番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-2


その数日後、捜査一課のメンバーでの飲み会が本庁近くの居酒屋で行われることになった。


全員参加というわけにもいかず、遅れてくるメンバーもちらほらいる中で松田さんと取り調べに行っていた俺は1時間ほど遅れてその飲み会に参加することになった。


赤提灯がぶら下がる店の入口で立ち止まった松田さんは、「悪ぃ、先入っといて」とだけ言い残すと少し離れた喫煙所へと向かう。


中に入るとすでにいつものメンバーが盛り上がっていて、俺の姿を見つけた佐藤さんが手を大きく振りながら俺の名前を呼ぶ。その隣には高木さんもいて、赤らんだ頬の彼女に肩を組まれて困ったように笑っていた。


「お疲れさまです。遅れてすみません」
「お疲れ様。あれ、松田さんは?一緒じゃないのかい?」
「あぁ、なんか喫煙所の方行ったみたいで。先入っといてって言われました」


最近は居酒屋でも禁煙なところが多いし、あの人ヘビースモーカーだもんなぁ、って思っていると顔を見合せた高木さんと佐藤さんがくすくすと笑う。


その表情の理由が分からず首を傾げた俺を見て、口を開いたのは佐藤さんだった。


「多分、なまえさんに電話しにいったのよ、それ」
「なまえさんって、この前来てた奥さんですか?」
「そうそう。飲み会とかあるとこまめに連絡してるみたいよ」


それを聞いて最初に思ったのは、松田さんの奥さんって意外と束縛激しいのか?ってことだった。


まぁ、あの人も萩原さんほどじゃないけどモテそうだもんなぁ。いつの時代もちょいワルな男に惚れる女ってのは多いもんだ。


あんな美人なら束縛されるのも悪くないかも、なんて思っていると入口のドアが開き松田さんが入ってきた。





年齢の近い人ばかりが集まった今日の飲み会は、いつもよりも雰囲気も砕けたもので自然とみんな酒のペースも早くなる。


いい感じに酔っ払った佐藤さんが松田さんに絡み始めるいつもの展開。いつもと違うのは、そこに俺が加わったことくらいだろうか。


「俺知らなかったっす!松田さんが結婚してたなんて。なんで言ってくれなかったんですかぁ〜」
「あ゛?何でわざわざお前に言わなきゃいけねェんだよ。てか指輪してるし分かるだろ」
「そんなの分かんないっすよぉ〜」


生ビールのジョッキ片手に絡むと、いつも通りの口調で携帯を触りながら返す松田さん。最初の頃なら、怒ってる?って不安にもなったけれど、最近はこれが彼の通常運転だって分かってきた。


そんな俺達の会話にニヤけた表情を隠すことなく加わった佐藤さん。枝豆を口に運びながら、「今メッセージ送った相手、なまえさんでしょ?」なんて揶揄い始める。



「意外とマメなんですね、松田さんって」
「別に普通だろ」
「奥さんって意外と束縛激しい系ですか?」


飲み会の最初にふと頭をよぎった疑問を今度は言葉にしてみた。


「別にそんなんじゃねェよ。てか一緒に住んでンだし連絡くらいするだろ」
「昼休憩のときもよくなまえさんとメッセージのやり取りしてるもんね、松田君」
「あれは弁当作ってくれたときに礼送ってるだけだ。別に大した話はしてねェよ」


それが十分すごいことだって、きっと彼は気付いていないんだろう。


松田さんは口ではあぁ言っているけど、ものすごく奥さんのことを大切にしているって2人のことを深く知らない俺にも分かった。



「奥さんと知り合ってもう長いんですか?」
「まぁな。幼馴染みみたいなもんだし、ガキの頃から知ってる」
「すご!幼馴染みで結婚とかドラマじゃないっすか!」


あんな美人の幼馴染みがいたらそりゃ好きになるよなぁって思ったけど、話を聞けば2人が付き合い始めたのは大学生になってかららしい。


まぁそれでも長く一緒にいることに違いはないんだけど。すげぇよなぁ、俺なんていちばん長く付き合った彼女で2年とかだし。


「でもそんなに長く一緒にいたら飽きるとかねぇのか?」


不意にテーブルの向こうに座っていた先輩のひとりが、冗談まじりに松田さんにそう言った。その瞬間、松田さんの周りの空気が一瞬だけ張り詰めた。


多分それに気付いたのは、隣にいた俺と佐藤さんくらいだろう。


「ははっ、それはねぇだろ。お前松田の嫁さん見たことあるか?めちゃくちゃ別嬪さんだぞ?」


また別の先輩がケラケラと笑いながらビール片手に会話を続けた。


ずっと黙ったままだった松田さんは、残り少なくなっていたビールを一気に飲み干すとガン!っと机に空のジョッキを置いた。


「長く一緒にいて飽きるような相手なら最初から結婚してねェよ。大体、顔でなんか選んでねェっての」


先輩相手でもハッキリと言いたいことは言う人だから。真っ直ぐな言葉を返されて、言葉に詰まったのは先輩の方だった。


気まずさを誤魔化すように、先輩達の話題は松田さんから別の人に移りしばらくすればまた飲み会の空気は元に戻る。先輩達もまぁまぁ飲んでたし、明日になったら覚えてなさそうだよな。


