▽ 1-2
行く宛てもなくフラフラとやって来たのは家の近くにある公園だった。
ベンチに腰掛け、ぼーっと流れる雲を眺めながら考える。
いつまで経ってもガキ扱いしてくる母さん。キャンキャンうるさい紗菜。そんな紗菜とオレを揶揄ってくる学校の奴ら。素直に気持ちを認められないオレ。仲睦まじい両親を見る度に、自分の中でそんな気持ちがデカくなる。
「・・・・・・蓮?」
公園の入口から聞こえた声に振り返る。
「・・・・・・研二・・・、」
「こんなとこで1人で何してんの?学校は?」
「もう終わった」
「家帰んねぇの?今日陣平ちゃん早めに帰ったから家族水入らずじゃん♪」
「・・・・・・だったら尚更オレがいない方が喜ぶだろ、母さんは」
コンビニの袋を持った研二は、オレの隣に腰かける。
「ありゃ、なまえと喧嘩でもしたのか?」
「別にそんなんじゃねェけど、」
「よーし、優しいお兄ちゃんが話を聞いてやろう。ほら、食うか?」
「・・・・・・・・・食べる」
研二は、コンビニの袋から取り出した唐揚げをオレに差し出す。爪楊枝を唐揚げに刺し口に運ぶと、まだ熱それに思わず顔を顰めた。
「っ、熱!」
「揚げたてだからな。うん、うめぇ♪」
物心ついた頃から研二はオレ達家族の傍にいた。
オレからすれば兄貴みたいな人だった。
「んで?何があったワケ?」
人当たりのいい笑顔は、ぴりぴりと張り詰めていた心を溶かしていく。
モヤモヤと胸の中で渦巻いていた感情。上手く伝わるか分からなかったけど、ゆっくりと口を開いた。オレが話終わるまで、研二は何も言わずに話を聞いてくれた。
「ホントお前は陣平ちゃんにそっくりだな」
「・・・・・・言われ飽きた、それ」
「ははっ、見た目もそうだけど中身だよ、中身」
ケラケラと楽しげに笑う研二は、懐かしそうに目を細める。
「陣平ちゃんとなまえも今のお前と紗菜ちゃんみたいな感じだったんだよ」
「幼馴染みだよな、父さん達も」
「そうそう。たしか小学1年?2年?忘れたけど、それくらいからなまえは陣平ちゃんにゾッコンでさ」
両親の馴れ初めをちゃんと聞くのは初めてのこと。なんとなく気恥しい気もしたけれど、知りたいと思った。
「なまえってめちゃくちゃモテるのに、ずっと陣平ちゃん一筋でさ。陣平ちゃんも今の蓮みたいに素直じゃないから、まぁすれ違うわな」
「なっ、オレは別に・・・」
「紗菜ちゃんが他の男といたらムカつくんだろ?」
「それは・・・、そうだけど・・・」
「人間素直が1番だよ♪ まぁでも蓮くらいの頃はみんなそんなもんか」
沈み始めた夕陽が地面をオレンジに照らす。
遠くに聞こえる車の音だけが静かな公園に響く。
「・・・・・・母さんにひでぇこと言った、オレ」
「ちゃんと謝れば許してくれるよ、なまえなら」
「父さんもめちゃくちゃ怒ってたし・・・」
「そりゃ男だからな。何歳になっても自分の女傷付けられたら怒るのは無理もねぇ」
ずっと心の奥にあった不安。
今ならそれを口に出せる気がした。
「・・・・・・・・・オレ、邪魔なのかな」
母さんはいつも全力で父さんを好きだから。
あの人にとってオレってどういう存在なんだろう。
最近そんなことを考えることが増えた。
愛されていることは分かっていたけれど、付き纏う一抹の形容し難い不安。
「蓮は母ちゃんのこと大好きだもんな」
「っ、」
くしゃり、と研二はオレの頭を撫でる。
