番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-1


朝方まで飲んでいたせいでまだ眠たいだとか、二日酔いで頭が痛いだとか。正直、俺の頭はまだ半分も正常に働いていなかったと思う。



それでも今の状況がまずいってことは分かる。



ソファの背もたれには脱ぎっぱのスーツのジャケットにネクタイ。シワになるからちゃんとハンガーにかけろって顔を顰めるなまえの顔が頭を過ぎる。



いや、違う。そんなことは問題じゃない。



ひとり暮らしのこの家。それなのに頭上から聞こえてきたのは小さな寝息。寝転んでいたラグの上から音のする方を見れば、ソファの上ですやすやと眠るのは昨夜一緒に飲んでいた後輩の女なわけで。



あ゛ぁ・・・・・・、やらかした。
机の上に置きっぱなしにしてあったミネラルウォーターをひと口のみ、そのまま机に突っ伏せた。



ふと視界の端に映った携帯。新着メッセージを確認してみると、それが届いていたのは3時間ほど前。ちょうど始発が走り始める頃に、同期の野郎からのメッセージが届いていた。



始発あるから帰るわ!お前もあいつも寝てたからそのまま家出たからあとは頼む



あとは頼むじゃねェよ、あのバカ・・・。



既読だけつけて返事をすることなく携帯を床に置きながら何度目か分からないため息をつく。






仕事終わり、たまたま帰りが同じだった後輩に捕まった。「相談があるから飲みに付き合って欲しい」と言われたけれど、女とサシで飲みなんてなまえがブチ切れるのが目に見えている。かといって自分の直の後輩の頼みを無碍にも出来なくて。そこを通りかかったのが同じく仕事を終え帰ろうとしていた同期だった。



男を含めての3人ならなまえも大丈夫だろう。



なまえには同期と飲みに行くとだけ連絡をして、そのまま3人で近くの居酒屋に向かった。そいつの相談ってのは、最初は些細な仕事の悩みだった。そこから話は広がって、気になってた男が彼女持ちで・・・・・・なんて仕事が全く絡まない話に流れていく。



明日が非番ってこともあって酒が進む。シラフだったらもう少しマトモな判断ができていたのかもしれない。全員が綺麗に出来上がった頃には、すっかり終電もなくなっていて。流れで1番近い俺の家で始発まで時間を潰すことになったのが昨夜の出来事だ。



帰りに寄ったコンビニでまた酒を買って、家でも飲んでいたせいで途中からの記憶は曖昧で。同期からのメッセージとは別に届いていたなまえからのメッセージを開くのも怖い。



「・・・・・・はぁ、」
「・・・んっ、松田・・・さん、?おはようございます・・・、」
「おう、はよ。水飲むか?」
「あ、ありがとうございます」



俺が起きた気配で起きたんだろう。ソファで横になっていた後輩が目を覚ます。


渡した水を受け取ろうと上半身を起こした彼女。肩にかけていたブランケットがずり落ちる。


シャツのボタンは第二ボタンまで開いていて、いつものぴしっとした姿とは違う。こんなのあいつに見られたら完全にアウトだ。


やましいことは一切ないにしても、逆の立場なら俺だって怒るだろう。



まだ少し眠たげに目を瞬かせる後輩を横目に、わしゃわしゃと前髪を乱した。そんな俺の様子に、くすくすと小さく笑う彼女。



「やっぱり彼女さんにバレたら怒られますか?」
「別に。2人きりだったわけでもねェし、何もやましいことはねェだろ」
「ふふっ、ホントかなぁ?」



せめてもの強がり。揶揄うみたいな物言いに神経を逆撫でされたような感覚がした。



「私が昨日した話って覚えてますか?好きな人に彼女がいたってやつ」
「覚えてるけどそれが・・・」



言葉が途中で止まる。ソファから降りたそいつがするりと俺の首に両腕を回したから。





その時、玄関の鍵が開く音がした。最悪すぎるタイミング。一人暮らしのこの家で鍵を持っているのは俺ともうひとりだけ。たいして広くもない部屋で、玄関からリビングまでの廊下は一瞬のもの。


俺が後輩の肩を両手で引き剥がすのと、リビングのドアが開くのはほとんど同時だった。








陣平が非番の日。本当なら朝早くから押しかけたかったけど、昨日は飲みに行くって言ってたしゆっくり寝たいかなって思ったから少しだけ我慢した。


それでもやっぱり会いたいから、朝ごはんでも作ってあげよってオープンしたばかりのスーパーに寄って彼の家に向かった。メッセージも返ってきてないしまだ眠ってるかもしれないから。貰っていた合鍵でそっと玄関のドアを開けた瞬間、さっきまでの弾んだ気持ちが急速に冷えていくのが分かった。


ふと視線を落とした先には、私のものじゃないヒールの低いパンプス。無造作に乱れたそれが私の心の中をぐちゃぐちゃに乱していく。




手先が冷たい。玄関に買い物を置いたまま、リビングのドアを開ければそこにいたのは知らない女と大好きな人。


はだけたワイシャツで陣平の首に腕を回すその女。そいつと陣平の少しだけ乱れた髪が寝起きだってことを教えてくれる。


机の上にはお酒の缶や、コンビニのおつまみの空き袋が散らかっていて。そんな2人の足元に落ちていたのは、いつだったか私が買ってこの部屋に置いていったブランケットだった。



それを見た瞬間、ぷつんと頭の中で何かが切れる音がした。





「なまえ、これは・・・っ、」
「うるさい。喋んないで」


その女を引き剥がすと焦ったように私に近付いてきて、肩に触れようとした陣平。けれどその手が触れるより前に口からこぼれた言葉はびっくりするくらいに冷たい。



「もしかして彼女さんですか?ごめんなさい、昨日飲みすぎちゃって・・・、」


態とらしくシャツのボタンを留めながら、上目遣いで私を見上げるその女。前に香織が言ってたっけ、彼女のことをさん付けしてくる女にロクな女はいないって。ホントその通りだと思う。



私だって大人になったから、昔みたいに誰彼構わず陣平のそばにいる女にキレることはなくなった。でもね?こんな風に陣平への好意や私への敵意を隠そうとしない女は別だよ。




「こんな時間まで長居しちゃってごめんなさい」
「そう思うんならさっさと帰れば?」
「っ、」
「てかよくそんな顔で陣平に近付けたよね。ただでさえ不細工なのに、寝起きのその顔・・・・・ホント可哀想になるくらいブスだね」
「なっ、」
「それともまだ酔っ払ってんの?だったら私が水でもぶっかけてあげようか?」



机の上に置いてあったミネラルウォーターを手に取れば、その女の瞳が怯えるみたいに陣平を見た。



その視線を知ってか知らずか。
ペットボトルを持つ私の手を陣平が掴んだ。



「おい、なまえ。とりあえず話聞けって」


・・・・・・マジでうざい。
今すぐこの女ぶっ叩きたいのにそれを我慢してるだけでも自分を褒めてあげたい。
それにこの状況でこいつを庇う陣平にもイラついて仕方なかった。

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