番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-1


じりじりと容赦なくアスファルトを照らす太陽。辺りに響く蝉の声も相まって、本格的な夏を感じさせる。


大学の授業は休みだし、普段ならクーラーの効いた部屋で二度寝するんだけど今日はそういうわけにもいかない。


なんたって今日は松田とのデートの日だもん。しかもただのデートじゃない。地元でいちばん大きな花火大会に一緒に行く・・・所謂夏祭りデートってやつだ。


この日のために新しく買った白地に淡い青と紫の朝顔の花が咲く浴衣。前に持っていた浴衣はピンク系の可愛いやつだったから、今回はちょっとだけ大人っぽいものを選んでみた。松田の好みが分かんないから、背に腹はかえられぬって感じで萩原にもめちゃくちゃ相談したし多分松田が好きな系統・・・なはず!!あんまり堅苦しくなるのは嫌だったから同系色の兵児帯を選んだけど、やっぱりこの組み合わせ可愛すぎる。


ベッドの上に並べた浴衣と帯を見るだけで自然と頬が緩んだ。


松田と夏祭りに行くのは初めてのこと。厳密にいえば、2回目なんだけど・・・。1回目は高校の頃にクラスの奴らと松田がお祭りに行くって聞いた私が、萩原に頼み込んで偶然を装って向こうでばったり会って後ろをくっ付いていったんだけど・・・、まぁめちゃくちゃ嫌な顔されたよね、うん、あの時の松田の顔思い出すだけで古傷が疼く。


てな感じだったから、まさか一緒に行ってくれるとは思ってなくて。でもやっぱり付き合いだして最初の夏だから、どうしても一緒に行きたくて頼んでみたら意外とすんなり頷いてくれたもんだから少しだけびっくりした。


その日から浴衣を選んだり、ヘアメどれにするか考えたりって慌ただしく日々が過ぎていった。


「はい。できたわよ」
「ありがと、お母さん!うん、めちゃくちゃ可愛い♪ 」


ぽんっとお母さんに背中を叩かれ、くるりと全身鏡の前で回って着付けてもらった浴衣を確認する。


いつもより控えめなアイメイクと、白い浴衣に映える赤リップ。鏡の前で笑顔を作れば、そこにいる私は文句なしに可愛い。


「美容院の時間は大丈夫なの?」
「っ、やば!そろそろ出なきゃ!」


お母さんに言われ時計を見ると美容院の予約時間まであと少しだ。


浴衣と一緒に買ったカゴ巾着に荷物を入れると、お母さんに見送られながら家を出た。






夏祭り当日。なまえとの約束は夕方だから、それまで寝て・・・なんて思っていたら昼過ぎに鳴り響いたチャイム。


昨日遅くまでゲームをしていたこともあって眠たいってのに、こんな時に限って家には俺しかいないらしい。


再びチャイムが鳴ったもんだから、若干苛立ちながら玄関に向かう。・・・ったく、誰だよ、マジで。


「やっほー!♪ あれ、陣平ちゃんもしかして寝起き?」


玄関を開けた瞬間、見慣れた顔にハイテンションなその声のトーンに思わずドアを閉めそうになる。けど萩がドアを掴む方が早くて、当たり前のように家に上がってくる。


しかもその手には謎の紙袋があって、何となく嫌な予感しかしねェ。


「今日陣平ちゃん1人?」なんて言いながら、俺の部屋に向かった萩はそのまま部屋のラグの上に腰を下ろす。


「1人だけど・・・、てかその荷物なに?」
「お、気付いた?」


紙袋を指差すと、萩はニヤリと笑いながら紙袋の中から何かを取り出した。


「じゃーん!浴衣!陣平ちゃん持ってねぇだろうし、俺のやつ持ってきた♪ 」
「はァ?」
「今日なまえと祭り行くんだろ?あいつのことだし絶対気合い入れてくるんだから、陣平ちゃんも浴衣くらい着なきゃダメだろ」
「別にダメじゃねェだろ、・・・ってかなんで祭り行くってお前知ってンの?」
「なまえから聞いた。松田が好きそうな浴衣どれだと思う?って何着も浴衣の写真送られてきたし」


・・・・・・あの、バカ。

萩はその時のことを思い出しているのか、ケラケラと楽しそうに笑う。


「せっかくの夏祭りデートなんだし、いい記念じゃん♪ 陣平ちゃんが浴衣で行ったら、なまえの奴めちゃくちゃ喜ぶだろうなぁ」


我ながら単純だとは思うけど、なまえの喜んだ顔を見れるのは・・・・・・まぁ悪くねェと思わなくもない。



「てことで、ほら!さっさと着替えて用意するぞ」
「お前は祭り行かねェの?浴衣だってこれしかねェんだろ?」
「俺は家でゆっくりするよ。1人の女の子と花火デートなんてしたら他の子が怒るだろ?」


冗談めかして話す萩だけど、こいつの場合それあながち大袈裟じゃないってのがあれだよな。


あれよあれよと、浴衣を羽織らさせらればっちり着付けまでされる。


途中で「お前着付けなんてできたんだな」って言ったら、「そりゃ脱いだら着なきゃいけねぇもん」ってしれっと返されたから聞こえなかったことにした。


気が付くとなまえとの約束の時間まであと少し。


前にあいつと祭りに行った時は、こんな気持ちになるなんて思ってもみなかったよな。月日の流れと共に変わっていった自分の気持ちと俺達の関係。


それが少し擽ったくて気恥しいけど、悪くねェなって思ったんだ。





約束の時間より早く待ち合わせ場所の駅前に着いた。地元じゃいちばん大きなお祭りだし、辺りには浴衣姿の人が沢山いる。そわそわとした気持ちを誤魔化すように携帯を触っていると萩原から届いた1通のメッセージ。



『貸しイチな♪ 祭りデート楽しんで』


貸しイチって何・・・?もしかして浴衣選び手伝ってもらったこと言ってんの?


