニウム | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


▽ 1-1


※ 本編、短編で出てくるヒロインちゃんのお友達の香織ちゃんの名字が出てきます。(名前変換なし)



地面を照らす太陽の日差しが一際強くなり、本格的な夏がやってくるそんな季節。


7月に入って梅雨が明けると世間はすっかり夏へと切り替わっていく。祭りに海にプールにって騒がしくなるのは世間だけじゃなくて目の前のこいつも同じなわけで・・・、



「花火大会は絶対に松田と一緒に行きたいし、海も外せないでしょ・・・。香織とナイトプール行く約束もしてるし・・・、あぁ、めっちゃ忙しいじゃん!今年の夏!!」


エアコンの効いた俺の部屋で机に肘をつきながら携帯片手にデカい声で独り言を呟くなまえ。どうやら学生最後の夏休み、遊ばなきゃ損!ってことで予定を詰めまくっているらしい。


当たり前のようにその予定に俺が含まれていることにも一言言いたいけど、そんなことより最後のナイトプールって何だよ。そんなの聞いてねェし。


ベッドに寝転びながら読んでいた漫画を伏せてサイドボードに置き、そのまま後ろからなまえの頭を小突く。



「急になに?あ、もしかして松田もどっか行きたいとこある?」
「暑いからどこも行きたくねェ。てかさっきのナイトプールって何だよ」
「ホテルのプールが期間限定でナイトプールやっててね、香織が知り合いの人に招待されたから一緒に行こうって!毎年有名なDJの人とかも来て盛り上がるらしくて・・・、」
「ンなのこと聞いてねェし。女2人でそんなとこ行くワケ?」


カチカチと携帯でそのホテルのナイトプールとやらの写真を見せてくるなまえは、1ミリの悪気もないきょとんとした顔で首を傾げた。


携帯の画面には無駄にピンクがかった紫のネオンが煌めくプールサイドが表示されていて、ぴきりとこめかみが引き攣る。



「却下、普通に無理」
「はぁ?何で?無理とか無理!香織と約束したもん!」
「お前は自分や相原が目立つこといい加減に分かれって。こんなとこ女2人で行ったら面倒臭いのに絡まれるのがオチだろ」
「なっ、松田もしかして香織のことそういう目で見てんの?!無理無理無理!!絶対無理!!いくら香織相手でも絶対許さないよ!!!」


携帯を取り上げ隣に腰を下ろしながら素直に胸の内を吐露してみたけれど、どうやら目の前のバカには通じてないらしい。俺の胸倉を掴みながら大きな目を三角に釣り上げギャンギャン騒ぎ始めるなまえ。


・・・・・・何がどうなったらそういう解釈になるンだよ、マジで。





たしかに香織は美人だと思う。身長だって私より高くてスタイルもいい。私とは系統が違うけど、間違いなく美人に分類される人間だと思う。


私だってそれは認めてるけど、松田が香織を可愛いって思ってるんならそれはまた話が別なわけで。



松田の手で口を塞がれたから抗議の声を上げることすら出来ない。ムカついたから口元にあった彼の中指に噛み付いてみたら、松田は驚く素振りすらせず「お前は犬かよ」って呆れたみたいにくすりと笑う。



・・・・・・悔しい。その仕草ひとつすらカッコいいって思っちゃうんだもん。


さっきまで煮立っていた怒りがじんわりと悲しみに変わっていく。他の女なんて見てほしくない。松田が可愛いって思う相手はこの世で私だけであってほしいもん。



「またお前は変な方に考え暴走させてンだろ、バカ」


私の口元から手を離した松田は、俯きかけた私の頬を軽い力で掴む。


「・・・・・・だって松田が香織のこと可愛いって言ったもん」
「言ってねェだろ、ンなこと。さっきの話だって別に相原が他の奴とナイトプール行くなら何も言わねェし」
「・・・・・・、」
「お前が変なのに絡まれんのが無理だって言ってンの。・・・ったく、ここまでハッキリ言わなきゃ分かんねェのかよ」
「ヤキモチ・・・?」
「言う前にそれくらい分かれ、バカ」


この短時間で何回バカって言われたんだろ、私。ムカつくって思うのに、その何倍も嬉しい気持ちが勝っていて。心臓が一気にうるさくなる。


がばっと勢いよく抱きつけば、片手ですんなりと受け止めてくれる松田のことがやっぱり大好きでたまらない。



「じゃあ分かった!松田もナイトプール一緒に行こ!そしたら一石二鳥じゃん!」
「・・・・・・はァ?!一石二鳥ってお前それ使い方おかしいだろ、」
「おかしくないもん♪ そうと決まれば香織に聞いてみなきゃ!」


