番外編 ゼラニウム | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▽ 1-3


玄関のドアを開けるとそこには私のものじゃない革靴。もちろんその靴の持ち主は陣平しかいない。



今日は私からちゃんとごめんって言おう。さっきまで香織と話していたおかげか、素直にそう思うことができた。


リビングに入ると、そこにはスーツのジャケットをソファの背に引っ掛けたまま着替えてすらない陣平がいて。ソファの肘掛に片肘をついたままの姿勢の陣平が視線だけ私の方へと向ける。


怒ってる。その視線が、雰囲気が、いつもよりもピリついていてどこか刺があるような気がして。思わず言葉が喉に引っかかった。



「楽しかったか?」


いつもより低くて冷たい声が静かな部屋に響く。陣平の視線は私の手にある紙袋達に向けられていて。



楽しかったか?なにその質問。楽しいわけないじゃん。どんなに着飾っても、欲しいものを買っても、美味しいものを食べても、隣に陣平がいてくれることより満たされるなんて有り得ない。


陣平がそれを分からないはずないのに。



「・・・・・・っ・・・、」


悔しいから泣きたくなんてないのに、目の奥がツンとなって視界が歪む。


手に持っていた紙袋を机の上に置くと、そのままソファに座っていた陣平に近付く。ぺたりと陣平の足元のラグに座る。



「・・・・・・なんでお前が泣くんだよ」
「・・・・・・っ、泣いてない!!!」
「嘘つけ。泣いてるし」
「泣いてないってば!!泣いてないったら泣いてない!!陣平が悪いんだもん!!バカ!!!陣平なんか・・・・・・っ、」



やっぱり私は素直にごめんねなんて言える可愛い女の子じゃない。理性より感情が先行して、素直に謝ることすら出来ない。



嫌い




それでもたった一言、陣平なんかの後に続くその言葉だけは言えない。言いたくない。勢いでも言っていい言葉じゃないし、1ミリだって思ってないから。



「俺なんか、何?」
「・・・・・・っ、」
「嫌いってか?約束もろくに守れねェし、優しくもない男に愛想尽きた?」



私が言えなかった、言わなかったその言葉をさらりと口にした陣平。思わず俯いていた顔を上げて陣平を睨むけど、見上げた彼の表情が辛そうで傷付いたみたいな顔をしてたから。





「・・・・・・っ、ふざけんな!!そんなことで嫌いになんかならないし、愛想だって尽かしたりしない!!そんな軽い気持ちじゃないもん!!!」


怒鳴るようにそう言うと、陣平の膝を思い切り叩く。


陣平は肘掛から腕を退かすとそのままその手で自分の顔を隠す。そして何も言わず反対の手で私の髪に触れた。





「・・・・・・お前今日何してた?」
「はぁ?なに、急に」
「いいから。何してた?」
「ひとりでランチして、買い物してた。ムカついてたから色々買い物したらすっきりするかなって」
「・・・・・・夕方は?」
「夕方?駅前のケーキ屋でケーキ買ってた。あ、大翔くんと会ってちょっとだけお茶してた」



なまえの口から出てきたのは、俺の知らない男の名前。


隠す素振りなんて少しもないから、きっとやましいことはないんだろう。それでもやっぱり腹が立つ。



「誰?それ」
「大翔くん?香織の彼氏だよ。前に陣平も1回会ったことなかったっけ?私と香織が飲んでたときに2人が迎えに来てくれたじゃん」



そういやそんなことがあったような気もする。薄ぼんやりとした記憶を辿りながらなまえの言葉の続きを待った。


「たまたま大翔くんに会って、香織と喧嘩中だっていうから話聞いてただけ。少しだけお茶して大翔くんと別れたあとは香織と電話しながら帰ってきた」
「・・・・・・、」
「そりゃ買い物は好きだし好きな物買うのは楽しいよ?でもそんなの陣平と一緒にいる時間に比べたら・・・っ、」



こいつの素直さの欠片でも俺にあればもっと・・・、そう思うと胸の奥が締め付けられるように痛い。


俺への気持ちを惜しみなく言葉にして表現するなまえ。昔からそれに慣れきっていたから、少しでもお前が離れていくかもって思ったら不安になる。


髪を撫でていた手を後頭部に回すと、そのまま自分の方へとなまえを引き寄せた。



「・・・・・・ごめん、今日約束してたのに守れなくて」
「っ、」
「どうでもいいなんて思ってねェから。あんな言い方して悪かった」


腕の中でじたばたと暴れていたなまえだったけど、俺の言葉に静かになってその手がぎゅっと胸元のシャツを握る。


ぐっとその手に力を入れたなまえは俺の胸から顔を上げると大きな目を三角にして俺を睨んだ。



「なんで陣平が先に謝っちゃうの?バカ!!私が謝れなくなるじゃん!!」
「・・・・・・ンだよ、それ」
「急に仕事が入っちゃうのなんて仕方ないって分かってる!陣平が悪くないのもちゃんと分かってるもん!ただ・・・・・・、ちょっとだけ寂しかっただけだもん・・・、」



