▽ 1-2
平日ってこともあって、週末に比べると落ち着いた店内。時間が少し早いこともあってか、店内には数組の大学生グループと仕事終わりらしいサラリーマンがひと組だけ。
もう少しすれば忙しくなるんだろうな、なんて思いながらドリンカーで残り少なくなっていたビールサバーの樽を交換しているとバイト仲間の1人が俺の名前を呼ぶ。
「松田!友達来てんぞ、この前来てたイケメンくん」
「この前来てた?・・・あぁ、萩か」
「8番テーブルに通してるから、ドリンク持ってくついでに顔出しとけよ♪ 」
交換を終えた空の樽を邪魔にならない場所に置きながら、少し前に大学の奴らと飲みに来た萩のことを思い出す。
ちょうど生ビールとハイボールの注文が入って、席番号を見れば8番だ。頼まれてきたドリンクは2つだけ。前みたいに大勢で飲みに来たってわけでもないらしい。
そんなことを考えながら、作り終えたドリンクを片手に8番テーブルに向かう。
「あ、陣平ちゃん!お疲れ〜!」
俺に気付いた萩がひらひらと楽しげに手を振る。
そんな萩の対面に座るのは、見覚えがありすぎる髪の長い女。淡い茶色の緩く巻かれた髪も、グレーの無駄に肩の見えるニットもついさっき見たあのバカによく似ていて・・・・・・、ってかあいつだろ、どう見ても!!!
萩の声に反応してくるりと振り返ったその女・・・・・・、いや、みょうじは無表情から一変してぱっと笑顔になる。
「〜〜っ、松田〜!!!やば!Tシャツ捲ってんのめちゃくちゃカッコいい!!!てかエプロン?前掛け?名前わかんないけどそれも似合ってる!!あ!写真撮ってもいい??」
一気にうるさくなるテーブル。騒がしいみょうじとげんなりしてる俺を交互に見ながら、ケラケラと笑う萩は「俺が撮ろうか?」なんてみょうじを煽る。
ガン!と溢れない程度に勢いよくテーブルに置いたジョッキ。溢れなかったビールの代わりにため息がこぼれた。
「・・・・・・来んなって言ったよな、俺」
「い、言われたけど・・・、でもあとつけてはないもん!!萩原にちょっと聞いただけだし!」
「萩・・・、お前・・・」
「教えたら煙草買ってくれるって言われてさ♪ 今月ピンチだし助かるじゃん?」
「嘘つけ!!今月バイト多めに入ったから、いつもより金あるってこの前の飲み会で言ってただろ、お前」
「ははっ、そうだっけ?」
悪びれる素振りなんて少しもない萩は、机の端に置いていたビールジョッキに手を伸ばす。
さすがに客だし追い出すわけにもいかねェよな、これ。
そんなことを考えていると、通路側に体を向けたみょうじがぐいっと俺の腕を引いた。
「っ、お願い!!ちゃんと大人しくしてるから!今日だけ見てちゃダメ・・・?」
「っ、」
マジでこいつのコレはワザとだと思う。自分の面の良さを分かっているからこそ、狙ってやってンじゃね?とすら思う。
無駄にキラキラした瞼。垂れ下がった耳としっぽが見えそうだ。大きな瞳を潤ませながら見上げてくるみょうじから思わず視線を逸らせる。
「・・・・・・・・・騒いだら追い出すからな」
「〜〜っ、うん!!分かった!!!ちゃんといい子にしてる!!!!ありがと、大好き!!」
「だからそれがうるせェって言ってんだよ!!」
「ははっ、陣平ちゃんも声でけぇし。とりあえず何か適当に頼むかぁ」
「萩原の好きなものでいいよ。私、松田のこと見てたらそれだけでお腹いっぱい」
「はァ?バカなこと言ってねェで、ここにいるならちゃんと売上に貢献しろ」
結局、何故かこいつを突き放すことは出来なくて。俺の言葉で弾かれたみたいに、メニューを真剣に見始めたみょうじの姿に思わずふっと笑みがこぼれたんだ。
*
