番外編 ゼラニウム | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


▽ 1-1


「あれ?陣平ちゃん今日もバイト?」


大学の授業が終わり、帰ろうとしていた俺に萩が声を掛けてくる。


適当に机の上にあったノート達を鞄に突っ込みながら、萩の言葉に頷く。


「最近バイト多くね?やっぱクリスマスあるから?」
「・・・・・・別にそんなんじゃねェよ」
「ははっ、相変わらず陣平ちゃんって嘘ヘタだよな」


揶揄うみたいに笑う萩を小さく睨むと、そのまま2人で並び歩きながら教室を出て廊下を歩く。


街中のあちこちがクリスマスの雰囲気に包まれるこの季節。

あのイベント大好き女がそれを見逃すわけもなくて、イルミネーションが見たいだの、トロピカルランドに行きたいだの、ハロウィンが終わった途端にあれこれクリスマスの過ごし方とやらを提案される日々。


どこに行っても人が多いし、正直俺は家でゆっくりしていたいタイプだ。それなのに楽しそうにあれこれ調べているなまえを見ていたら、らしくないって分かっていてもそれを叶えてやりたいなんて思っちまうから。



まぁそんなこんなで、何にしても金がいるってわけだ。




「それで?もうクリスマスプレゼント決めたのか?」
「・・・・・・はぁ、」
「何でため息なんだよ」


萩の言葉に思わずこぼれたため息。やって来た喫煙所で、煙草に火をつけながら、数日前のなまえとのやり取りを思い返す。




女が貰って喜ぶプレゼントなんて分からないから。下手なもんあげるよりも、本人に聞く方が確実だ。そう思った俺は、隣でクリスマスのイルミネーション特集なんて雑誌を読んでいたなまえに何が欲しいかを聞いたんだ。






「お前さ、クリスマス何か欲しいもんある?」
「っ、プレゼントくれるの?!」
「あんま高いもんはナシな」


俺の言葉にぽいっと雑誌を放り投げたなまえ。真剣な顔をして腕を組みながら、ぶつぶつと何かを考え込む。


たまたま床に転がったその雑誌を見れば、オススメのクリスマスプレゼントなんてもののが載っていて思わず視線が奪われる。



化粧品、アクセサリー、マフラー、財布・・・・・・。あれこれ並ぶそれらは、まぁいい値段のものばかり。やっぱりバイトもうちょっと詰めて頑張るしかねェかな。なんて思っていると、何か閃いたようになまえが勢いよく俺の方を振り返る。



「何か決まった?」
「欲しいものなんでもいいんだよね?」
「何でもって言っても俺のバイト代で買える範囲な」
「大丈夫!!お金かからないから!」


自信満々で言い切ったその言葉に、頭を過ぎる嫌な予感。


やっぱりその嫌な予感は的中するわけで・・・・・・、






「松田の名字!!それならお金かからないしいいでしょ!?」


名案だと言わんばかりに、ドヤ顔のなまえ。

アホだ、アホだとは思ってたけどやっぱりこいつは昔からこうなんだ。








「ははっ、なまえらしいじゃん♪ いいんじゃねぇの?学生結婚も」
「バカなこと言ってんじゃねェ!ったく、ホントなに用意すりゃいいんだよ」
「なまえなら陣平ちゃんが用意したもんなら何でも喜ぶと思うけどなぁ」


短くなった煙草を灰皿に押し付けながら萩が笑う。



そう。多分あいつは何でも喜ぶと思う。


付き合うようになるまで、ろくなもんあげたことがなかった。俺が使っていたシャーペンや、たまたま鞄に入っていたチョコレート。帰り道のコンビニでやってたくじの景品のキーホルダー。思い返してみても、まぁよくあれであんなにあいつ喜んでたよなってもんばかりだ。


