番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-2


待ちに待った土曜日。約束の時間の30分以上前には待ち合わせ場所である駅前に着いていた私。


土曜日ということもあって駅前の時計広場には、ちらほらと携帯片手に誰かを待つ人達がいた。



「ねぇねぇ、さっきからずっとここいるよね?誰か待ってんの?」


鏡で前髪を直していた私に声を掛けてきたのは、本日3人目のモブ男。1人目は無視してたら早々と諦めてどこかに消えたし、2人目も思いっ切り睨んだらいそいそと駅の中へと消えていった。


でもどうやら3人目のコイツはやけにしつこい。


「無視しないでよ〜!てかめっちゃ可愛いよね!可愛すぎて俺一目惚れしちゃったかも♪ 」


・・・・・・この男ってバカなの?

私が可愛いのなんて当たり前。まして今日は松田との初めてのデートだ。今日の為に美容院に行っていつもより高いトリートメントもしてもらったし、ネイルだって昨日変えたばかりのお気に入りのもの。


服も、靴も、メイクも、髪も、今日の為にどれだけ私が拘ったと思ってるの?


可愛くて当然。だいたいお前なんかに惚れられる為にオシャレしてないっての!!!



そんなことを考えていたら思わず溢れた舌打ち。男の顔に僅かに苛立ちが浮かんだ。



「さすがに舌打ちはひどくない?さっきからずっと無視だし。少し前からずっと見てたけど30分以上ここにいるよね?もしかしてドタキャンとか?」
「なんで私がアンタにいちいち返事しなきゃいけないわけ?勝手に話しかけてきたのそっちでしょ?だいたいずっと見てたとか気持ち悪っ!」
「・・・・・・っ、」


一気に捲し立てた私に今度は露骨に男の顔が歪む。


男の腕が私の方に伸びてきて腕を掴まれそうになる。私が身を引こうとするよりも先に、後ろから別の誰かに肩を引かれぐらりと体が傾いた。



「俺のツレなんだけど、こいつ」
「・・・・・・んだよ、男待ってるなら先に言えよ、クソ!」
「はぁ?アンタが勝手に・・・っ、」



私の肩を引き寄せたのは、少し不機嫌な顔をした松田だった。


舌打ちをして踵を返そうとした男が吐いた捨て台詞。それにイラッとした私がその背中に中指を立てようとしたけど、隣にいた松田がその手を掴み反対の手で私の口を塞いだ。



「・・・・・・ストップ。それ以上はやめとけ」
「なんで?!彼女が絡まれてたんだよ?!松田は気にならないの?」
「あんな奴相手に揉める方が時間の無駄。ほら、さっさと行くぞ」


私の手を掴んだまま駅の方へと歩き出す松田。試しにその大きな手に自分の指を絡めてみたけど、昔みたいに振り払われることはない。


それだけのことですごく幸せで。さっきの男の顔なんて一瞬で私の頭の中から消し飛んだ。




電車に揺られること20分。やって来たのは最近できたばかりの水族館だった。



入口にある大きなクジラのモニュメントに意識を奪われているうちに、チケット売り場でチケットを買う松田。慌てて財布を取り出そうとしたけど、「俺が出すからいい」って言われてお金は受け取って貰えなかった。



・・・・・・何これ、デートみたい。いや、デートなんだけど。でも何か本当の恋人同士みたい。いやだから!恋人同士なんだけど・・・!!


頭の中がぐちゃぐちゃになる。今までも松田と出掛けたことはあった。でもそれは私がしつこく頼んだり、萩原に協力してもらって無理やり2人きりの状況を作ってもらってのこと。


こんな風に恋人らしく出掛けるなんて初めてで、心臓が朝からずっとうるさいままだ。



「なに変な顔してンだよ。他に行きてェとこあった?」
「・・・・・・っ、ない!!!水族館とか久しぶりだしデートの定番っぽいもん!めちゃくちゃ楽しみ!!」
「だったらさっさと行くぞ。全部見て回るのも時間かかるし」



チケット売り場で離れた2人の手。腕にぎゅっと抱きつきながら松田の横顔を見上げると、水族館の青いライトの下、たまらなくカッコよくて。



無理だ、私今日死ぬかもしれない。これ以上、心臓がうるさくなったら絶対倒れる気がする。



嬉しい気持ちと、少しの不安。私以外の女ともこんな時間を過ごしたことがあるのかな。


隣を歩く松田の横顔を見ながら、どうしてもそんなことを考えてしまうんだ。








なまえのことだから約束の時間よりも早く待ち合わせ場所に来るような気がして、10分前に俺も駅前に向かってみれば案の定見たこともねェ男相手に声を荒らげるあいつがいた。



中身はどうであれ、なまえの容姿は昔から人目を引く。ナンパだってしょっちゅうされてたし、学生の頃は校門で他校の男が待ってたこともあった。平たく言えばあいつはモテる。


昔から知っているその事実。それでも何故か知らない男に腕を掴まれそうになっているなまえを見た瞬間、考えるよりも先に体が動いていて。



「ねぇ、見て見て!イルカだぁ!白い子もいる!」


今だってそう。繋いでいた手を見て嬉しそうにしていたかと思えば、するりとその手を離して水槽へと駆け寄るなまえ。


空っぽになった左手が少しだけ寂しいような気がしたけど、そんな気持ちには気付かないフリをした。


「なぁ、あの子めっちゃ可愛くね?」
「どの子?どの子?・・・・・・うわ、マジじゃん!可愛い〜!」


すぐ近くにいた男女4人組。同じグループの女連中に聞こえないようにひそひそと話す男達の視線の先にいたのはなまえだった。



どす黒くて重たい鉛玉がまたひとつ。腹の中に落ちて溜まっていくこの感覚。



「松田もこっち来て近くで見ようよ!この白い子めっちゃ賢いよ!じーっと見たらこの子もこっち見てくるの!」



ベルーガ相手に首を左右に傾げてその反応を見て楽しそうに笑うなまえ。もう何年も見てきたはずの横顔なのに、やけに可愛く見えるのは気持ちの変化のせいなのか。



「なまえより賢いんじゃね?こいつの方が」
「なっ、そんなことないもん!この子じゃ松田に勉強教えてあげられないし!」
「ははっ、張り合うとこか?そこ」


ガキみたいにむくれた顔も可愛いって思っちまうんだ。

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