番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-2


次の日。


あの日からお気に入りになったミルクティー。自販機でそれを買うと、ひと口こくりと飲む。口の中に広がる甘さにあの日を思い出して自然と頬が緩む。



「朝から何ひとりでニヤけてンだよ」
「っ、!?」


不意に後ろから聞こえてきた声に、心臓がどくんと大きく跳ねる。


勢いよく振り返ると、昨日とは違ってちゃんとネクタイをしめた松田さんが隣の自販機の缶コーヒーのボタンに手を伸ばしているところだった。



「お、おはようございます!」
「ん、おはよ。お前も朝から声デケェなぁ」


小さく笑いながら、落ちてきた缶コーヒーを手に取る彼の姿にうるさい心臓の音が聞こえてしまいそうで。


思わずミルクティーを持つ手に力が入る。



何となく、流れでふたり並び歩く廊下。行き先が同じだから。それだけのことでも嬉しいなって思わずにはいられなかった。



その時、たまたま近くの窓が空いていて。すっと冷たい風が私の頬を掠めた。





風と一緒に運ばれてきた煙草の匂いに混じる甘ったるい香り。昨日とは違うその香りに胸の奥がきゅっと締め付けられる。



「寒ぃなぁ。一気に冬だな、こりゃ」


冷たい風に肩を竦めた松田さん。その横顔から視線が逸らせなかった。



「・・・・・・?どした?」


黙ったままの私を見て、不思議そうに首を傾げた松田さん。私の言葉を待つように彼の視線がこちらを見る。






「何だか甘い香りがして・・・、」
「甘い匂い?・・・・・・あ、」


はっとした表情を見せたかと思うと、どこか少し気恥しそうに視線を逸らした彼。その仕草で、予感が確信へと変わった。








その日の夕方。


定時で仕事を終えた私は私服に着替え本庁を出た。オレンジ色の夕焼けに包まれる空の下、一緒に帰る予定の友人を待っているとたまたま駐車場で萩原さんの姿を見つけた。



萩原さんの隣には、紺のデニムに大きめの黒のダウンを羽織った背の小さな女の人。大きな瞳で萩原さんを見上げる彼女は、どこか萩原さんと親しげな雰囲気があって。もしかして恋人かな?って思った。


署内であんなに人気があるのに特定の恋人を作らないってことで有名な萩原さん。そんな彼の隣にいる彼女を見れば、この距離でも可愛い子だなって分かる。あぁいう子なら萩原さんが選ぶのも納得かも、なんて思いながらポケットから携帯を取り出した。



萩原さんと会話を終えたらしいその女の人は、彼と別れそのまま本庁の入口の方へと向かった。



すっと私の横を通った彼女。すれ違いざま、彼女の長い髪が風に揺れる。



「・・・・・・っ、」



思わず声にならない小さな吐息が口から溢れた。





風と共に私の方へと漂っていたのは、松田さんと同じあの甘い香りだったから。



携帯の画面の内容なんて頭に上手く入ってこなくて。数秒、もしくは数分、それとも数十分・・・?



聞き慣れた声が本庁の出入口から聞こえてきた。





「ったく、中まで入ってくんなよ」
「だって萩原がいいよって言ったもん!陣平ちゃん仕事終わってるから〜って!」
「萩の奴・・・、また余計なことを」
「余計なことって何?!陣平は私に早く会いたくなかったの?!」
「声がデケェんだよ、お前は!別に会いたくねェなんか言ってないだろ!」



じゃれ合いみたいなそんなやり取り。


松田さんの隣にいたのは、やっぱりさっき萩原さんと話していた女の人で。


並び歩くふたりの姿に、心臓がぎゅっと掴まれたみたいに痛い。




「てかお前それ俺のダウンじゃね?」
「あ、気付いた?家に置きっぱなしだったから借りた♪ 」
「なまえにはデカいだろ、チビだし」


ケラケラと笑いながら、ダウンのフードを彼女の頭に被せる松田さん。


初めて見るその表情。他の誰に向けるものとも違う優しい眼差しが容赦なく私の心の奥深くを抉る。



「ちょっと!髪の毛ぐちゃぐちゃになるじゃん!」
「あ、髪の毛で思い出した。お前ん家のあの甘ったるいシャンプーさ、他のやつに変えようぜ」
「はぁ?なんで?あれいい匂いだし気に入ってるもん」
「男が使うには甘ったるすぎンだよ、あの匂い。おかげで今日くそ恥ずかしかったし・・・、」
「・・・・・・?とにかくヤダったらヤダ!それに私は陣平と同じ匂いで嬉しいもん!」
「だったらお前が俺のやつに合わせりゃよくね?」
「無理。あれ美容院で買ってるやつだし、サラサラの髪の毛維持するためにはアレじゃなきゃだめなの!」


フードを脱ぐと、そのまま松田さんの腕にぎゅっと抱きつく彼女。萩原さんと話していた時とは違い、くるくる変わるその表情が悔しいくらいに可愛く思えた。



「陣平だってサラサラロングの方が好きでしょ?」
「別にどっちでもいい」
「なっ、」
「お前だったら何でもいいし。それじゃ不服かよ」
「〜〜っ、ずるい・・・・・・!!」




仲睦まじいそんなやり取り。きっと短くはない時間積み上げられてきたであろうそれは、私にとってはさよならでしかない。


結局、私が知っていたのは彼のほんの一部でしかなかったから。







Fin


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