番外編 ゼラニウム | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▽ 1-3


「陣平くんのお友達ってホントかっこいいね!彼女さんもめちゃくちゃ可愛いし♪ 」
「・・・・・・別にあいつら付き合ってるとかじゃねェし」



バイト仲間の言葉に思わずムキになってそんなことを言ってしまったのは、多分さっきからずっと付き纏うこのイラつきのせいだ。


みょうじは思ったよりは静かに席で大人しくしていて。(まぁそれが当たり前なんだけど)時折、視線を感じこそするけれど特に他の客の迷惑になったり仕事の邪魔になったりすることはなかった。



萩がいるからバカみたいなことはしねェって思ってるけど、何となく気になってちらちらと8番テーブルに意識が向く。



楽しそうに食事、なんてものをあの2人がしているわけじゃない。いつもみたいに萩がみょうじを揶揄って、みょうじがそれにキレてるだけ。


それなのにあいつら2人の距離にどうにもイラついて仕方がない。


団体の客が帰って少し落ち着いた店内。バッシングを終えドリンカーに戻ろうとしたところで、8番テーブルに萩の姿がないことに気付く。



「萩は?」


空になった皿を下げるついでに、携帯を触っていたみょうじに尋ねる。


俺の声にぱっと顔を上げたみょうじは、携帯を机に置くと「萩原なら煙草吸いに外行った」と答える。



一瞬だけ嬉しそうに俺を見上げたかと思えば、みょうじの表情は一気に曇る。交わらない視線。何か言いたげに口を開きかけたかと思えば、変な顰めっ面で黙り込むみょうじ。



「何だよ、変な顔して。言いたいことあるならはっきり言えよ」
「っ、だって松田怒るもん」
「怒られるようなこと言うワケ?」
「・・・・・・分かんない・・・、けど怒る気はする」



珍しく歯切れが悪いみょうじ。気まずそうに視線が左右に揺れる。



「何?そこまで言いかけてやめられると逆に気になンだけど、」
「・・・・・・怒んない?」
「あと1回このやり取りさせたら怒る。さっさと吐け」



とんっと机に片手をつき、逸らされないようにみょうじの頭を片手で掴む。


顔を真っ赤にして何度か口をぱくぱくとさせたみょうじだったけど、少しの沈黙のあと意を決したみたいに口を開いた。





「・・・・・・・・・その名札、めちゃくちゃイヤだ・・・」
「名札?」


みょうじが指さしたのは、俺の胸元にある名札。よく居酒屋とかで見るそれは、別にこれといって何か特別なものなんかじゃない。


その名札を忌々しいものでも見るみたいに睨んだみょうじは、不貞腐れた表情のまま言葉を続けた。



「・・・・・・あのブスの字でしょ、それ」
「あのブスってお前なぁ、口悪ぃっていつも言ってンだろ」
「私より可愛くないもん!それとも松田はあの子の方がタイプなわけ?!」
「別にンなこと言ってねェだろ!てかあいつの字だから何だってンだよ」
「それが嫌なの!!お揃いの名札って何か匂わせみたいだもん!!松田がそんなの付けてると思ったらヤダ!!」



ガキの駄々っ子みたいにヤダヤダと繰り返すみょうじ。匂わせって、そんなの気にするか?普通。


別に自分で書くのめんどくせェなって思ってる時に、「私が書いてもいい?」って聞かれたから頼んだだけのこと。


そう、別に特別な意味なんて1ミリもない。


それなのにこいつはそれがどうにも嫌で仕方ないらしい。



「・・・・・・怒った?」
「怒ったってか、思ってたよりくだらねェなって思っただけ」


散々ごねたかと思えば、しょぼくれた顔のまま俺の顔色を伺うみょうじ。大体こんな名札より、お前が無駄に萩と距離近ェことのがよっぽど意味わかんねェっての。なんて言葉にはしない思いが頭を過ぎる。



そんな話をしていると、煙草を吸い終えた萩が席へと戻ってきた。



「あれ?俺邪魔だった?」
「別に。じゃあ俺戻るわ」


揶揄うみたいな視線を寄越した萩を無視して、くるりと背中を向ける。



たまっていたグラスを洗いながら、頭にこびりついて離れないのはさっきのみょうじの表情。不機嫌さと悲しさ、寂しさや嫉妬。色んな感情を煮詰めて溶かしたみたいなあの視線が脳裏から離れてはくれなかった。







陣平ちゃんに名札の件を伝えたらしいなまえは、「絶対怒ってた、無理、泣きそう」なんてハイボール片手にぐずぐずと泣き言を繰り返す。



いつもは気が強くて誰に何を言われても気にしないなまえ。そんななまえが陣平ちゃんの一挙手一投足に過敏に反応する。昔から変わらないそれが今となっては見てて微笑ましいなぁなんて思えてくる。



そう、それはなまえだけじゃなくて陣平ちゃんも同じだから。














トンっと、机の上に何かが置かれた音がして伏せていたなまえが顔を上げた。





その視線の先には、少しだけ顔を顰めた陣平ちゃんが立っていて。机の上には、まだ何も書かれていない名札と油性ペンが置かれていた。



陣平ちゃんの胸元にさっきまであった名札はない。



なまえは机の上に置かれたそれと陣平ちゃんの顔を交互に見る。







「さっき洗いもんしてたら濡れて名札ダメになったンだよ。俺まだ向こうで片付けとかあるから、適当に書いといて」
「っ、」
「変なこと書くなよ、分かったか?」
「う、うん!!!」



こくこくと何度も頷くなまえ。さっきまでの不機嫌さが嘘みたいに、その顔がぱっと笑顔になる。


油性ペン片手に名札に向き合うなまえ。


それを見て陣平ちゃんは、どこかほっとしたみたいに優しく目を細めた。






思わずふっとこぼれた笑み。名札を書くのに集中しているなまえはそれに気付かなかったけど、陣平ちゃんにはしっかり聞こえたみたいだった。






「ンだよ、」
「何でもないよん♪ 」
「・・・・・・そのニヤついた顔やめろ。めちゃくちゃうぜェ」



そう言うと視線を逸らした陣平ちゃん。「後で取りに来る」と言い残して、キッチンの方へと戻っていく背中。


ちょうどズボンの後ろポケットには、白いくしゃくしゃになった紙が少しだけ見えていて。




「・・・・・・まじで素直じゃねぇよな、ホント♪ 」




2人が・・・・・・、いや、陣平ちゃんが素直になるまであと少し、かな。




Fin


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