番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-1


捜査一課に配属となってはや数ヶ月。花形部署ともいわれるここに配属が決まった日は、それはそれは盛大に同期とお祝いをしたものだ。習うより慣れろ、の精神で先輩刑事の後ろをついてまわる日々は、大変だけどやりがいで満ち溢れていた。


ようやくほんの少し、日々の仕事に余裕が生まれてきたある日のこと。


久しぶりに集まった警察学校時代の同期達。何かとみんな忙しくて、こうして飲みに来るのは数ヶ月ぶりのことだった。


「「乾杯!」」

カチン、とグラスを合わせる音が店内に響く。配属こそバラバラになったけれど、同じ警察官という職に就いた俺達。


あの濃い警察学校での時間を過ごした仲間達との再会が盛り上がらないはずもなくて、1時間もすれば全員いい感じにほろ酔いでいつも以上に饒舌になるものだ。


「でもお前はいいよなぁ。やっぱり職場に美人がいるってのは男の憧れだよ」


1人が片手に持っていたビールジョッキを煽りながら、ため息混じりに俺の方をジト目で見ながら呟いた。


彼が言う美人≠チてのは、捜査一課の紅一点、佐藤さんのことだ。


まぁたしかにめちゃくちゃ美人だけど、あの人下手したら捜査一課の中でも1.2を争うくらい気が強いし男勝りだぞ。なんて心の中で思いつつ、残り少なくなっていた唐揚げに箸を伸ばす。


最初に会ったときこそ、見惚れたものの今では刑事としての尊敬しかないわけで。女として見ることはねぇもんなぁ。しかも最近高木さんといい感じっぽいし。


「機動隊だって可愛い子いるじゃん。ほら、この前新しく入ってきた子!可愛いって言ってなかったっけ?」


少し前に配属になったひとつ下の子が可愛いって、そいつが騒いでたことを思い出す。けれど返ってきたのは、盛大なため息で。


反対隣にいた同期が、ケラケラと笑い混じりにそいつの肩に腕を回す。



「あの子はダメダメ。声掛けたのに、お前全然相手にされてなかったもんなぁ」
「うるせぇよ。お前だって同じようなもんだろ」
「まぁウチには萩原さんがいるから、可愛い女の子はみんなあの人狙いよ」


あぁ、納得。
周りの女子達も「たしかに」「分かる」と口々に呟いていて。所属を問わず女性人気ナンバーワンは伊達じゃないなって思った。


「そういえば萩原さんの幼馴染みが捜一なんだよな?あのサングラスのちょっと怖そうな人」
「あぁ、松田さんな」
「そうそう!この前うちの女連中が喫煙所の近くですれ違ったらしくて、カッコいいって騒いでたわ」


話の流れは、萩原さんから松田さんへと移る。


みんないい感じで酔っ払ってるから、いつもよりテンションも高くて1人の女の子が俺の方へとずいっと身を乗り出した。


「萩原さんは女の子みんなウェルカム♪ みたいな感じだけど、松田さんってそういうのあんまり聞かないし気になる!彼女とかいるのかな?」


周りもそんな彼女の言葉に乗っかり始め、いつの間にか皆の視線が俺へと向いている。


あれ、他の課の奴らって知らないんだっけ。


まぁわざわざ聞くようなことでもないし、知らなくても無理ないか。







「いや、彼女いるってか・・・・・・、あの人結婚してる」



箸を置き、残り少なくなったビールを飲み干しそう言うと一瞬の沈黙の後、「ええーーー!」と叫び声が辺りに響く。



いや、皆揃いも揃って声でけぇよ。個室の居酒屋でよかった。現職警察官がこんなとこで騒いで注意されるなんて論外だし。


「指輪もしてるし別に隠してるとかじゃねぇと思うけど。それにたまに奥さん着替えとか持って松田さんに会いにくることあるし」
「まじ?!俺1回も見たことねぇんだけど、」
「私も初めて知った。奥さんってどんな人?やっぱりサバサバ系の美人?」


記憶を辿り、思い出すのは少し前に松田さんに着替えを持ってきたなまえさんの姿。









そこまで深くなまえさんのことは知らない。初めてあの人を見た時の印象は、どえらい美人だなって思ったことくらいで。男ばかりの捜査一課に、こんな美人が何の用だ?って思っていたら、たまたま隣にいた佐藤さんが彼女に声をかけたんだ。


「あら、なまえさん!」
「あ、お久しぶりです。頼まれてた着替え持ってきたんですけど、います?」
「中にいると思うから、すぐ呼んでくるわね」
「ありがとうございます」

派手に着飾っているわけじゃないのに、廊下に立つ彼女は周りの人の目を引いていて。俺自身も例外じゃない。ぼーっと彼女のことを見つめていると、隣にいた佐藤さんに軽く頭を小突かれ「行くわよ」と言われる。


ドアを開け、中に入るとそこには厳つい容姿の刑事達。さっきまで目に入っていたものと落差がありすぎて、脳みそがついてこない。


「あの人って誰かの奥さんっすか?」
「あら、会うのは初めてだったかしら?」


佐藤さんはそう言いながら辺りを見回し、少し向こうのデスクで片肘をつきながら捜査資料を見ていた松田さんに近付く。


・・・・・・え、もしかして。


俺の予想は見事的中。松田さんに近付くと、「なまえさん来てるわよ」と声をかける佐藤さん。


「ん、サンキュ」とだけ言葉を返した松田さんは、俺の隣を通り廊下へと向かう。



「・・・・・・さっきのって松田さんの奥さんっすか?!」
「そんなに驚かなくてもいいでしょ。松田君、指輪してるし気付かなかった?」
「全然気付かなかったです・・・、ってか松田さん結婚してたんだ・・・」


ちらりと廊下を覗き見ると、さっきの女の人と親しげに話す松田さんがいた。彼女が差し出した紙袋を受け取ると、反対の手でくしゃりと彼女の頭を撫でる松田さんの纏う雰囲気が今までに見たことないくらい柔らかいもので。


固まったままの俺の肩越しに、ちらりと廊下を覗いた佐藤さんが「あんな優しい顔してる松田君、なかなかレアでしょ?」って悪戯っぽく笑う。


「何か松田さんと結婚がいまいち結びつかなかったんで意外っす」
「ふふっ、よく見てたら面白いわよ。松田君の新たな一面ってやつ」
「新たな一面・・・、」


俺の中の松田さんのイメージは、取っ付き難い一匹狼みたいな人だった。周りに媚びることはしないし、納得がいかないことは上司相手でも容赦なく噛み付くし。でも刑事としては間違いなく優秀で、どこまでも真っ直ぐな人だと思った。



口調は荒っぽいけど、俺みたいな後輩のことも何だかんだ気にかけてくれてる人だから。この前泊まり込みが続いたときもコンビニで色々買ってきて渡してくれたこともあったっけ。


松田さんから生活感ってものを感じることがあまりなかったから、恋人はもちろんまさか結婚してるなんて思ってなかったんだ。


デスクに戻ってきた松田さんの左手の薬指に目をやれば、そこにはシンプルなシルバーの指輪がたしかにあってマジで結婚してるんだな、ってしみじみ思った。

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