関係性が変わった今だからこそ、ちゃんとしてやりたいって気持ちがあるから。







バイトの休憩時間。俺のバイト先の居酒屋はいくつかの大学の近くってこともあって、同年代の奴らが多い。


休憩室で携帯片手に、なまえへのクリスマスプレゼントに頭を悩ませる俺の隣に同い年のバイト仲間の山本が腰掛けた。



「そんな真剣な顔して何見てるの?」

すっと俺の携帯の画面を覗きながら距離を詰めてくる。俺が見ていた女物のアクセサリーのページを見ると、山本は悪戯っぽく笑いながら俺の肩を小突く。



「彼女へのクリスマスプレゼント?たしか同い年だっけ、松田くんの彼女って」
「まぁそんな感じ。マジ女ってなに貰ったら喜ぶか分かんねェ」
「ははっ、松田くんもそんな風に悩むんだぁ♪ 何か新鮮かも!」
「・・・・・・うっせェよ、」



はぁ、と溢れたため息。結んでいた髪を解いた山本は、机に片肘をつきながら俺を見てケラケラと笑う。



「松田くんの彼女って有名人だもんねぇ。みょうじさんだっけ?」
「何で知ってンだよ、それ」
「うちの大学でも有名だもん。私も何回か駅前ですれ違ったことあるけど、たしかに可愛いもんねぇ」



あのバカ女。他所の大学でまで有名になんかなってんじゃねェよ。


それはどろりとした独占欲。分かっていてもあいつが俺の知らない場所で、他の奴の目を引くことに腹が立って仕方ない。



「でもたしかにあの子が彼女だとプレゼント選びとか苦労しそう」
「・・・・・・、」
「鞄とかアクセサリーとか拘りありそうだもんねぇ。一緒にいたみょうじさんの友達もブランドの鞄持ってたし」


こんなことなら、あいつが可愛いって騒いでたどっかの新作の話とか真面目に聞いときゃよかった。


山本の言葉に、どっと肩に何かがのしかかるような気がした。



「そうだ!今度の土曜日って松田くんシフト休みだよね?」
「多分休みだったけど、」
「一緒にプレゼント見に行く?1人で選ぶより女の子の意見あった方がよくない?」
「・・・・・・まぁ、それはそうかもだけど」
「アクセサリーとか見るなら男だけだと入りにくい店とかもあるしさ♪ クリスマス来週だしちょうどいいじゃん」


あれよあれよと進んでいく話。団体の客が来たらしくて、店長に呼ばれたことで話が中途半端のままフロアに戻った俺達。


溜まっていたグラスを洗いながら、さっきの山本との会話を思い返す。



たしかに女の意見があった方が助かるし、俺ひとりで入りにくい店があるのも事実だ。山本はどことなくなまえのツレに雰囲気が似ているし、流行りもんとかも分かってるんだろう。


・・・・・・あいつが喜ぶもん、か。




泡まみれの手を洗い、タオルで手を拭くとちょうど名前を呼ばれキッチンへと向かった。






クリスマス当日。


初めて一緒に過ごすクリスマスは特別で。隣町のイルミネーションを見ながら、途中のカフェで買ったミルクティーをひと口飲めば甘さが広がる。


隣を見れば、鼻先までマフラーで隠した松田が寒そうに肩を竦めていた。


「寒い?人多いし、早めに帰る?」
「ヘーキ。お前これ見たかったンだろ?」


時間と共に色を変えるイルミネーション。好きな人と一緒にイルミネーションなんて女の子ならみんな憧れると思う。


私だって、ずっとずっと憧れてた。


松田とこんな風に出掛けることができるなんて夢みたいで、たまらなく嬉しくて幸せで。


優しくされることがまだ少しだけ擽ったい。そんな気持ちなんだ。


ぎゅっと腕を絡めても、解かれることがないのが嬉しくて仕方ない。


その優しさにまだ慣れないから、嬉しいのと同じくらい無理してるんじゃないかって不安になる。



本当は帰りたいって思ってる?我儘に付き合って面倒だって思ってない?私と付き合うの、嫌だって思ったりしない・・・?


