番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-2


結局、そのあとすぐに後輩は荷物をまとめて逃げるように部屋を出ていった。


気まずい沈黙が部屋を包む。
なまえは何も言わずただ部屋を出ていく後輩の背中を睨んでいて。2人きりになった部屋の中、事情を説明しようと口を開きかけた俺をなまえが遮った。



「何も聞きたくない」
「・・・・・・っ、悪かったって。でもマジで何もねェから。少し前まで俺の同期もいたし、そいつは男だから。信じられねェならそいつに確認しても・・・」
「うるさい!!何も聞きたくないって言ってんじゃん!!」
「っ、」



あの光景を見て信じられないのも無理はないから。携帯を差し出したけどなまえはそれをひったくると、思いっきりソファに投げつけた。


投げた拍子に画面に手が当たったんだろう。画面には俺が開いていなかったなまえからのメッセージが表示されていた。


あんまり飲みすぎちゃっダメだよ!帰り遅くなるなら気をつけてね



昨日の夜中に届いていたそのメッセージ。
それを見た瞬間、ずきんと胸の奥が締め付けられるように痛んだ。



なまえの大きな瞳にじんわりと涙が浮かぶ。わなわなと唇を震わせながら、その涙を堪えるようになまえは言葉を続けた。



「・・・・・・・・・陣平は何も分かってない」


たった一言。それだけ言うとなまえは踵を返して玄関へと向かう。


慌ててその背中を追い掛けたけど、あいつは立ち止まることも振り返ることもない。掴んだ腕はいとも簡単に振り払われる。


静かに音を立てて閉まった玄関のドア。追いかけたくても足が言うことを聞いてくれない。



ここまで明確に拒絶≠ウれたのは初めてだったから。



玄関に置きっぱなしになっていたのは、近所のスーパーの袋。ずるずるとその横に座り込みながら頭を抱えため息をついた。






陣平の馬鹿。あほ。ふざけんな。


思いつく限りの罵詈雑言を頭の中で繰り返してみても、怒りは全く収まらなくて。



自分の家に帰るなり、そのまま勢いよくベッドに倒れ込んだ。


全部が無駄だ。
早起きしてした化粧も、綺麗に巻いた髪も、陣平に1番に見せたくて着た買ったばかりのこの服も。・・・・・・いや、でもあの女に舐められないようにする為にはよかったのかも。


なんてバカなことを考えていないと、今にも涙が溢れそうになるから。



別に陣平が浮気したなんて思ってない。
昨日だってあの女以外に同期の男の人がいたってのも本当なんだと思う。机の上にあったあのお酒の空き缶は2人で飲むには多すぎたし。


お酒にそこまで強くない陣平が潰れちゃったんだろうなって思うし、たぶん私が家に行く少し前まで寝てたんだろう。


抱きついていたのだって、あの女からだった。

陣平の手はあいつを抱き寄せてなんかなかったし、むしろ引き剥がそうとしてたから。



頭で分かっていてもどうしても冷静になれなくて。それにあんな弁解聞きたくなかった。


「・・・・・・っ、悪かったって。でもマジで何もねェから。少し前まで俺の同期もいたし、そいつは男だから。信じられねェならそいつに確認しても・・・」



そんな顔も知らない男に確認しなくても、私は陣平のことを信じてるのに。


それでも腹は立つし許せない気持ちがあるのは事実。私以外の女が陣平に触れるなんて絶対に無理。それと同じくらい私があの状況を見て、陣平を疑ったって思われるのが嫌なんだよ。







非番明けだってのに、朝からそれはそれは機嫌の悪い陣平ちゃん。普段から口は悪いけど、今日はそれに拍車がかかってる。おかげで周りの奴らが助けを求めるみたいに俺に視線を向けてくる。



てかこれは機嫌が悪いってか・・・・・・、



「なまえとなんかあったわけ?」
「・・・・・・、」
「図星、か。ほら!とりあえずもう仕事終わりだろ?奢ってやるから飲みに行くぞ」



半ば強引に約束を取り付け、陣平ちゃんを引き摺ってやって来たのは警察学校時代によく来ていた近くの居酒屋。


平日ってこともあって人も疎らな店内。案内された席に向かう途中、聞き慣れた声がして思わず振り返る。



「降谷ちゃん?それに諸伏ちゃんも!すげぇ偶然じゃん!」
「萩原!久しぶりだな。それに松田も」
「・・・・・・おう、久しぶりだな」
「ホント久しぶりだね。せっかくだし一緒に飲まない?」


まだぶすっとしたままの陣平ちゃん。諸伏ちゃんの言葉もあって、店員さんに頼み相席にしてもらう。



いつもと違う陣平ちゃんに2人が気付かないはずもなくて。最初こそ話したがらなかったけど、陣平ちゃんもひとりで抱えるのは限界だったんだろう。ぽつり、ぽつりと昨日の出来事を話し始めた。






「そりゃ陣平ちゃんが迂闊だったな。後輩ってあの子だろ?どう見ても陣平ちゃん狙いだったじゃん」
「・・・・・・ンなの分かるかよ」


萩の言葉がぐさりと胸に突き刺さる。

残り少なくなっていたビールを飲み干し、机に肘をつき頭を抱えた俺を見て諸伏が心配そうに眉を下げた。



「なまえから連絡はないの?」
「・・・・・・電話しても出ねェし、メッセージも既読無視」
「まぁ相当怒ってるんだろうな。あいつのことだから、そんな場面見て相手の女に手をあげなかっただけでも成長だろう」


零の言葉にうんうんと頷く萩。たしかに昔のなまえなら問答無用で相手の女の胸倉を掴んでいたはず。でも今回は怒ってこそいたけど、そんな感じではなくて。なんていうかもっと別の何かが・・・・・・。



そこまで考えて、またこぼれるため息。



その時、入口のドアが開き聞き慣れた声が耳を掠めた。



「今日は飲むったら飲むの!香織もどうせ予定なかったでしょ?」
「はぁ、なまえお酒弱いじゃん。潰れても知らないからね」


たぶん俺達4人、同時に入口を振り返ったと思う。


そこにいたのは仕事終わりらしいなまえと大学時代のあいつの連れ。ばちん、と思いっきり目が合ったのは一瞬のこと。


ギャーギャー騒いでたくせに、一気に無表情を決め込んだなまえはすっと視線を逸らすとそのまま俺達の席とは反対の方を指さしそっちへと向かった。



「ありゃ、諸伏ちゃんにも挨拶なしって相当ブチ切れてんな」
「たしかに。というか松田のことを無視するあいつを初めて見た気がする」


いつもなら俺を見かけたら嬉しそうに笑って駆け寄ってくるくせに。こっちが無視することはあっても逆なんて今までなかった。



ずっと追われることに慣れていたから、思ったより堪えている自分がいることに気付いた。

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