番外編 ゼラニウム | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▽ 1-2


席に戻っていった零と別れ、私もフロアに戻る。けどまたあっちに呼ばれ、こっちに呼ばれ・・・。ダメだ、いい加減に疲れてきた。


私やっぱりこういう仕事向いてないな、なんて思っていると隣に座っていた中年の客の手が私の肩に触れた。


「っ、」
「ホントになまえちゃん可愛いねぇ。期間限定なんかじゃなくて、ずっとここで働けばいいのに。そしたらすぐに紗菜ちゃん抜いて1位になれるよ」

あーーー、ダメだ。このエロ親父・・・、今すぐこの手振り払いたい。笑顔が引き攣りそうになるのが自分でも分かる。

後ろ手に拳をにぎりどうにか耐えていると、男性スタッフが私に声をかけてきた。


「なまえちゃん。向こうの席のお客さんがご指名だからそっち行ってもらってもいい?」
「ワカリマシタ。シツレイシマス」

我ながら見事な棒読み。逃げるようにエロ親父の腕を退けると言われた席に向かう。


向こうの席って・・・もしかして・・・。
言われた席番のテーブルに向かうと、そこには零と初めましての人達が数人いて。私に気付いたスーツ姿のちょび髭の男の人が「キミはあのかわい子ちゃん!!」と大きな声を上げる。


「さぁ、どうぞどうぞ」と椅子を引こうとした彼よりも先に、隣にいた零が私の腕を引き自分の隣に座らせた。


「むっ、何でそっちに座らせるんだよ」
「毛利先生、すみません・・・。実は彼女、僕の古い友人でして。久しぶりに会ったものでつい、」
「なにぃ?!こんな美人のバニーちゃんと友達だと?!」

私の右側は壁。左側には零。もしかしなくてもこれ・・・、


にっこり笑顔を崩さないまま、その毛利先生とやらを躱した零は彼らがまた話に夢中になっているのを確認するとジト目で私を小さく睨む。


「大人しくここに座ってろ」
「・・・・・もしかして私のために指名して呼んでくれた?」
「今にも客のこと殴りそうなお前の姿が、チラチラ視界の端に映るせいで依頼人の話に集中出来なくて迷惑なだけだ」

ぶっきらぼうに告げられた言葉だけど、その裏には分かりにくい彼の優しさがあって。・・・・・・零のこういうとこは嫌いじゃない、気もする。


「お礼にお酌とかしようか?」
「いい。酒は飲んでないし、松田に睨まれるのはごめんだからな」


零と小声でそんなやり取りをしていた時だった。同じテーブルについていた朝倉さんがシャンパンに口をつけた瞬間、急にバタンと床に倒れ込んだ。


一気に騒がしくなる店内。思わず彼女に駆け寄ろうとしたけれど、零に腕を掴まれ「じっとしてろ」と言われて立ち止まる。


しばらくして駆けつけた救急隊員によって病院へと運ばれた朝倉さん。そしてやって来た警察が同じテーブルにいたちょび髭こと毛利さんに事情を聞く。


同じテーブルにいた私ももちろん事情を聞かれたけど、彼女とは今日あったばかりで話せることなんてほとんどない。


どうやら何者かの手によってシャンパンにヒ素を盛られたらしい彼女。犯人についてあれやこれやと推理をしている毛利さんや刑事さん達。


容疑者は3人らしいけど、私に犯人を当てる推理力なんてないし少し離れたところでことの成り行きを見守る。まぁ零がいるしすぐ解決するでしょ。そう思っていた私は、重大なことを忘れていたんだ。





昼間にあった窃盗事件の犯人の聴取を終えてひと息ついていると、隣のデスクでおにぎりをかじっていた佐藤の携帯が鳴る。


「分かりました!すぐに向かいます!」

・・・・・・げ、嫌な予感がする。

佐藤は電話を切ると俺の方へと向き直り、「行くわよ、松田君!」と残り少なくなっていたおにぎりを一口で食べ切りスーツのジャケットを羽織る。


まーた事件だ。毎日毎日よく飽きねェもんだよ、ホント。


そんなことを考えながら佐藤の車の助手席に乗り、ついたのは黒ウサギ亭というバニーガールのクラブの前だった。


「・・・・・何屋だよ、ここ」
「バニーガールの衣装で接客してくれる飲食店らしいけど・・・、とにかく行くわよ」
「へいへい、分かったよ」


ドアを開け中に入ると、そこにいたのは毛利探偵とあの探偵ボウズ。それに零までいんのかよ。


まじで事件が起こる度にこいつらいるよな、と思いながら現場をぐるりと見回す。


「・・・・・・はァ?」
「どうかしたの?松田君」
「ちょっとタンマ。先に警部から話聞いといてくれ、後ですぐに行くから」


見間違うはずがない。ここにいる女性スタッフはみんな同じようなバニーガールの格好をしているけど、事件のおきたテーブルのすぐ隣にちょこんと座っている巻き髪ロングの女。


かつかつとそいつに近付き、その腕を掴んだ。





「・・・・・・おいコラ。お前、こんなとこで何やってンだよ」
「っ、じ、陣平・・・?!何でここに・・・、」
「あ゛?仕事だよ、仕事。てかマジその格好何?」


完全に忘れてた。こんな事件が起こったんだ、陣平がここに来るかもしれないって少し考えれば分かったのに。


私の腕を掴む陣平の手に力が入る。ギリっと彼の指が食い込む腕が痛い。

陣平はこれでもかってくらい怖い顔をしていて、その眉間には深い皺が刻まれている。


「ちょっと松田君!・・・って、なまえさん?どうしてここに・・・、」
「えーっと・・・、お久しぶり、デス。ちょっと友達の代理でバイト中で・・・」

慌てて駆け寄ってきた佐藤刑事に今だけはすごく救われた気持ちになる。陣平の方を見るのが怖くて、佐藤刑事に返事をすれば何かを察したみたいに彼女は私と陣平を交互に見る。


「松田君。とにかく今は事件の捜査が先よ」
「・・・・・・チッ、分かってるよ」

吐き捨てるようにそう言うと、陣平は着ていたスーツのジャケットを脱ぎ私の方へと投げつけた。


「それ着て大人しく待ってろ。逃げたら許さねェからな」
「・・・・・・っ、」
「分かったらさっさと着ろ。これ以上イラつかせンな」

胸の前で受け取った彼のジャケットに慌てて袖を通すと、僅かに陣平の眉間の皺が和らいだような気もする。いや、めちゃくちゃ怒ってるのに変わりはないけど・・・。

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