番外編 ゼラニウム | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


▽ 1-1


大学を卒業したばかりの頃、私は彼が警察学校に進むことが寂しくて仕方なかった。


ロクに連絡も取れない。会える日だって限られている。これまでずっと一緒にいたからこそ不安で・・・、寂しくて・・・、大袈裟なんかじゃなくて1日の時間のうちのほとんど陣平のことを考えてたと思う。


陣平の気持ちを疑ってるわけじゃないし、好きだって言ってくれた言葉を信じてる。それでも会えないってだけで不安になるし、私の知らないところで広がっていく陣平の世界が怖いなって思うんだ。


それでも待つことができたのは、いつも陣平が私の我儘に愛想を尽かすことなく付き合ってくれたから。疲れてるはずなのに私が望んだから電話をかけてくれるようになった。たまの休み、会える度に引っ付いて離れない私を受け入れてくれた。そんな小さなことの積み重ねが信頼≠ノ繋がっていったんだと思う。


何より陣平が選んだ道だから。
応援したいなって思ったし、理解して頑張ってねって言える彼女でいたかったの。



そんな陣平が警察学校を卒業していくつもの季節が流れた。


今でも陣平が私以外の女と話すのは大嫌い。陣平の世界が私だけならいいのにって本気で思ってる。


でもあの頃の私は本当の不安なんて知らなかったって今は思う。陣平が爆処から捜一に異動になった後も、その不安は和らぐことはなかった。


「行ってらっしゃい」って別れた後、時々泣きそうなくらい不安になる。「またね」って小さくなっていく車を見送る度、行かないでって言いたくなる。でも気付かないフリをして、心の奥に鍵をかけて閉じ込めてた思いはふとした時に顔を覗かせるの。


一緒に過ごす時間が長くなればなるど、好きって気持ちと同じくらい心の奥に閉じ込めたそれは大きくなっていって。時々自分でもコントロールが難しくなる。




「・・・・・・待って、今なんて・・・」
『松田が容疑者の護送中に撃たれた。肩と背中に被弾したみたいで、俺もまだ詳しい状態分かんねぇんだよ』


携帯を持つ手に力が入る。カラカラに乾いて張り付いたみたいに声が喉に引っかかって、やっとの思いで紡いだ声は震えていた。


電話越しに聞こえる萩原の声もいつになく真剣で、それがまた私の中の不安を煽る。



「・・・・・・笑えない冗談やめてよ、」
『お前今家?すぐ迎えに行くから出れる用意しといて』
「・・・・・・っ、」


分かってる。
萩原がこんなタチの悪い冗談を言う奴じゃないってことくらい。


それでも認めてしまうのが怖くて・・・。冗談だったらよかったのに・・・って思わずにはいられないんだ。



だってそうでしょう?
陣平は昨日仕事終わりに私の家に泊まりに来てて、今朝だっていつも通り一緒に朝ごはん食べて「行ってらっしゃい」って見送ったもん。

私は仕事が休みだったから、「寂しい〜、一緒にいたい」って愚図ってみたら「へいへい、なるべく早く帰ってくるからガキみたいなこと言うな」って陣平は眉をしかめながら頭撫でてくれた。


いつもと変わらない朝だった。

今日もまたどこかで起きる犯罪のせいで残業になるかもだけど、陣平は私のところに帰ってきてくれる。


なのにどうして萩原はあんな電話をかけてきたんだろう。


・・・・・・あぁ、本当に・・・、弱い自分が大嫌いだ。






なまえを迎えに行ったあと、車を飛ばして向かったのは松田が運ばれた米花中央病院だった。


ずっと黙りこくったまま、顔の色を失くしているなまえの腕を引き手術室に向かうとそこには佐藤刑事の姿があった。


「松田の状態は?」
「萩原君・・・、それになまえさんも・・・。肩の方は銃弾が掠めただけだけど、背中の方が深くまで到達してるらしくて・・・」
「・・・・・・っ、」
「護送中だった容疑者がね、その仲間に狙われたのよ。組織ぐるみで動いてた奴だったから、彼から情報が漏れることを恐れて口封じしようとしたんだと思う。容疑者をパトカーに乗せる直前、それに気付いた松田君が彼を庇って・・・、」


