▽ 1-1
「まだ俺ん家来るのは嫌なワケ?」
「絶対に嫌。他の女が入った部屋なんて今すぐ引っ越してほしいくらいだもん」
あれから一応仲直りってやつはしたはずの俺達だけど、なまえの機嫌が完全に直るかはまた別問題。
不規則な俺の仕事の時間に合わせて、なまえはよく俺の家に泊まりに来ていた。けれどあの日以来こいつは頑なにそれを拒否している。
昔の俺ならわざわざ無理して時間を作って会いに行くことなんてなかっただろう。それでも今はそういうわけにもいかない。
素直に口には出さないけれど、会いたいって気持ちがあるから。だからといって時間の融通が効かないのも事実。
仕事終わり、なまえの家のソファに座りながら尋ねてみればやっぱり思いっきり眉間に皺を寄せてふいっと顔を背けるなまえ。
ソファに置いていたクッションを抱きかかえたままなまえはそれに顔を埋める。風呂上がりのすっぴんでいつもみたいにキラついてない目元がちらりと俺を見る。
普段より少しだけ幼いその姿に昔のなまえの姿が頭を過ぎる。もう随分と長い時間が過ぎた。いつの間にかこいつが隣にいるのが当たり前になった。
ただでさえ忙しくてすれ違うことが多いんだ。少しでも会える時間があれば会いたい。その為にはどうしたってこいつに機嫌を直してもらうしかない。
*
陣平に会える時間が減るのは寂しい。でもすんなりとあの部屋に遊びに行く気にはどうしてもなれなくて。
それに今こうして忙しい中でも陣平が私に会いに来てくれるのが、愛されてる感じがあって嬉しいなんて言ったら陣平は怒るかな。
そんなことを考えていると、私の髪に陣平の指先がそっと触れた。
「引っ越しはすぐには無理だけど、あのソファは買い替える。今回はそれで許してくんねェ?」
「・・・・・・、」
「・・・・・・そろそろ俺が限界なんだわ」
少しだけ弱々しい彼らしくない声に思わず顔を上げる。
そりゃそうか。
何かと事件が多いこの街のせいで陣平の仕事は忙しい。勤務時間だって私と違って不規則だから、生活を合わせるとしたら私の方が合わせやすい。今までだってそうしてきた。それをここ数日、彼が無理やり時間を作って会いに来てくれているんだから疲れないはずがない。
「・・・・・・どうしたって俺が会いに来るんじゃ会える時間が減るだろ」
「・・・・・・え?」
予想していなかった言葉に、思わず気の抜けた声が口から溢れた。
ぶすっとした顔だけど、陣平は私から視線を逸らすことはなかった。
「前みたいにお前が先に仕事終わった日は俺の家で待ってて欲しいし、休みの日には起きたら隣になまえがいて欲しい」
「〜〜っ、」
「だからそろそろ機嫌直してくれねェ?」
こんな風に素直に言葉を伝えられることには慣れていないから。一気に頬に熱が集まる。
そんな私からクッションを取り上げた陣平は、そのまま私の腕を引いてとんっと抱き寄せる。
私の頭に顎をのせた陣平は、そのまま私の背中を宥めるみたいにゆっくりと撫でた。
「・・・・・・新しいソファ私が選んでいい?」
「ん。明後日休みだから一緒に買いに行くか」
「あとあのブランケットも買い替える。あの女が触ったやつなんで絶対にヤダ」
「分かった。なまえが好きなやつにしていいから」
「ピンクのめっちゃ可愛いやつとかでも?」
「あぁ。俺ん家に来んのなんてお前か萩くらいだし何の問題もねェよ」
私の我儘をこんな風に聞いてくれることが嬉しくて、少しだけ体を離して陣平を見上げる。
どこまでも優しくて、少しだけ熱っぽさを孕んだ視線。その瞳の奥にはほんの僅かだけど不安が見え隠れしていて。多分私の返事を待ってくれているんだろう。
目の前のこの人がこんな風に見つめるのは、きっとこの世で私だけだって思ったら言葉では言い表すことできない満足感にも似た感情が胸を埋め尽くす。
「・・・・・・明後日、買い物終わったら泊まってってもいい?」
私の返事を聞いてふっと安心したみたいに笑う陣平を見ていたら、やっぱり大好きだなって思ったんだ。
────────────────
「・・・・・・なぁ、こっちのやつじゃダメなのか?」
「ヤダ。こっちのソファの方が座り心地よかったし。それにこっちの方がオシャレで可愛いもん」
なまえが指さしたのは、前まで使っていたソファとはゼロ1つ桁の違うソファ。
ニコニコご機嫌でソファに腰掛けるなまえは、俺が指さした隣のソファからふいっと顔を背ける。
・・・・・・ったく、給料日前だってのに。
そう思うのに、嬉しそうに笑ってるなまえを見ているとこれ以上何かを言う気にはならなかった。
「じゃあそれにするか」
「いいの?!」
「機嫌は直ったか?オヒメサマ」
「うん!陣平大好き!!」
いつの間にかこいつの笑顔に弱くなっちまったよな、ホント。
Fin
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