怒鳴って睨んできたかと思えば、瞳の縁に涙を溜めて徐々に小さくなっていくなまえの声。



ホント泣いたり怒ったり忙しい奴。俺の胸ぐら掴んで怒鳴ってくる女なんてきっとなまえくらいだろう。


くるくる変わるその表情がどこまでもこいつらしくて目が離せなくなる。



「・・・・・・飯でも食いに行かね?」
「はぁ?この状況で急に何・・・っ、」
「ホワイトデー。まだ時間残ってンだろ?お前が食べたいもん付き合うし」



やっぱり俺にはお前が必要で、なまえが隣にいないってのは考えられないんだ。


ホワイトデーって言葉にぴくりと肩を揺らしたなまえは、少しだけ考える素振りを見せたかと思うとゆっくりと口を開いた。



「・・・・・・焼肉食べたい。ちょっといいとこのやつ」
「ふっ、色気ねェなぁ」
「うるさい!私の食べたいものに付き合ってくれるんでしょ?デザートもいっぱい頼んでやる!!」
「へいへい、デザートでもなんでもいいよ。それでお前が喜ぶなら」
「〜〜っ、その顔ずるい!!」
「顔がずるいってなんだよ」
「かっこいい顔しないで!!ムカつく!!」



くしゃりと頭を撫でると、一気になまえの頬が赤くなる。何年経ってもこうして変わらない反応が可愛いと思うし、好きだなって思うんだ。


全力で好きをぶつけてきてくれるお前だから。




「好きだよ、お前のこと。なまえじゃなきゃ無理だからあんまフラフラすんなよ」




触れるだけの口付けをすれば甘い雰囲気に・・・・・・、なんてなるわけもなくて。




「当たり前でしょ!!てかどっかの女と比べたの?!しかもフラフラって何?!私は陣平しか・・・っ・・・!」



まぁこうなるわな。だってなまえだし。


何を勘違いしたのか声を荒らげようとしたなまえを強引に抱き込みソファに組み敷けば、なまえは言葉につっかえたみたいに黙り込む。


潤んだ瞳で見上げられたら、心の1番奥深くが熱を持つ。



「俺しか、何?」
「分かってるくせにムカつく」
「分かってても聞きてェんだもん」
「〜〜っ、その言い方もずるい!!!」



まつ毛が触れ合いそうな距離で交わすこんなバカな会話すら、相手がお前だから楽しくて幸せだなって思うんだ。




────────────────



数日後、仕事が終わりなまえの家に帰ると玄関まで飛んできたなまえ。どこかニヤついたその表情に何となくだけど嫌な予感がして。



「ねぇねぇ、もしかしてホワイトデーの日さ、あのケーキ屋さん来た?」
「・・・・・・何で?」


質問に質問で返せば、それを肯定と捉えたなまえは口の端に笑みを浮かべる。



「大翔くんと一緒にいるの見てヤキモチ妬いてくれたんでしょ?私が浮気なんてするわけないのに、陣平も可愛いとこあるよねぇ♪ 」
「っ、」


鬼の首を取ったように上機嫌ななまえ。こいつが自力でこんなこと思いつくわけがない。


となれば誰かがこいつに入れ知恵したわけで・・・・・・。そんなことをしそうな奴はひとりだけ。




「・・・・・・お前、この前のこと萩に喋っただろ」
「うん。たまたま買い物に出掛けたら萩原に会ったから。そしたら多分それ陣平ちゃんヤキモチ妬いたんじゃね?って」
「あの野郎・・・、余計なこと・・・・っ、」
「あの時そう言ってくれたらよかったのに。陣平ちゃんは素直じゃないなぁ」
「うるせェ!ってか陣平ちゃんって呼ぶな!」
「はぁ?萩原はいいのに私はダメなの?!何それずるい!!」


結局またこんなくだらないことで怒鳴り合いになるけど、まぁこれも俺ららしくてありかなって思うんだ。



Fin


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