番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-2


ムカつく、ムカつく!まじでムカつく!!

なにあの言い方!別にお祭りくらい一緒に回ってくれたっていいじゃん。


まぁでも一緒にいた奴らの中に女はいなかったし、とりあえずそれが確認できただけでよしとするしかない。


あれ以上あそこで食い下がっても嫌な顔されるだけだし。


松田の元を離れた後に買ったかき氷を1人で食べながら、さっき向けられた冷たい視線を思い返しまたひとつため息が溢れた。


イチゴ味のかき氷を半分くらい食べ進めると、キンとくる頭の痛みに手が止まる。てかせっかくのお祭りで1人でかき氷食べてる女ってめっちゃ可哀想な奴じゃん。・・・・・最悪だ。


萩原から松田の予定聞き出すところまでは良かったのに。やっぱりこの人混みで偶然会っちゃったは無理があったかな。


そのとき、ふと上げた視線の先にあるガードレールにもたれる松田の姿を見つけた。


今度こそ正真正銘、偶然の出会い。


周りにクラスの奴らの姿はなくて松田ひとりだけ。でもさっき見た時よりもその表情がどこか影を帯びているような気がして。食べかけのかき氷を片手に松田に駆け寄った。





「松田!」


何となくすんなり家に帰る気分にもなれなくて。ガードレールに背中を預け、足元に転がっている石ころを蹴飛ばしていると一際デカい声が俺の名前を呼ぶ。


「今度こそホントに偶然会えたね!めっちゃラッキー!やっぱ私ツイてるかも♪ 」

ついさっき、あんな言い方をして突き放したってのに当たり前みたいに隣にやって来て俺の顔を覗くみょうじ。てか今度こそって、やっぱりさっきのは偶然じゃねェって自分で認めてるし。


声も、表情も、沈んだ様子なんで少しもなくて。そんなみょうじが俺の表情を見るなり、「何かあったの?」
なんて真剣なトーンで尋ねてくる。


・・・・・・気付くんじゃねェよ、バカ。


自分でも上手く整理出来ていない感情に、他の誰かが触れて欲しくはないから。


「・・・・・・別に何もねェよ」
「嘘。さっきより元気ないじゃん」
「何もねェって。しつこい」


偶然てのは重なるもんだ。そんな問答をしていると、ちょうど隣にあった信号が青に変わり人がこっちに流れてくる。


その人混みの中に千速とあの男の姿があって。あぁ、こんなことならさっさと帰ればよかった。


俺の視線の先にみょうじも気付いたんだろう。わーわーうるさかったみょうじの口がぴたりと固まる。幸い、道を渡った千速は俺達がいるのとは反対方向へと消えていったから、すれ違うことはなかった。


少しの沈黙。珍しくみょうじが俺の様子を伺うみたいに黙り込んでいて。・・・・・・みょうじのくせに変に気遣ってんじゃねェよ。


「っ、ねぇ。お腹減らない?」
「・・・・・・は?別に俺は、」
「ちょっとだけ待ってて?ね!お願い!絶対ここにいてね!!」


先に口を開いたのはみょうじの方だった。俺の言葉を遮り、立ち上がったみょうじは食べかけのかき氷を俺の手に押し付けると祭り会場の方へと消えていった。


甘ったるそうなシロップのかかったかき氷が、ひんやりと手のひらの熱を奪っていく。・・・・・・あぁ、こんな風にめんどくさい感情も全部溶けていけばいいのに。





松田が浮かない表情をしていた理由はすぐに分かった。


・・・・・・千速さんとその彼氏の男の人、楽しそうに笑ってたな。


きっとあの光景を見たから松田はあんな表情をしてたんだ。屋台に並びながら、ぐっと握った拳。手のひらに爪が刺さりじんわりと痛むけどそんなことよりさっきの松田の様子の方が気になった。


正直、めちゃくちゃ悔しいしムカつく。
私以外の女のことなんて考えてほしくないし、別の女の為にあんな表情しないでほしい。


それでも松田にはいつも笑っててほしいって思うし、あんな表情似合わないから。



生憎、私には松田を笑顔にさせる術はない。多分あのまま隣であれこれ話したところで、笑顔にするどころか不機嫌にさせる未来が見えてるから。


せっかくのお祭り、少しでも楽しいなって思ってもらいたかった。単純かもしれないけど、ぱっと目に付いたのが屋台だったから。



焼きそばにたこ焼き、唐揚げにりんご飴。両手に持てる限界まで買い物をした私は、小走りで松田の元へと戻る。


帰ってたらどうしよう、って思ったどさっきの場所に松田はちゃんといてくれて。それだけで嬉しいなって思ったし、ほっとしたんだ。


「・・・っ、はぁ、お待たせ!」
「お待たせって・・・、何その大量の食いもん」
「一緒に食べよ!せっかくのお祭りだし!」


たこ焼きの入ったパックを差し出すと、何度か目を瞬かせた松田が呆れたみたいにふっと笑みをこぼした。


「にしたって買いすぎだろ。誰が食うんだよ、こんなに」
「・・・・・・っ、」
「金払うわ。いくらだった・・・って何だよ、その変な顔」
「っ、はぁ?変な顔じゃないし!お金はいらない、私優しいから奢ってあげる!」
「ホントに優しい奴は自分で自分のこと優しいとか言わねェんだよ」


たこ焼きのパックを開け、入っていた竹串をたこ焼きに刺しながら話す松田はさっきよりも少しだけ声に覇気があるような気がして。


憎まれ口ひとつ、嬉しいなって思うし好きだなって思っちゃうんだよ。






「ねぇ、あれ。松田くんとみょうじさんじゃない?」

くいっと俺の服の袖を引っ張る浴衣姿の女の子。ひとつ学年が上の先輩に誘われてやって来た祭り。可愛い女の子に誘われて断る理由なんてなかったし、まぁなまえがどうなったのかなって少し気になったのもある。