気が付けばさっきまでの不機嫌も悲しさもどこかに消えてしまっていて。我ながら単純だなって思ったけど、学生最後の夏の楽しみが増えて嬉しい気持ちの方が大きかったんだ。






あんなに楽しみだった学生最後の夏。


ナイトプールに松田も誘っていいか香織に聞いてみたら、すんなりオッケーを貰えてるんるん気分だったのが少し前の出来事だ。


当日までに新しい水着買いに行きたいし、美容院やネイルも行かなきゃいけない。せっかく可愛い水着着るならあと2キロくらいは痩せたいし・・・、なんて考えていたらあっという間にナイトプール当日がやって来た。


ギリギリまで行くのを渋っていた松田だったけど、私がどうしても行きたいって愚図ったから渋々だけど最終的にはついてきてくれてやっぱりそういうとこが優しいなって胸がきゅんとなった。


約束の日当日。待ち合わせ場所に着く頃にはすっかり空はオレンジ色に染まっていて、日差しがないから幾分か暑さもマシな気がする。


「てか相原が誘った男ってうちの大学の奴?」
「知らない。興味なかったから聞いてすらない」
「・・・・・・お前に聞いた俺がバカだったわ」


さすがに男1人は松田が可哀想だから適当に誰か誘うって言ってた香織。別に松田以外の男なんて誰が来ても興味なんてないから気にもしてなかった。


そんな会話をしていると後ろから「なまえ」って聞き慣れた声がして振り返る。


そこにはアップヘアにシンプルな黒のマキシワンピ姿の香織の姿。やっぱり背が高いとあぁいう服が似合うしいいよなぁって思ったのは一瞬のこと。そのすぐ隣にはヒールを履いてる香織よりも背の高いこれまた見慣れた男がいて・・・・・・。



「何で萩原がここにいんの?!」
「ははっ、そんなに喜ぶなって♪ 」
「喜んでない!目悪いんじゃないの?」


イタズラ成功みたいにしたり顔で笑う萩原と、全く気にもしてない香織。隣にいた松田は「ンなことだろうと思った」って気だるそうに欠伸をしていて・・・。


何それ、私だけ置いてけぼりみたいじゃん!!


「萩原誘うなんて聞いてないんだけど!」
「だって言ってないもん。てか普通に考えて誘えるの萩原くんぐらいしかいないでしょ」
「〜〜っ、香織他にも男友達いるのになんで・・・っ、」
「変な男連れてきてアンタにちょっかい出されたら私が松田くんに怒られるじゃん、そんなのヤダし。それに私だってせっかく遊ぶならイケメンがいいもん」
「香織も目悪いんじゃないの?!」


「ほらほら、そんなに怒ってると可愛い顔が台無しだって♪ 全員揃ったしさっさと行こうぜ」
「私は怒ってても可愛いもん!!萩原に言われなくても行くし!」


そんなやり取りをしながら私達は電車に揺られながらナイトプールの催されているホテルへと向かった。






週末ってこともあってナイトプールは同年代の若者で賑わっていて、なまえと香織ちゃんは水着に着替えるなりプールサイドでカクテル片手に映えな写真を撮ることに一生懸命で。


系統の違う美人が2人並べばそりゃ目立つ。すれ違う奴らが男女問わずちらちらと2人に視線を向ける。当の本人達はそんなことは少しも気にしてなくて自分達の時間を楽しんでいる。