「なまえは昔っから陣平ちゃんのことが大好きで今もそれは変わってない。今でこそアイツもちょっと丸くなったけど昔は酷かったんだぜ?陣平ちゃん以外の奴なんて眼中にないし、マジで陣平ちゃん至上主義もいいとこ。・・・・・・でもそんななまえが陣平ちゃんより優先させるのが蓮なんだ」
「・・・・・・、」
「蓮は覚えてないと思うけど、陣平ちゃんもガキみたいなとこあるからお前がもっと小さい頃よくどっちがなまえのこと好きか張り合っててさ。その度になまえがお前のこと嬉しそうに抱き上げるから、陣平ちゃん拗ねて・・・・・・」
「おい、萩。余計なこと言ってんじゃねェよ」
「おっ、迎えが来たぞ、蓮♪」
「・・・・・・っ、父さん・・・」
公園につかつかと入ってきたのは、少しだけ気恥しそうな父さんだった。
オレの目の前までやって来ると、父さんはぽんっとオレの頭に手を置く。
「帰るぞ、蓮」
「・・・・・・っ、」
「帰ったらちゃんと母さんに謝れ。あの後大変だったんたからな?」
「・・・・・・え?」
「蓮に嫌われたって泣き出して、俺が何言っても聞かねぇし。裸足でお前のこと追いかけようとするから止めるの大変だった」
困ったように笑う父さん。そんな父さんの横でその光景を想像しているのか、ケラケラと笑う研二。
「口煩いことを言うつもりはねェ。ただ女を泣かすような男にはなるな。分かったか?」
「・・・・・・・・・うん・・・っ、ごめんなさい・・・」
「よし、帰るぞ。あんま遅いとアイツがまた泣く」
立ち上がったオレ達は、公園の入口へと向かう。
「サンキュ、萩」
「おう♪ また飯食いに行くってなまえに言っといて」
ひらひらと手を振る研二と別れ、家に向かい歩く足取りはさっきまでより軽い。
玄関の扉を開けた瞬間、大きな瞳に涙の膜を張りながら抱き着いてきた母さん。
「蓮!!!」
「・・・・・・母さん、・・・さっきは、ごめん。言い過ぎた」
「〜〜っ、」
「いい加減泣きやめって。蓮が困ってるぞ」
ボロボロと涙を流す母さんの頭をくしゃりと撫でる父さん。呆れたようなその口調とは裏腹に隠しきれない愛情がそこに滲む。
ゆっくりと母さんの腕解き、家に上がる。
「・・・・・・お腹減った。母さんの飯食いたい・・・」
「っ、すぐ用意する!」
照れくさいなんとも言えない感覚。母さんの笑顔が眩しくて、オレはそのままリビングの扉に手をかけた。
ちらりと後ろを盗み見ると、涙の跡の残る母さんの頬を父さんが指で拭っていて。その眼差しはどこまでも優しかった。
────────────────
「蓮に嫌われたかと思った・・・」
「まだ言ってんのかよ、それ」
「小さい頃はママと結婚する!って言ってくれてたのに・・・。最近は紗菜ちゃんと仲良しだし、フラれた気分・・・」
「紗菜とのこと応援してるんじゃねェのかよ」
「応援はしてるよ。紗菜ちゃん可愛いしいい子だもん。でもそれとこれとは話が別なの!」
蓮が自分の部屋で眠りにつき2人きりの寝室。
ベッドの上で夕方のことをまだうじうじと話すなまえ。
「なぁ、」
「ん?何?」
「あんま放っておかれたら、俺もムカつく」
自分の息子に嫉妬するつもりはない、・・・・・・はず。
でもゆっくりと2人で過ごせる時間に、俺以外のことばかり考えられるのは少しだけ癪な気がする。
「〜〜っ、陣平!!!」
「っ、おわ!」
「大好きだよ?」
急に抱きついてきたなまえは、ふにゃりと昔と変わらない笑顔で俺を見る。
何度見たか分からないその笑顔。それは今も変わらず俺の胸を温かくさせるんだ。
Fin
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