番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-1


それはとある日の仕事終わり、同期達と訪れた居酒屋での出来事だった。


ちょうど隣の席にいたのは同い年くらいの会社員ぽいスーツ姿の男3人組。席が近いし酒のせいで声がデカいこともあって、そいつらの話の内容がこっちまで丸聞こえだ。


「怪しいな〜と思って、仕事で会えないって言った日に彼女の家行ったらやっぱり黒!頭ではそう思ってたけど、さすがに現場見たらしばらくヘコんだわ」
「3年ちょっとだっけ?お前とあの子。やっぱ浮気するヤツは男も女も関係ねぇよ」
「分かる!まぁでもたしかに現場見たらしばらく夢に出てきそう」


どうやら1人の男が付き合っていた女の浮気で別れたところらしい。がくりと項垂れたそいつを慰める残りの2人。


横目にそんな彼らを見ていると、隣にいた同期の1人がこそこそと俺に話しかけてくる。


「お前のとこは大丈夫なわけ?」
「あ?何がだよ」
「浮気だよ、浮気。あの子めちゃくちゃ可愛いしすげぇモテそうじゃん?そんなの彼氏としては不安になるだろ?」
「不安ねぇ・・・」


揶揄い半分、ガチな心配半分といった様子で話す同期。そういやこいつ何回かなまえと会ったことあったっけ。


学生の間はずっと同じコミュニティだった俺となまえ。基本的に知り合う人間もほとんど同じだからあいつの交友関係は知ろうとしなくても自然と把握出来ていた。


でも今は違う。あいつが知らない俺の人間関係があるのと同じで、俺が知らない人間関係がなまえの周りには存在している。


同期が言うようになまえがモテるってのも、まぁ事実だとは思う。


俺の知らないところで顔も知らない男に言い寄られてるのはムカつくなとは思う。でもそれがイコール不安かと言われたらそれは違うような気もする。


「なまえが浮気するなんて想像できねぇよなぁ」


そんなことを考えていると反対隣にいた萩が、ぐるりと俺の肩に腕を回す。


「そういや萩原の幼馴染みでもあるんだっけ?松田の彼女ちゃんって。そんなに松田にベタ惚れなわけ?」
「ガキの頃からずっと陣平ちゃん一筋な奴だからなぁ。まぁあの顔だしモテるのは間違いねぇと思うけど」
「いいなぁ〜。俺もそんなに愛されてみてぇー!!」


俺を挟んで繰り広げられる会話を横目に、残り少なくなっていたビールを飲み干し空になったジョッキを机に置く。


話の流れはなまえのことから、そいつが最近行った合コンでフラれた話になって。自然と移り変わる会話に耳を傾けていると、ポケットに入れていた携帯が短く鳴る。


画面を見ればメッセージはなまえからで。この後、あいつの家に行く予定だったから、どうせ『早く帰ってきて』とか『寂しい』とかそういう類いだろう。





「・・・・・・は?」


携帯を見た陣平ちゃんは、片方の眉を顰めながら周りには聞こえないくらいの小さな声で不機嫌そうにぽつりと呟く。


隣にいる俺にはもちろん聞こえたわけで、「どした?」って聞くと無言で携帯の画面を見せられる。


メッセージの差出人はなまえからで、そこには『今日ごめん、会うのやっぱ無理!自分の家帰って!』と絵文字も何もない飾り気のない文章。


あれま、なまえの方から陣平ちゃんとの約束を拒否るなんて珍しい。


「なまえがこんなこと言うなんて珍しいな。なんかあったのか?」
「・・・・・・知らね」
「最近仕事バタついてたし会うのも久しぶりなんだよな?」


視線だけで俺の質問を肯定した陣平ちゃんは、さっきまでと違って明らかに機嫌が悪い。


『何で?』とぽちぽちと素早くメッセージを打つ陣平ちゃん。すぐに既読になり、ぴこんとまた携帯が鳴る。


『とりあえず無理!陣平も疲れてるだろうしゆっくり家で休んで!』


・・・・・・なんていうか、後半だけ見れば気遣いのできるいい彼女っぽいよな。まぁなまえらしくはねぇけど。


陣平ちゃんの眉間の皺がますます深くなり、それに気付いた同期が「なになに?」と好奇心から携帯を覗き込む。


一連の流れを見た同期は、態とらしく眉を上げると揶揄うように陣平ちゃんの腕を小突く。


「急に会えないとか怪しくね?」
「・・・・・・、」
「今日彼女ちゃんは仕事だったわけ?」
「・・・・・・あぁ。仕事終わったら向こうも飲み会だって言ってた」
「じゃあその飲み会でなんかあった系かもな。同じ会社のイケメンと・・・とか?」
「ありえねェだろ、ンなの」


酒の席だし、こいつも冗談のつもりなんだろう。それでも当の陣平ちゃんは、冗談にはできるはずもなくて。


これ以上は多分、陣平ちゃんがブチ切れちまう気もする。こいつもまぁまぁ酒入ってるし。


「なまえに限ってありねぇよ♪ ほら、お前飲み過ぎだから水飲めって。んで陣平ちゃんは俺と一服しに行こうぜ」


雰囲気を崩さないように明るい口調で、同期に水を渡し煙草片手に立ち上がる。陣平ちゃんの腕を軽く引けば、大人しく立ち上がり後ろを着いてくる。


俺達が席を離れると、同期の興味はすぐに別の話題に流れる。あの感じなら一服して戻ってくる頃にはもうさっきの話なんて忘れてるだろう。


喫煙所につくと、ポケットから取り出した煙草に火をつけた陣平ちゃん。口の端に煙草を咥えたまま、イラつきを隠しきれない様子でライターをくるくると回す。



「さっきの話、真に受けてんの?」
「・・・・・・別に」
「そんなに気になるなら会いに行けばいいじゃん。なまえのことだし、お前が会いに行けば何だかんだ喜ぶだろ」


てかなんかどうせくだらない理由な気するし。・・・・・・まぁそんなこと言える雰囲気じゃねぇか。


ぱっと見では、圧倒的になまえから陣平ちゃんへの矢印がでかいこの2人。ガキの頃からずっとなまえからの特大矢印を受けてきた陣平ちゃんは、こういう時に意外と臆病だったりする。


その特大矢印に慣れているからこそ、それが少しでも揺らぐと不安になるわけで。それに何より、今のこいつらを見てるとなまえに負けねぇくらい陣平ちゃんも激重感情抱いてるしなぁ。



「・・・・・・なんか今お前ムカつくこと考えてンだろ」
「まさか♪ まぁでも気になるなら会いに行けって。このまま家帰ってもイライラして拗らせて揉める未来しか見えねぇもん」


短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、陣平ちゃんの頭をぽんっと撫でると鬱陶しそうに振り払われる。どこまでも素直じゃないその仕草に、思わずふっと笑みが溢れた。

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