ちらりと隣を見ればぶすっとした顔でそんななまえの後ろ姿を見る陣平ちゃん。


「なーにそんな不貞腐れた顔してんだよ、お前は」
「別に不貞腐れた顔なんかしてねェし」


陣平ちゃんはそう言いながらビールをごくりと飲むと、ふいっと態とらしくなまえの方から視線を逸らす。


ホント分かりやすい奴。


「やっぱなまえも香織ちゃんも可愛いなぁ。可愛い女の子の水着姿見ながら飲む酒は美味いねぇ」
「・・・・・・、」
「ははっ、冗談だよ。んな怖い顔すんなって♪ 」


やっぱり分かりやすいしからかいがいのある奴だよな、こいつ。


陣平ちゃんからすればなまえの水着姿なんて他の誰にも見せたくないもんなわけで。ましてやこんな出会い目当ての野郎の巣窟みたいな場所なんて論外なんだろう。


「あの子達めっちゃ可愛くね?」
「やば!マジで可愛い!俺白の水着の子の方がタイプかも!」


すぐ近くで聞こえてきた野郎2人組の声。陣平ちゃんの周りにさっきまでとは比じゃないくらい不機嫌オーラが漂う。


ちなみに白の水着を着てるのはなまえの方なわけだから、まぁそりゃ機嫌悪くなるわな。


残り少なくなっていたビールを飲み干した陣平ちゃんは立ち上がるとなまえの方へと向かう。


そんな陣平ちゃんに気付いた香織ちゃんが入れ替わるように俺の隣のデッキチェアに腰を下ろした。


「ヤダ!!せっかく新しい水着買ったのに!!」
「ごちゃごちゃ文句言ってねェでさっさと着ろ!」
「何その言い方!てか松田の方こそパーカー脱がないでよ!無理!他の女に見られるとかヤダ!!!」
「誰も見てねェよ、バカ」


少し向こうでは陣平ちゃんに強制的にパーカーを着せられてるなまえがいて。無駄に声のデカい2人だからこっちまで丸聞こえだ。


なまえのことを見ていた野郎2人組もそんな陣平ちゃん達のやり取りを見て色々察したのか、がっくりと肩を落としてどこかへ消えていった。



「ホント仲良いよね、あの2人」


優雅に足を組みながらふっと笑みを零した香織ちゃん。呆れたみたいな物言いとは裏腹に、2人を見るその視線には優しさが滲んでいて。


昔から女友達なんてなまえにはいなかった。まぁあの性格だし無理もないか。それに本人も欲しいなんて思ってなかったと思う。それでもやっぱりこうしてあいつのことを大事に思ってくれる友達ができたことは、俺としても嬉しいなって思うから。


「もうちょっと素直だったらいいんだけどな、2人とも」
「ははっ、分かる。でも何か見てて飽きないよね」
「それは間違いねぇな。もう10年以上あのやり取り見てるけど全然飽きねぇもん」


多分何年経っても飽きる日なんてこないと思う。それくらいあの2人は俺にとって大事な存在だから。



素直にそれを伝えたら、多分あいつら「はぁ?」って同じ顔するんだろうな。そう思うと自然と笑みが零れた。




────────────────



帰りの電車。週末の終電間近ってこともあって車内にはそれなりに人が多い。空いている席がなくて私と萩原くん、なまえと松田くんで少し離れた席に座った。


途中でパーカーを無理やり着せられたこともあってなまえは後半少しだけ不貞腐れていて。その鬱憤を晴らすみたいにプールで遊んでたから今は松田くんの肩にもたれてすっかり夢の中だ。普段はツンツンしてて猫みたいだけど、あぁいうとこ子供みたいで可愛いなって思う。


そのとき、私のすぐ近くに立っていた同年代っぽい男の子3人組がひそひそと小声で何かを話しながらなまえをちらちらと見ていることに気付く。


話し声は聞こえないけれど、その視線は見慣れたものだ。話してる内容なんて聞こえなくても察しがつく。


当の本人は夢の中だからそんな視線に気付くことはなくて、代わりにそれに気付いたのは隣にいた松田くんだった。


彼は何も言わず自分がかぶっていたキャップをぽすりとなまえの頭にかぶせる。メンズのキャップはなまえには大きくて目深く被ったそれは彼女の寝顔を隠す。


そんな松田くんの行動に男達は慌てて視線を逸らした。


ふと隣から聞こえてきた小さな笑い声。隣を見ればそのやり取りを見ていた萩原くんがくすくすと肩を揺らしていて。


「陣平ちゃんってなまえのことめっちゃ好きだよな。起きてる時にもっと言ってやればいいのに」
「たしかに。起きて髪の毛崩れたじゃん!ってなまえが怒るに1票」
「じゃあ俺はそんななまえに陣平ちゃんがうるせェってキレるのに1票♪ 」


そんなやり取りをしていると電車は最寄り駅に到着して、松田くんがなまえの肩を揺らして起こす。




「っ、私寝ちゃってた・・・?てかなんで帽子?髪の毛崩れるじゃん!!」
「うるせェよ、ンなとこで寝るお前が悪い」



やっぱり見てて飽きないなぁ、あの2人。



Fin



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