番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-2


夏期講習は休みだっていうのに、私が今いるのは塾のあるビルの前。そして隣にはいつもと変わらずヘラヘラと楽しげな萩原。



「やっぱり帰る。休みの日にまであの女のこと見たくない」
「だーめ♪ さっきケーキ奢ってやっただろ?だから付き合え」


踵を返そうとした私の首にぐるりと回った萩原の腕。じたばたともがいてみるけど、力じゃ勝てるはずもなくて。


・・・・・・こんなことなら萩原の誘いに乗るんじゃなかった。


それは少し前のこと。少し、ほんの少しだけあの女のせいでヘコんでた私は、萩原に愚痴ったあと「じゃあ今日はなまえの好きなもん奢ってやるよ」って言葉に乗っかり、カフェでケーキを奢ってもらった。ムカつくけど誰かに吐き出したことで少しだけスッキリしたのは事実。


気が付くと外はオレンジ色になっていて、松田の授業が終わる時間が近いことに気付く。


萩原が何かを思いついたみたいに、あの女のことを見たいとか言い出してここまで引き摺ってこられたんだ。





みょうじとクラスが離れ、静かに過ごせると思っていた夏期講習。平穏な日々は一瞬のことで、みょうじとは別の問題に悩まされることになる。



「松田君!一緒に帰ろ!てか晩ごはん一緒に食べに行こうよ!」
「昨日も断ったろ、行かねェって」
「えぇー、いいじゃん!お願い!」


キャンキャンと犬みたいに俺の周りをうろうろするこの女、成海って奴。隣町にある高校の制服を着た成海は、どういう訳か俺にべったりで。・・・・・そう、まるでみょうじみたいだ。


肩にかけていた鞄を引っ張りながら、キャンキャンとうるさいそいつをスルーしながら塾の廊下を歩く。


通りかかったのはみょうじがいつもいる教室の前で、今日は別のクラスが授業をしている。そういや、あいつは今日授業休みって言ってたっけ。


学校でそんなことを言っていたことを思い出し、塾の外に出ると聞き慣れた声が耳を掠める。



「っ、分かったって!萩原のバカ!騙された!」
「人聞き悪ぃなぁ。騙してねぇし」
「いいから離してって、嫌い!」
「はいはい、分かったよ」


塾の入っているビルの前に自販機の隣でじゃれ合うみたいにわーわーと騒ぐ萩とみょうじの姿に足が止まる。


「松田君の知り合い?ってか、みょうじさんじゃん、あれ」

隣にいた成海も2人に気付き、俺の鞄を引っ張った。



辺りはすっかりオレンジ色の夕陽に包まれていて。学校が終わってからもう随分と時間が経っている。制服姿の2人を見れば、学校が終わってから今までずっと一緒にいたことが見てとれた。


ふつふつと込み上げてくる不快感の正体なんて分からない。分かりたくもねェ。



「あ!陣平ちゃんじゃん!勉強お疲れさん♪」


俺に気付いた萩がひらひらとこっちに向けて手を振る。萩の隣にいたみょうじも俺に気付いたけど、俺の隣の成海を見てピキリと表情を凍らせる。


「お前らこんなとこで何してンの?」
「んー?なまえとデートした帰りに陣平ちゃん迎えに来たって感じ?」
「はぁ?!デートじゃないし!キモいこと言わないで!」
「ははっ、冗談だよ」


思いっ切り顔を顰めて萩を睨むみょうじ。いつもの萩の冗談だって分かってても、無意識に眉間にシワが寄りそうになる。


「松田君の友達なんだよね?よかったらみんなで晩ごはん食べに行こうよ!」
「おぉ、いいねぇ♪ 何食いに行く?」


そんな俺達3人のやり取りを見ていた成海がぱんっと手を叩きそんなことを言い出せば、萩がそれに乗っからないわけがなくて。


あれよあれよと近くにあるファミレスに連れてこられる。このメンツだと4人がけの席に座るのも一苦労で、みょうじと成海がギャンギャン俺の隣にどっちが座るかで揉め始める。


あぁ、マジでみょうじだけでもうるせェってのに・・・。



「みょうじ、お前大人しくあっち座れ。成海もさっさとこっち座れ」
「っ、何で?ヤダ!松田は私が萩原の隣座ってもいいの?!」
「これ以上ここでぎゃーぎゃー騒ぐ方が無理。大人しく座らねェなら今すぐ帰るぞ」
「・・・・・・っ、分かった、」


付き合いが長いだけあって、みょうじの方がまだ扱い方が分かるから。


しぶしぶ萩の隣に座ったみょうじは、それを萩に揶揄われてまた野良猫みたいにシャーシャー喚いてた。





塾から2人で出てきたことも気に入らないし、この席順も気に入らない。何もかもがムカつくし気に入らない!!!


てか何であの女のことは名前で呼ぶわけ?本気でムカつく。


目の前でメニューを見る2人をなんで私がこんな気持ちで眺めてなきゃいけないの?無意識にメニューを持つ手に力が入る。


「なまえ、その顔めっちゃ怖い」
「うるさい。だいたい萩原が松田に会いに行こうしたのが悪い」
「だってどんな子か見たかったんだもん♪ まぁたしかに可愛い子だな」
「・・・・・・趣味悪い。アンタ女なら何でもいいわけ?」
「ははっ、バレた?」


机の下で思いっ切り萩原の足を蹴ろうとしたけど、するりとそれをかわされ思わずこぼれた舌打ち。


それを見て目の前の女はくすくすと笑う。


「2人とも仲良しなんだね♪ みょうじさんホントは松田君より彼の方が好きなんじゃない?」
「・・・・・・はぁ?そんなのあるわけないじゃん。私が好きなのは今も昔も松田だけだし」