とりあえず適当に『りょ!』って書いたスタンプを送り、携帯をカメラモードに切り替え前髪を直す。


普段髪の毛をおろしていることが多いから、何だか今日みたいにアップにしてると首元が変な感じ。可愛いって言ってくれるかなぁ、って思いながら待つこと数分。





「悪い、待たせた」


聞き慣れた声がして、勢いよく振り返った私の視界に映ったのはもちろん大好きな人の姿・・・、なんだけど。


まさかの浴衣を着てるって盛大なサプライズがあって。喉に言葉が引っかかって上手く言葉が紡げなくなる。



・・・・・・萩原が言ってた貸しイチってこのことだったんだ。




無理無理無理、カッコよすぎて直視できない!!!


紺地のシンプルな浴衣に白い帯。この時期はいつもよくかけているサングラスも今日はなくて、髪の毛もちゃんとセットされている。

大学で会うラフな格好にちょこっと寝癖がついてる松田もめちゃくちゃ可愛くて好きだけど、今日はカッコいいが供給過多で死ぬかもしれない。


冗談じゃなくて本気でそんなことを考えていると、目の前までやって来た松田がコンっと私のおでこを小突く。


「・・・・・・ガン見し過ぎ。さっさと行くぞ」
「〜〜っ、だって!!浴衣で来るなんて聞いてなかったもん!心の準備なしで松田の浴衣姿は無理、破壊力がちょっとヤバすぎて心臓が口から出る!」
「ふっ、大袈裟。萩に無理やり着せられたンだよ」


呆れたみたいに小さく笑った松田は、そのまま私の手首を掴み軽く引っ張るとお互いの指が絡む。


外で手を繋ぐとき、いつも触れるのは私からだったから。それだけのことでも一気に顔に熱が集まる。



「・・・・・・手、」
「人多いし。迷子になったお前探すのめんどくせェもん」
「なっ、ならないもん!そんなに子供じゃないし!」
「へいへい。ほら、行くぞ」


繋がれた手が解かれることはなくて、ぎゅっと手に力を入れてみると「ん?」と振り返って私を見てくれる。


その視線がいつもよりどこか優しい気がして、心臓がきゅっと締め付けられた。






「待ち合わせ、私の方が先に着いててホントよかった」
「・・・・・・?なんで?」


祭りの会場まで向かう道すがら、ぽつりとそう呟いたなまえ。理由を聞けば、大きな目が三角につり上がりキリッと俺の方を見上げる。


「絶対松田ひとりでいたら変な女に声掛けられてたもん!そんなの想像するだけで無理!!絶対ヤダ!」


至って真剣な顔でそう話すなまえ。・・・・・ンなのこっちのセリフだろ。


さっきからすれ違う奴がちらちらとお前を見る度に、俺がどんな気持ちが知らねェくせに。


何となく不貞腐れたような気持ちと、こうやって気持ちをバカ正直に全て話してくれることが嬉しいなって思う気持ち。言葉にすることはないけれど、こいつのこういう自分の気持ちに真っ直ぐなとこがいいなって思うから。


「俺の浴衣見て騒ぐのはお前ぐらいだろ」
「はぁ?そんなわけないじゃん!あ、そうだ!写真!一緒に撮ろうよ!」


思い出したようにそう言うと、携帯を取り出したなまえは手を伸ばしてカメラを構える。


チビだから目いっぱい手を伸ばしても、俺が屈まないとカメラに2人の姿が上手く収まらない。携帯を傾けながら頑張る横顔がいつもより幼く見えて、思わずふっと笑みがこぼれた。






「ほら、携帯貸せ」

すっと私の手から携帯を奪うと、腰を屈めた松田が私との距離を詰める。


・・・・・・あぁ、無理だ。ホントに心臓が破裂しそう。
ばくばくとうるさい心臓の音が隣の彼に聞こえてしまいそうだ。


ちらりと横に視線をやれば、いつもは見上げている松田の顔がすぐ近くにあって。携帯に映る私達は、どこからどう見てもちゃんとカップルに見える。


「っ、あっ!待って!今目瞑った!もう1枚!」
「はぁ?何枚撮るンだよ」
「いいから!早く!!」
「・・・ったく、ほら、撮るぞ」

面倒くさそうに顔を顰めるくせに、私が納得するまで付き合ってくれる優しい人。


あぁ、この写真絶対帰ったら印刷して写真立てに入れて飾ろ。まじで家宝にしたいくらいだ。


やっと納得する写真が撮れた私は、松田に携帯を返してもらってそのまま彼にカメラを向ける。


「ンだよ」
「記念に撮っとこうと思って♪ 次に松田の浴衣姿が見れるのいつか分かんないし」


パシャパシャと何枚もシャッターを押していると、ばっと携帯を掴まれる。真っ暗になった画面、ちょっと調子に乗りすぎたかな?と思っていると視線を逸らしたまま松田がぽつりと呟く。



「・・・・・・別にまた来年一緒に着たらいいだろ」


離れる気なんて1ミリもないけど、こうして松田の口から未来≠フ約束をしてくれることが嬉しくて。


思わずぎゅっとその腕に抱きつくと、ぐらりと彼の体が傾く。



「〜〜っ、大好き〜!!!!ホントに好き!!来年も再来年も一緒に浴衣着てお祭り来ようね!」


私の大きな声に近くにいた人がびっくりして振り返ったような気がしたけど、そんなの少しも気にならなくて。小声で「バカ」って呟く松田のことしか見えないんだ。

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