彼女が指差す先には、たこ焼きを食べる陣平ちゃんとその隣でりんご飴を片手に楽しげに笑うなまえがいて。陣平ちゃんの表情を見る限り楽しそう・・・、とまではいかねぇけど無事に合流できたならまぁいいだろう。


にしても何であんな大量に食いもん買ってんのかは謎だけど。



「あの2人ってやっぱり付き合ってるのかな?」
「さぁ、どうだろうなぁ。あ、それより先輩。あっちにかき氷売ってたし食わねぇ?暑ぃから冷たいもん食いたくなってきた」
「うん!私も!何味にするか悩むなぁ」
「先輩の好きなやつでいいよ。半分こしよ♪ 」


そう言って陣平ちゃんが俺達に気付く前に彼女の肩を抱き、人混みの中へと向かう。


陣平ちゃんのことだし、なまえと一緒にいるとこ俺に見られたらまた無駄に不貞腐れそうだし。・・・まぁ、揶揄う俺も悪いんだろうけど。


今日くらいは、なまえの長い片思いが少しだけでも報われてほしいって思うから。



「・・・・・ホントさっさと素直になればいいのに」


ぽつりと小さく呟いた独り言は、祭りの喧騒に飲み込まれて消えていった。






しばらく屋台飯はいらねェなって思うくらいには食った気がする。


食い終わったゴミを近くのゴミ箱に捨て立ち上がると、隣でちまちまりんご飴をかじっていたみょうじも慌てて立ち上がり俺の腕を引く。


「もう帰るの?」
「お前は?まだ帰んねェの?」
「松田が帰るなら帰る!途中まで一緒に帰ろ!」


やっぱりどこまでいってもこいつの中の判断基準は俺でしかなくて。あんなに短気で我儘なこの女が、俺に対してだけはこうも態度をけろりと変えるんだから分かんねェよな。


地元が同じだから帰る方向も同じになる。人混みから離れぽつり、ぽつりと等間隔で照らされた街灯の下を歩く。


「夏休みもあと半分くらいだよね。課外なかったらもっと遊べるのになぁ。・・・あ!でも課外なかったら松田に会えないから無理だ!それは死んじゃう!」


俺は元々口数が多い方じゃねェから、こういうときにペラペラ喋るのはいつもみょうじの方だ。ガキみたいにくるくる変わる表情も、無駄に通るデカい声も昔から変わらない。


そう、なにひとつ、こいつは変わらねェんだ。



「お前さ、何でそんなに普通に話しかけれんの?」
「・・・・・・?どういう意味?」
「祭りで最初に会った時、俺にあんなこと言われて何で普通に声掛けてこれんの?マジで意味分かんねェ」


俺にはそんな真似はできない。自分の好きな相手に突き放されるってのは、想像するだけでも心臓が痛むから。


今日だってそう。もう終わったと思っている感情に振り回されてあのザマだ。


それなのに目の前のこの女は、もう何年をその不毛な片思いとやらを続けていて。突き放す度にちゃんと傷付いた顔をするのに、またこうして笑って俺の隣にくっ付いてくるんだ。



「松田がヘコんだ顔してるとこなんて見たくないもん。私が辛いとかそんなのはどうでもいい」
「・・・・・・は?」
「私は松田の笑ってるとこが1番好き。そりゃ怒ってるとこも不貞腐れてるとこも全部カッコいいよ?でもやっぱり1番は笑ってるとこがカッコいいから」
「・・・っ、」
「突き放されるくらいどうってことない。私が松田のこと好きなんだもん。話しかけたい時に話しかけるし、うざいって思われても絶対離れてなんかあげない!」


ガリっとりんご飴をかじると、みょうじは大きな瞳を吊り上げながら言葉を続ける。




「大体、千速さんも趣味悪い!あんな奴より絶対松田の方がカッコいいもん!」
「・・・・・・ははっ、何だそれ」
「あ!だからって千速さんに松田のこと盗られるのは無理!やだやだ!想像しただけで無理!!」


・・・・・・ホント、何だよ、それ。

人のことを焚きつけるみたいに煽ったかと思えば、腕にまとわりつきながらヤダヤダとガキみたいにごね始める。


呆れて笑うしかねェよ、こんなの。

そう思ってるのに不思議と心の奥底で燻っていた感情はいつの間にかどこかに消え失せていて。


どこまでも自分本位な奴。

だけどそんなこいつの中心は昔から俺なわけで。



「・・・・・・ホント俺の何がそんなにいいのか分かんねェよ」
「はぁ?そんなの全部に決まってるじゃん!今から全部語ってもいいくらいだし」
「無理。腹いっぱいだからこれ以上は胃もたれしそう」


いつも通りの俺達がそこにいて。自然と笑ってる自分がいたんだ。


俺達がいつも分かれる曲がり角にさしかかり、みょうじは「じゃあまたね!」と珍しくすんなり家の方へと向かおうとする。


気が付くとその背中を追い掛けている自分がいたんだ。



「・・・・・・?松田?」
「送る。この辺暗いし何かあったら寝覚めが悪ぃ」
「〜〜っ、大好き!じゃああっちから帰る!遠回りして帰りたい!」
「はぁ、バカなこと言ってねェでさっさと帰んぞ」


不思議そうに首を傾げたかと思うと、ぱぁっと花が咲いたみたいに笑うみょうじ。ぱたぱたと背中を追いかけてくるみょうじに、ふっと小さく笑みがこぼれた。


お前も泣きそうな顔より、笑ってる顔の方がいい。らしくもなくそんなことを思ったんだ。



Fin


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