陣平ちゃんに会えて上機嫌だったなまえ。しばらくはニコニコしながら、フロアを行き来する陣平ちゃんを眺めて楽しそうだったけど1時間くらい経つとその笑顔が徐々に曇り始めた。
理由は多分、てか絶対にアレ≠セ。
「ねぇ、陣平くん!あっちの席のバッシング頼まれたんだけど、ジョッキとか多くて・・・。手伝ってもらってもいい?」
「あぁ、これ運んだら残ってるやつ下げにいくわ」
「ありがと〜!」
少し離れた席で、陣平ちゃんの腕を引きながら可愛らしく笑うのはバイト仲間であろう女の子。俺らより歳下っぽいその子は、まだ少し幼さの残る笑顔で陣平ちゃんに礼を言うと、すれ違いざまにぽんっとその腕に触れる。
あのふわふわした感じでアレやられたら、まぁ男はグラッとくるよねぇ。そんなあざとさの塊みたいな女の子。
バキ!っと不穏な音がして正面を見れば、それはそれは恐ろしい顔をしたなまえが手に持っていた割り箸をへし折っていたところで。
「んな怖い顔すんなって。陣平ちゃん、全く相手にしてねぇしあんなの気にしなくても・・・、」
「はぁ?松田が気にしてるとかしてないの問題じゃない。さっきからブスのくせに松田の周りをちょろちょろして、マジでうざい!!なにあの女・・・・・・っ、」
「ブスではねぇと思うけど、なんかまぁ男ウケの塊みたいではあるな」
「あれがブスじゃないって言うなら、目悪いんじゃない?大体何さっきの?触る必要あった?」
「ははっ、ねぇわなぁ、たしかに」
「でしょ?!本気で無理!!!あとあの名札もヤダ!!」
やたらと陣平ちゃんとの距離が近いその女の子。ただでさえ、それをずっと見ながらイラついてたなまえだったけど怒りの理由は他にもあるらしい。
なまえが指さしたのは従業員が付けている名札で、そこには名前とおすすめの料理や飲み物が書かれている。居酒屋とかでよく見るやつだ。
みんなそれぞれ自分で書いたであろう名札。名字だったり、名前だったり、もちろん自体もそれぞれ違う。
陣平ちゃんとあの女の子の名札を見て、「あぁ、そういうことな」と納得の声がこぼれた。
やたらと丸っこい字で書かれたまつだ≠フ名前。もちろんそれはどう見ても陣平ちゃんの字じゃない。あの女の子の胸元には同じく丸っこい字で書かれたさおり≠チて文字があって。
まぁ誰が書いたかなんか一目瞭然だよな、あれは。
多分、陣平ちゃんのことだから自分で書くのがめんどくせぇとかそういう理由だろう。でもなまえがそれを許せるはずもなくて・・・・・・、
「・・・・・・マジで無理。今すぐあの女のとこ行って、松田に近づくなって言いたい」
「うんうん。それでもちゃんと我慢してえらいな、なまえは」
「だって絶対そんなことしたら松田に怒られるもん・・・っ、」
「ははっ、そりゃ間違いねぇな。ほら、とりあえず今は美味いもん食って酒飲むしかねぇって♪ 」
「・・・・・・っ、!?」
ジト目で俺を睨みながら俯いていた顔を上げたなまえ。文句を言いかけたその口に、揚げたての唐揚げを放り込むとなまえはその熱さに目を瞬かせてハイボールに手を伸ばす。
ごくん、とどうにかそれを流し込んだなまえは、キッと俺を思い切り睨む。
「バカ!!!普通に火傷するかと思ったじゃん!!」
「でも美味かったろ?ほら、冷める前に食っちまえって」
相変わらずぶすっとした表情なのは変わらないけれど、しぶしぶ新しい割り箸を手に取り唐揚げに箸を伸ばすなまえ。
その時、不意に感じた視線。目線だけで辺りを探れば、それはちょうどドリンクを運んでいた陣平ちゃんのもので。
普通、を装ってはいるけどその眉間には少しだけ不機嫌さを滲ませる皺が刻まれていた。
ホント、見てて飽きねぇよな、2人とも。
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