この女・・・、絶対喧嘩売ってる。

強かというか、なんというか。まじで大嫌いだなって思うのは、多分同族嫌悪ってやつなんだと思う。


松田への好意を隠そうともしないこの女。私が噛み付いてもそんなの少しも気にしないし、松田本人に雑に扱われてもニコニコ笑って付き纏う。まるで自分のことを見てるみたいで、本当に嫌になる。


私が松田と付き合ってたなら無理やりにでも引き離すことが出来るけど、今の私と松田の関係は良くてクラスメイト、悪くて顔見知りだ。


頼んでた和風ハンバーグセットが届き、それぞれ食事を始めたあともあの女はずっと松田に話しかけていて。しかも内容ときたら、塾のクラスでの授業の話ばかり。コミ力お化けの萩原はふたりの会話に普通に加わるけど、生憎私にはそんなことできるわけもない。



「・・・・・飲み物入れてくる」


隣に座る萩原にそう言うと、空になったグラスを片手にドリンクバーの方へと向かう。


ほとんど溶けていた氷を捨て、新しい氷をグラスに入れドリンクバーの前に立つと無意識に溢れたため息。


その時、コンっと何かに後ろから頭を小突かれ首がぐらりと傾く。どうせ萩原がまた揶揄いに来たんだろうって、ばっと勢いよく振り返るとそこにいたのはまさかの松田で。


「・・・・・・っ、」
「飲み物ひとつ選ぶのに時間かかり過ぎだろ」


松田は隣に立つと、迷うことなくコーラのボタンを押す。グラスの八分目くらいまで注がれたコーラを横目に、慌ててオレンジジュースのボタンを押した。


自分のドリンクを注ぎ終わっても、松田は隣にいてくれて。そんな小さな行動ひとつでも嬉しいなって思ってしまうんだ。



「なんかお前今日テンション低くね?」
「・・・・・そりゃ低いよ。松田と一緒にいれるのは嬉しいけど、あの女までいるのは無理だもん」
「たしかにお前、成海のこと苦手そうだよな」
「苦手じゃない。嫌いなだけ!!松田の周りうろつく女なんてみんな嫌い!」


また名前で呼ぶんだ、あいつのこと。

さっきまでの嬉しい気持ちが急速に冷えていく。私がグラスを手に取ると、松田は席に戻ろうと背中を向ける。


咄嗟にグラスを持っていない方の手で松田の制服の裾を引っ張った。





「ンだよ、」
「何であいつのこと名前で呼ぶの?」
「はァ?名前でなんか呼んでねェし」
「呼んでるじゃん!成海、成海ってまじでムカつく!私のことは名前で呼んでくれないのに!」


ひとりでドリンクバーの方に向かったみょうじを追いかけたことに深い理由なんてない。何となく、いつもより少しだけ元気がねェこいつがらしくなくて気になっただけのこと。


不意に服を引っ張られたかと思うと、怒ってンのか泣いてンのか、そのふたつをぐちゃぐちゃにしたみたいな顔で俺を睨むみょうじ。


「・・・・・はぁ。成海ってのはあいつの名字だ。下の名前は知らねェよ」
「っ、ホントに?」
「こんなくだらねェ嘘つくかよ」
「じゃあ私の名前覚えてる?」
「なまえ。ンなの忘れろって方が無理だろ」


さっきまでの表情が一変してぱっと笑顔になったみょうじは勢いよく俺の腕に抱きついてくる。


「っ、ジュース溢れるだろ、バカ!」
「〜〜っ、やっぱり松田のこと大好きだよ!この世で1番松田のこと好きなのは絶対、絶対、私だもん!」
「へいへい、お前みたいなのが他にもいるとか勘弁だわ」


やっとその顔に笑顔が戻ったことに安心したなんて、口が裂けても言ってやらねェけど。


泣きそうな顔も、ブチ切れた顔も。ガキみたいにくるくる表情が変わるみょうじをずっと見てきたから。


その中でもやっぱり能天気に笑ってるくらいの方がお前には似合ってると思うんだ。






「何あれ、やっぱりそう言うこと?」
「ははっ、陣平ちゃんは素直じゃないからねぇ」


ドリンクバーの傍で戯れる2人の距離は、ただのクラスメイトでもなければ他人なんて以ての外。



「松田君からみょうじさんとは付き合ってないって聞いたけど、あんなのどう見たって両想いじゃん」
「やっぱそう見える?まぁでもあれで中々くっつかねぇからもどかしいよなぁ」
「もしかして萩原君、こうなるって分かってて今日ご飯の誘い受けたの?」
「ん〜?それはナイショ♪ 」


ケラケラと楽しげに笑う目の前の彼は、どうやらこうなることが分かってたみたいだ。


「萩原君はあの2人の味方ってわけね」
「まさか。俺は可愛い女の子の味方だよ♪ まぁでもあの2人のことはちょっと特別かな」
「特別って?」
「ガキの頃から見てきたから。俺としては、あの2人には幸せになって欲しいのよ」
「やっぱりあの2人の味方ってことじゃん」


諦めたみたいな笑みが自然とこぼれ、もう一度松田君達の方を見れば私には見せない顔でみょうじさんを見る彼がいて。


「あーあ、せっかくカッコいい人見つけたと思ったのになぁ」


両手を顎の下につくと、態とらしくため息をつく。萩原君は眉を僅かに上げて私の言葉の続きを待つ。



「私、負け戦はしない主義だから。心配しなくてもこれ以上松田君達の邪魔はしないよ」



ホントあんなに仲良いならさっさとくっ付けばいいのに。


Fin


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