番外編 ゼラニウム | ナノ
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


▽ 1-1


※ 夢主以外の女の子目線のお話なので苦手な方はご注意ください。




ずっと憧れていた警察官という職業。もちろん憧れだけで務まる仕事じゃない。それでも毎日頑張ることが出来ているのは、言葉では表現しきれないやりがいのおかげ。そして・・・、




「おはよ!今日も早いねぇ」


定時より早い時間。まだ人のそんなに多くない廊下で、喫煙所から出てきた萩原さんの声にぴくりと肩が跳ねる。


そのまま声のした方を振り返ると、さっきまで静かだった心臓が早鐘を打つ。



「おはようございます!萩原さん達も早いんですね」


いつもと変わらない人当たりのいい笑顔を浮かべる萩原さんの隣で、眠そうに目を擦る人。直視することができなくて、今日も私の視線は萩原さんの方に向けられる。


少しだけ緩めたネクタイと胸ポケットから覗くサングラスが、警察官の堅苦しい雰囲気には似合わない。眠そうに欠伸を噛み殺す姿が少しだけ幼く見えて、可愛いななんて思ってしまう。



「俺はたまたま早く着いちまっただけだけど、陣平ちゃんは一昨日から泊まり込みだもんなぁ」
「・・・・・・マジで眠ぃ・・・、さっさと帰ってベッドで寝なきゃ死ぬ」
「一昨日から・・・、それはホントにお疲れ様です」


この前の異動で捜査一課に配属になった松田さん。何かと事件の多いこの街で、彼も多忙を極めているんだろう。


ポケットから取り出した携帯で時間を確認した松田さんは、しばらく画面を操作したあと携帯を片付けぐっと両手を天井の方へと伸ばす。



「んじゃあ、俺帰るわ。お疲れさん」
「はいはーい、お疲れ♪ 」
「お疲れ様でした!」



欠伸のせいで僅かに目元に滲んだ涙を片手で拭うと、ひらひらと手を振りながら私の横をすり抜けていく松田さん。すれ違いざまに、ふわりと感じた彼の香りに心臓が大きく脈打つ。


煙草の匂いに混じる彼の香り。人間の記憶に香りが強く残るっていうのは本当だと思う。たったそれだけのことでこんなにも心臓がうるさくなるんだから。



「じゃあ俺も行くわ。今日も頑張ろーね」


ぽんっと私の肩を叩くとくるりと背中を向けた萩原さん。そんな彼と入れ替わるように、廊下の少し向こうからぱたぱたと駆け寄ってきたのは、警察学校時代からの同期の友人だった。




「おはよ!朝から萩原さんと話せるなんていいなぁ、ラッキーじゃん♪ 」

彼女は所謂ミーハーってやつで。彼氏はいるけど、署内で女の子人気断トツの萩原さんは推しってやつらしい。


朝には似合わないハイテンションで私の腕を引きながら、萩原さんの背中を見つめると楽しげに笑う。



「まぁでもアンタは松田さんの方がいいんだもんねぇ」
「っ、ちょっと声大きいって!」
「ははっ、顔真っ赤♪ さっき話してたの見てたんだから。朝から会えてよかったね」



揶揄うみたいな彼女の言葉に頬が熱を持つ。


更衣室に向かいながら、他愛もない話をしつつも頭の中からさっきの松田さんが離れてくれなくて。カッコよかったなとか、眠そうなの可愛かったなとか、そんな事ばかり考えてしまう。



好きになった理由なんて、我ながら単純なもの。


警察官になったばかりの頃。私達1年目のことを色々と気にかけてくれていたのが、当時教育係だった萩原さんだった。そしてそんな彼の隣によくいたのが松田さんだ。


誰にでも優しくて愛想のいい萩原さんとは違って、仏頂面で言葉も少し乱暴な松田さんはどこか取っ付き難い存在だった。



そんな彼のイメージがひっくり返ったのは、私が警察官になって半年を過ぎた頃だった。



大学時代から付き合っていた彼氏に、「お互い社会人になって時間がすれ違ってばかりだから」なんて理由でフラれた私はそれはそれは盛大に病んでいた。


さすがに仕事を休みこそしなかったし、仲のいい友人の前以外ではいつも通り≠装っていた。



ある日の昼休み。食欲なんてない私は同期達の誘いを断り、喫煙所の近くにあるベンチでぼーっと携帯片手に時間を潰していた。


その時、喫煙所から出てきたのが松田さんだった。


不意にぱちりと絡んだ視線。いつも隣にいる萩原さんはいなくて、松田さんひとり。何となく緊張してしまって、自然と背筋に力が入った。



「・・・っ、お疲れ様です!」
「お疲れ」


返事が返ってきたことにほっとした私は、そのまますれ違う松田さんの背中を眺めていた。


すると、その背中がくるりと回り振り返った彼が口を開いた。



「お前ちゃんと飯食ってンの?」
「え・・・?」
「何となく最近元気なくね?同期の奴らと騒いでンのも見ねェし」



びっくりした。だって彼が私のことを知っているなんて思ってなかったから。


ううん、違う。名前や所属は知っているって分かってた。それでもこんな風に私個人を気にかけてくれてるなんて思ってもみなかった。



気まずそうに視線を少しさ迷わせた後、松田さんは近くにあった自販機に小銭を入れるとミルクティーのボタンを押し落ちてきたそれを私に手渡した。



「まぁ、色々あるんだろうけどあんま無理すんなよ」
「・・・・・・ありがとう、ございます、」
「ちゃんと飯は食えよ。じゃなきゃぶっ倒れンぞ」



それだけ言うと今度こそその場を立ち去った松田さん。その時から、気が付くと彼を視線で追いかけてしまう自分がいることに気付いた。


意識して見ていれば、その不器用な優しさにも気付くもの。好きになるのに時間はかからなかった。


松田さんからすれば、ただの後輩のひとり。そう分かっていても、たまにすれ違いざまに挨拶したり話したりできるだけで嬉しかった。


署内で女の子に騒がれることの多い萩原さんとは違って、松田さんの周りに女の子の影はなかったから。だからきっとどこか油断してたし、今の子の距離で満足してたんだと思う。

prev / next

[ back to top ]