番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-3


楽しい時間が過ぎるのはあっという間だ。


久しぶりの水族館はすごく楽しくて、何より隣に松田がいることが幸せだった。


イルカショーを見終わった頃には、すっかり外はオレンジ色の夕陽に照らされていて。このまま電車で最寄りまで帰ってバイバイかなって思ったら自然と歩くスピードが遅くなる。



水族館の順路の最後にあったのはお土産ものを取り扱うギフトショップだった。



イルカやシャチのぬいぐるみ。色んな色の魚が描かれたタオルや、マグカップなどの小物。お菓子やキーホルダー、それ以外にもたくさんのお土産が店内に並んでいた。



・・・・・・お揃いのキーホルダーとか欲しいかも。


ちらりと隣で海の仲間図鑑みたいな本をぺらぺらと捲っていた松田を盗み見る。・・・・・・うん、お揃い欲しいとかは1ミリも思ってなさそう。てか松田がこういうところのキーホルダーとかぬいぐるみってキャラじゃないもんなぁ。


むしろお揃いとか付けるの嫌がりそう。


嬉しくて楽しくてずっと上向きだった気持ちが、じわじわと下向きに変わっていくのを感じた。


繋がれていた手も松田が本を捲っていたからいつの間にか離れていて、気が付くと松田は隣にいなかった。



分かってる。こんな風に一緒に出掛けることができるだけで幸せなんだ。


それにあの松田と恋人同士だよ?少し前の私はこんな未来がくるなんて想像もしてなかった。


それなのにどんどん欲深くなっている。もっと、もっと、って欲しいものが増えていく。



今日だってデートに誘ってもらえて嬉しかったのに、ずっと心臓がうるさい私と違って松田はいつも通りだったから。もしかして他の女ともこうやってデートしたの?なんて聞くべきじゃないことが何度も頭をよぎった。



そんなことを考えていると、ぽんっと何かで頭を軽く叩かれる。



顔を上げて振り返ると、そこにいたのはシロイルカのぬいぐるみを片手に持った松田だった。



「お前こういうの好きじゃねェの?」
「・・・・・・・・・好き、」



好き。可愛いものは好き。シロイルカも可愛かったから好きだよ。でもやっぱり松田が1番好き。



口から溢れたひと言にはたくさんの想いが詰まってて。



「っ、なんでそんな泣きそうな顔してンだよ・・・?!」
「・・・・・・してないもん、!」
「してるだろ!他に欲しいもんでもあったのか?」
「〜〜っ、そんなことで泣くほど子供じゃない!」


目の奥がツンとなって喉の奥に何かがつっかえたような感覚。溢れこそしなかったけど、たぶん今の私は涙目なんだろう。



松田に腕を引かれた私はそのままギフトショップを出て、近くにあったベンチに座らせられる。


隣に腰を下ろした松田は怒ることもなく、「ンで?何で急にテンション下がって泣きそうになるワケ?」って私の涙の理由を聞いてくれる。



その優しさのせいでまたじわりと涙が浮かびそうになるんだからホント最悪だ。






楽しそうに笑っていたかと思えば、急に泣きそうな顔になったなまえ。


少しして落ち着いたのか、ゆっくりと口を開いた。



「・・・・・・誰かと水族館来た?」


俺を見上げる涙で潤んだ大きな瞳。その瞳の奥に見え隠れするのは、今まで何度も見たことのある嫉妬の色。


頭いいくせにこういう時は言葉足らずななまえの言葉をどうにか理解しようと頭を働かせる。



「他の女とってこと?」

こくり、と小さく頷いたなまえ。何となく涙の理由が少しだけ分かったような気がした。



「来たことねェよ。水族館なんてガキの頃に来てから来てない」
「・・・・・・っ、」
「あとは?何が不安?」


察してやる、なんて俺のいちばん苦手な分野だと思う。


それでも目の前のこの女だけは、どうしても泣かせたくなくて。どんなに面倒くさくてもその理由と向き合いたいと思うから。



「・・・・・・他の女とデートしたことある?」
「ねェよ。男女何人かで出掛けたことはあるけど、そんときはお前も一緒にいただろ。それ以外はない」
「ホント?」
「ンな嘘つかねェよ」


ベンチの上に置いていた俺の手になまえの指先が触れる。


「・・・・・・今日ずっとドキドキしてたの私だけかなって思ったら急に悲しくなった。それにさっきだってお揃い欲しいなってなったの私だけだもん」


俺の指を握りながら、ぽつりと呟いたなまえ。また話の脈絡が分からねェ気もするけど・・・・・・、



「・・・・・・はぁ、正直に全部話せばお前の不安はなくなるワケ?」
「・・・・・・ん、」
「今日出掛けんのも色々調べてここにしようって決めたんだよ。この前カフェで萩と話してたのは、なんかいいとこないかあいつに聞いてた。お前のことだから初デートとかそういうの拘りそうだし、せっかくなら喜んでもらいてェって思ったから」
「っ、」
「なんか改めてこうやって2人で出掛けんの初めてだし俺も緊張はした。でもお前が楽しそうに笑ってくれたから嬉しくて、普通に楽しいって思ってた」



胸の内を全部喋るなんてマジでダサいと思うけど、変に本音を隠してこいつが不安になるよりはマシだ。



「・・・・・・私がナンパされてたときも普通だったから気にしてないのかなって思った」
「気にするに決まってンだろ。普通に手出そうなの堪えてた。だからさっさとあの場離れたかったンだよ」
「・・・・・・ウソ、」
「嘘じゃねェ。だいたいお前は無駄に目立つンだよ。いつもより粧し込んでりゃ尚更だろ」
「・・・・・・可愛いって思った?」
「ん、」



ひとつ、ひとつ。絡んだ糸を解くように。




「・・・・・・ンであとは・・・、お揃いだっけ?いいんじゃねェの?記念に買っても」
「っ、ホント?!」
「バカでかいキーホルダーとかじゃなけりゃな。あ、あと萩にペラペラ余計なこと話すのもナシ」



指を掴んでいた手にぎゅっと力が入ったかと思うと、なまえは勢いよく抱き着いてきた。


くしゃり、とその長い髪に指を沈め頭を撫でる。



「好き!!シロイルカより松田の方が大好き!!」
「ンだよ、それ。ほら、お揃い買うんだろ?さっさと見に行くぞ」
「うん!!あ、あとさっきのぬいぐるみも買う!」
「へいへい、分かったから離れろ」



胸元から顔を上げたなまえの瞳にもう涙は浮かんでいなくて、代わりに嬉しそうな笑顔がそこにあった。



Fin


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