・・・・・・んなことだろうと思った、あのバカ。

背中に被弾したのは、その容疑者のことを身を挺して庇ったから。



でもそれでお前が怪我しちゃ意味ねぇだろ。


隣にいたなまえを見ると、震える手を反対の手でどうにか抑えようとしていて。佐藤刑事も心配そうな顔でなまえを見ていた。




「・・・・・・なまえ、とりあえずあっち座っとけ。何か飲むか?」
「・・・・・・いらない。ありがと、」


手術室前にあるベンチになまえを座らせ、彼女の前に腰を下ろす。

・・・・・・俺相手に素直に礼言うなんて、普段のこいつじゃありえねぇのに。それだけこの状況が堪えてるってことだ。


「・・・なまえさん、私も近くにいたのにこんなことになって本当にごめんなさい・・・」
「・・・・・・いえ、佐藤刑事は何も悪くない・・・から。謝らないでください」


ずっと自分の手を見つめながら俯くなまえ。頭を下げた佐藤刑事に向けた言葉に、いつもの覇気はない。


佐藤刑事も普段とは違うなまえにこの状況でなんて言葉をかけるべきか考えあぐねているようだった。



「・・・・・・陣平が庇った奴って、」

少しの沈黙の後、ゆっくりとなまえが口を開く。



「どうなったんですか?その人も手術中・・・?」
「・・・・・・いいえ。彼は腕にかすり傷を負っただけで大きな怪我はないわ」
「・・・・・・そう、ですか」


昔からなまえの中の優先順位は明確だった。


彼女が何よりも大切に思っているのは、今も昔も松田だけ。そんな松田が誰かを庇って・・・、しかも相手は犯罪者。理由はどうあれ、それをなまえが許せるわけない。


大きな目をそっと伏せると、何かを堪えるように小さく息を吐くなまえ。それから手術室が終わるまで、彼女が口を開くことはなかった。






咄嗟に考えるよりも先に体が動いていた。


乾いた銃声が響いて容疑者の男を庇った瞬間、背中に走った痛みと熱。すぐに発砲した男は取り押さえられて、容疑者も無事らしい。


・・・・・・あぁ、とりあえず良かった。
ここでこいつ殺されたらせっかく掴んだ手がかりが全部無駄になる。


そう思いながらも、薄れていく意識の中で頭に過ぎったのはなまえの顔なわけで。


本当はもうずっと前から気付いてたんだ。
いつかこんな日がくるかもしれねェってことに。

なまえは基本的に我儘だし自分本位な奴だ。昔からそれは変わらないし、多少は丸くなった今でもその根っこのところは変わっていない。


そんななまえが自分以上に優先させるのは、きっと今のところ・・・・・・まぁ自分で言うもどうかと思うけど、俺だけだろう。


女と喋るな、目を合わせるな。会いたい、寂しい、早く帰ってきて。ギャンギャン喚きながら、ちょっとしたことでキレるなまえだけど俺の仕事に関してだけは、本気で文句を言ってきたことは1度もなかった。


そりゃ「寂しいから行かないで」って冗談交じりで言われたことはあったし、約束を仕事が理由でドタキャンして不貞腐れてたこともあった。それでも・・・、ずっと抱えているであろう不安を本気≠ナ口にしたことはなかったんだ。


きっと今日のこれは、あいつにとって何より恐れていた未来なわけで。・・・・・・ったく、分かってたからそうならねェように気をつけてたのにこれじゃ意味ねェな。


・・・・・・泣くのかな、あいつ。・・・いや、それともブチ切れるか。


どっちにしても・・・、なまえが泣くとこは見たくねェな。



ぷつん、とそこで途切れた意識。


次に目が覚めると、目の前は真っ白で無機質な天井だった。



視線を動かすと、近くにはモニターがあって腕には点滴が繋がれている。僅かに体を動かすと、背中がひどく痛む。



「・・・・・・じん、ぺ・・・い?」



震える声が隣から聞こえて、視線を向けるとそこにいたのは目を大きく見開いたなまえだった。


視線が交わると、その瞳からはボロボロと涙が溢れる。・・・・・・あぁ、やっぱ泣かしちまったな。


その涙を拭おうと手を伸ばしたけど、触れる直前になまえが立ち上がったせいでそれは叶わなかった。


「・・・っ、先生呼んでくる・・・!あと萩原とか・・・、佐藤刑事にも電話しなきゃ・・・っ、」
「・・・おい、待てって」


引き止める言葉はなまえが出ていったひとりきりの病室に静かに響いて消えていく。


・・・・・・何だ、あれ。怒ってる・・・?いや、そんな感じでもねェよな。じゃあ何だ?


なまえのことだから、泣いて飛びついてくるか、それともブチ切れて泣くかのどっちかだと思ってたのに。・・・・・・まぁ泣いてたのは泣いてたけど。


その後も医者が来て、なまえから連絡を受けた萩や佐藤、それに警部までやって来てとバタバタと騒がしく時間が過ぎていく。


それと入れ替わるようになまえは、俺の入院の用意をするために1度家に帰っていって。佐藤達が帰ったあと、残った萩を捕まえて俺が意識を失くしていた間のなまえの様子を尋ねた。



「ずっと松田の傍から離れようとしなかったよ。佐藤刑事や俺が何言っても休もうとしないから、諸伏ちゃんに連絡して来てもらったけどそれでも聞かねぇの。お前が目覚めるのもうちょい遅かったらなまえまで倒れるとこだったかもな」
「・・・・・・悪かったな、心配かけて」
「ばーか。それは俺じゃなくてなまえに言えっての」


萩が話すその光景が目に浮かぶようで、心臓が何かに掴まれたように痛む。


それからしばらくして病室にやって来たなまえは、片手に持っていた大きめの鞄に詰め込まれた俺の荷物をあれやこれやと説明していく。


「・・・・・・こっちに着替え置いとくから。一応多めに持ってきてる。あとは・・・、」
「なぁ、」
「充電器とかはここ置いとくね。他にいるものあったら・・・」
「俺の話聞けって。てか目逸らしてんじゃねェよ、こっち見ろ」
「・・・・・・っ・・・、」


淡々と話すなまえの視線が俺の方を見ないことに苛立ちその腕を掴む。小さく息を飲んだなまえは、諦めたみたいにベッド脇の椅子に腰かけ俺の方を見た。


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