番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-2


結局、犯人とっ捕まえて本庁に戻ってきた頃にはすっかり陽も傾いていて空はオレンジ色に染まっていた。



携帯を確認してみてもなまえからの連絡はなくて、どうせあいつのことだから家でふて寝でもしてるんだろう。



なんかあいつの好きそうなもんでも買って帰るか。本庁を出て向かったのは、なまえが好きな駅前のケーキ屋だった。



カフェも併設してるそのケーキ屋。携帯片手に角を曲がると、そこのテラス席が視界に入ってきた。



「・・・・・・・・・は?」


思わず口をついて溢れた言葉。咄嗟に自販機の影に体を隠す。



そこにいたのはなまえ、そして見たことのない若い男。自販機の影からもう一度テラス席を覗いたけど見間違えなんかじゃなくて。


ナンパか?と思ったけど、親しげに話すその雰囲気はそれを否定する。


なまえが座っている席の隣にはいくつかの紙袋がある。もしかしてそいつから貰ったものなのか?



なまえの交友関係は基本的に狭い。まして男のツレなんて諸伏くらいだろう。会社の奴ならあいつはあんな風には話さない。


話の内容こそ聞こえないけど、随分と楽しそうに笑っているなまえの横顔が脳裏にこびりつく。



・・・・・・いつもより気合い入った格好して、そんな顔で、俺以外の男に笑いかけてんじゃねェよ。



今すぐそこに割って入って一緒にいる理由を聞きたいって思うのに、頭を過ぎるのは昼間の佐藤の言葉。



他の男の方がいいってか?なまえに限ってそんなことあるわけない。頭ではそう思っているのに、何故か足がその場に張り付いたみたいに動いてくれなかった。






駅前のデパートで欲しかった新しいリップと切れかけていた化粧水を買って、新しくできた雑貨屋さんで可愛いマグカップを買った。


ランチは最近SNSでよく見かけるパスタ屋さんでおひとり様ランチを決め込んだ。評判通り美味しくて、食欲と物欲が満たされたおかげか少しだけ苛立ちが収まった・・・・・・ような気がする。



そうなるとふつふつと込み上げてくるのは、陣平への罪悪感なわけで。素直に仕事頑張ってねって言ってあげればよかったって思うけど、自分から連絡する気にはまだなれそうにない。


結局ふらふらと気の赴くままに買い物を楽しんでいるとすっかり陽も傾いていて、帰る前に駅前のケーキ屋さんに立ち寄った。



いちごタルトかチョコレートケーキか。チーズタルトも捨て難いよなぁ。色とりどりのケーキが並ぶショーケースの前で悩んでいると、すぐ隣で同じようにショーケースを眺める男の人がいた。


なんとなくその人の方を見れば、その人もちょうど私の方を見ていて。



「なまえちゃん?」
「・・・・・・!大翔くん?!」



すらりと背の高いその人は、香織の彼氏の大翔くんだった。香織と飲みに行ったときに何度か迎えに来た大翔くんとは顔を合わせたことがあって、珍しく香織が(仮)じゃなくて付き合ってる人だったから私もそれなりに話したことがあった。


「香織は?一緒じゃないの?」
「あー、うん。ちょっと今揉めててさ」


眉を八の字に下げた大翔くんは、困ったみたいに小さく笑う。香織達が喧嘩なんて珍しい。


ケーキ選びは一旦保留で、その喧嘩の理由とやらを聞いてみれば私と陣平が揉めた理由とほとんど同じで。


香織と出掛ける約束をしてたのに、直前で大翔くんの仕事が入ってしまった。それで香織が拗ねて連絡も無視されてるらしい。


「香織も拗ねて怒ったりするんだ!なんか意外かも」
「意外と子供っぽいとこあるからね、あいつも。まぁでも今日のことは俺が悪いから」

コーヒーを口に運びながら小さく笑った大翔くん。その口ぶりはそういうところも好きだって言っているような気がして、胸の奥がきゅっとなる。


「仕事でドタキャンってやっぱり申し訳ないって思うもの?」
「そりゃね。まして今日はホワイトデーだろ?普段忙しくてすれ違いがちだから、そんな日くらい一緒にいたいって思うもんだよ」
「・・・・・・、」
「なまえちゃんも早く彼氏と仲直りしなよ♪ きっと彼も俺と同じように思ってると思うから」



それから少しだけお互いの恋人の話をして。こうやって誰かに陣平の話をしていると、やっぱり大好きが溢れてくるから。お互いのカップが空になると、伝票を持って立ち上がった大翔くん。その背中を追いかけレジへと向かう。



「私の分払うよ!」
「いいよ、話聞いてもらったお礼ってことで」


さらっと会計を済ませた大翔くんは再びショーケースの方へと向かう。お互いにケーキを選び終え、店の前で軽く挨拶をすると別々の方へと歩きだす。


鞄から携帯を取り出し電話をかけた相手は香織。


数回のコール音のあと聞こえてきたのは、少しだけいつもより低い香織の声。


『もしもし、』
「もしもし?今電話いい?」
『いいよ。松田くんと何かあったの?』


私から電話をすることなんてあまりないから。それこそ陣平と喧嘩して愚痴りたいときくらい。そもそも香織とは別に頻繁に連絡を取り合うわけじゃない。それでもこうして声色ひとつで相手のことが分かるんだから、これが友達ってやつなのかなって思う。



「さっき駅前で大翔くんに会ったよ」
『・・・・・・で?あいつなんか言ってた?』
「ちょっとだけお茶して、大翔くんの惚気聞いてた」
『何それ、意味わかんない』


さっきよりも少しだけ香織の声が弾む。大翔くんと会ったのを黙ってるのは何か違う気がするから連絡はしたけど、彼の本音を言うのは私の役目じゃないから。



「香織って大翔くんのこと何だかんだ大好きだよね」
『何それ、アンタの松田くん愛には負けるよ』
「当たり前じゃん。年季が違うもーん」
『はいはい。だったらさっさと仲直りしなよ。どーせまた喧嘩したんでしょ?』
「・・・・・・・・・なんで分かるの?」
『なまえ分かりやすいもん。いつもより声に元気ないし、そういうときは決まって松田くんと喧嘩してる。どうせホワイトデーなのに仕事でデートドタキャンとかでしょ?』
「・・・・・・香織ってエスパー?」
『ははっ、アンタが分かりやすいだけ』


香織と話していたら自然と傾いていた気分が上向きになるような気がした。

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