「煙草吸ってくる」
「あ、俺も行くっす!」


立ち上がった松田さんの背中を追いかけ、やって来たのは店の外にある喫煙所というのは名ばかりのスタンド式の灰皿の置かれた場所。


ゆらゆらと空に消えていく白い煙を眺めながら、先に口を開いたのは俺の方だった。


「松田さんって奥さんのことめっちゃ大事なんすね」
「は?自分の嫁なんだから当たり前だろ」


ほら、まただ。何を当たり前のことを?みたいに彼は言葉を返してくるけど、きっとそれは当たり前じゃなくて。


そんな風に思い合える相手がいるってことが、すごく、すごく、羨ましいなって思ったんだ。



「奥さんのどこが好きなんっすか?松田さんが選ぶ人なら、きっといい人なんだろうなぁ」
「いい人ねぇ」
「松田さんって俺についてこい系っぽいし、男の3歩後ろをついてくる人とか?」
「ンなお淑やかな女じゃねェよ、あいつは」


多分、奥さんのことを思い出しているんだろう。ケラケラと笑いながら煙草の灰を灰皿に落とす松田さん。


「昔から喜怒哀楽激しいし、我儘でクソガキみたいな女だよ。3歩後ろどころか、俺の腕引っ張りながら先行くような奴」


少しひんやりとした夜風が酒で火照った頭の熱を奪っていく。そんな所も含めて好きなんだと。その声色が、表情が物語っていた。


「めっちゃ好きなんですね、奥さんのこと」


少しだけ、揶揄うつもりでそう言うとほとんど灰になっていた煙草を灰皿に押し付ける。


うるせェよ、とか、そんなんじゃねェよ、とか。そんな言葉が返ってくると思っていた。でも同じく煙草の火を消した松田さんは、片手を肩に置きながらぽきぽきと首を鳴らす。



「じゃなきゃ結婚なんかしてねェよ」


ふっと小さな笑みをこぼしながらそう言った彼は、男の俺から見てもかっけーなって思ったんだ。









「サバサバ系かは分かんねぇけど、すげぇいい人なんだと思う」



少しだけ懐かしい思い出を頭の中で反芻しながら告げたのは、そんな在り来りな言葉で。だってそれ以外、俺はあの人のこと知らねぇもん。


後からたまたま喫煙所で会った萩原さんに聞いて知ったんだ。俺がなまえさんに会ったことがなかったのは、松田さんが彼女のことをあまり捜査一課に近付けないようにしてるからだって。


「陣平ちゃんって意外とヤキモチ妬きだからさ♪ 男ばっかの捜一になまえが来るの嫌がるんだよ。ほら、あいつ何かと目立つだろ?」
「たしかに・・・、どえらい美人がうちに何の用かなって思いました」
「だろ?あ、今の話、陣平ちゃんには内緒な」


悪戯っぽく笑った萩原さんは、そう言い残すとひらひらと手を振りながら喫煙所を出ていったっけ。



それくらい大切に思ってるんだろうな、奥さんのこと。



あーあ、何か俺も彼女欲しくなってきたかも。まぁ今は仕事忙しくてそれどころじゃないけど。


それでももう少し、俺が刑事として成長できた時には、隣で笑ってくれる誰かがいてほしいなって思ったんだ。



────────────────



「だって!聞いた?私いい人だって!」
「ははっ、みんな陣平ちゃんが結婚してるって聞いたら一発目は驚くよなぁ」

すぐ隣の個室から聞こえてくる会話に、ギャーギャー騒がしい萩となまえ。


よりにもよって、なんで同じ店で飲んでンだよ。って心の中でため息をつきながらも、嬉しそうに笑っているなまえの横顔を見ていると、まぁいいかって思えてくる。

しばらくして萩が煙草を吸いに行ったから、個室には俺となまえの2人になる。


褒められて嬉しかったのかずっと上機嫌だったなまえだけど、何かを思い出したように手に持っていたグラスを机に置くとそのまま俺の腕を掴む。


「ンだよ、」
「褒められて嬉しかったから忘れてた!陣平のことカッコいいって言ってた女がいるって!誰?!」
「知らねェよ、そんなの」

そういや、そんなこと言ってたっけ。詰め寄られるけど、心当たりなんて少しもなくて。なまえは納得いかないって顔で、俺との距離を詰めぐっと睨み上げてくる。


大きな瞳が三角につり上がっていて、態とらしく頬を膨らましているなまえ。すぐ近くにいるから、こいつの甘ったるい香水の匂いが鼻を掠める。

気が付くと、考えるより先になまえの首筋に手が伸びていて。ぐっと引き寄せ、至近距離で交わる視線。


なまえが口を開くよりも先に、お互いの体温が不意に交わった。


「なっ、?!」
「やっぱお前可愛いよな、そういうとこ」
「〜〜っ、はぁ?!何!急に?!やっぱ何かやましいことでもあんの?!」
「やっぱ、って何だよ。何もねェっての、バーカ」
「バカって言う奴がバカなの!バカ!」


真っ赤な顔でギャンギャン騒ぐお前がやっぱり好きなんだよなぁ、って口には出さないけど思ったんだ。


Fin



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