私だけ≠ェ嬉しくて幸せなんじゃないかってたまに怖くなるから。




「・・・・・・ねぇ、」
「ンだよ」
「・・・・・松田も楽しいって思ってる・・・?」


気が付くとそんな言葉が口をついてでていた。



少しの沈黙。しまった。そう思った時にはもう遅くて。何度か瞬きをした松田が、はぁと小さくため息をついた。



怖い。反射的にそう思ってしまった。嫌われたくなくて、一度手に入れてしまったから、どうしても今の幸せを失いたくない。








「・・・・・・俺さ、人混み嫌いなんだわ」
「っ、」
「イルミネーションとかも、まぁ綺麗だとは思うけど別にそんなにすげぇ好きとかではねェ」
「・・・・・・ごめ、」


思わず俯きかけた私の頬を松田が片手でぎゅっと掴む。冷たくなった指先が頬の熱を奪う。





「お前とじゃなかったら来ねェよ、ンなとこ」
「・・・っ、」
「人は多いし、クソ寒ぃし。お前が来たいって言うから・・・・・・、喜ぶと思ったから来たンだよ」


すっと逸らされた視線。それが気まずさなんかじゃなくて、照れてるって分かるのは松田の頬がさっきよりも少しだけ赤みを帯びているから。



好き。好き。大好き。
ここで叫んだら怒られるって分かっているから、その代わりに思いっきりその腕にぎゅっと抱きつく。



「・・・・・・大好き!!!」
「余計なことごちゃごちゃ考えてねェで、お前はいつもみたいに笑ってりゃいいンだよ」



ふっと口元に笑みを浮かべた松田がくしゃりと頭を撫でてくれる。たったそれだけで、さっきまでの何倍も目の前のイルミネーションがキラキラと輝いて見えた。



────────────────



家に帰ると、鞄に入れていたクリスマスプレゼントをなまえに渡す。


「っ、これ私に・・・?」
「他に誰にやるンだよ」
「だって、松田からちゃんとしたプレゼント貰うの初めてだもん・・・っ、あの花束だけでも死ぬほど嬉しかったのに・・・こんなの・・・」


まだ中身を見てもないのに、今にも泣きそうな顔でプレゼントを両手で抱きしめるなまえ。


そっとリボンを解くと、そこにはふたつ並んだ腕時計。色味と文字盤の大きさが少しだけ違うそれを見て、なまえはぶわっと大きな瞳から涙を流す。


「・・・・・・女に何かあげるなんて初めてだから、気に入るか分かんねェけど、」
「気に入る・・・!!気に入るに決まってんじゃん!!!絶対外さない!お風呂も寝る時もずっとつけとく!!」
「防水じゃねェから壊れるわ、バカ」


ぐずぐずと涙を流しながら抱きついてきたなまえ。しばらくその時計を見ながら泣いていたなまえだったけれど、はっとしたみたいに俺の服を掴んだ。


「てかこれ、最近人気って知ってて買った?松田がそんなの知ってるわけないし、誰かの入れ知恵?!」
「・・・・・・、」
「黙るってことは図星?!萩原?それとももしかして他の女・・・っ、」


よからぬ方向へと向かうなまえの思考回路。諦めにも似たため息が溢れた。



「萩には何も聞いてねェよ。・・・・・でもバイト先の女にプレゼント選ぶの手伝うって言われた」
「はぁ?!?!誰その女、どこの奴?ねぇ!!」
「いいから最後まで聞けって。言われたけど、断ったから」


怒りに目を染めるなまえの口を片手で塞ぐと、そのまま言葉を続ける。



「絶対お前が嫌がると思ったから。流行りもんとか女の好みなんて分かんねェから、色々調べてお前に似合いそうなやつ探して店回ったンだよ」



小っ恥ずかしいったらありゃしない。でもここで誤魔化したらこいつは変な方向に勘違いするから。



「・・・・・・納得したかよ、これで」
「松田ってさ、・・・・・・もしかして私のことすごく好きだったりする?」
「あ゛?」
「なんかすごく今愛感じたもん!めちゃくちゃ好きって思われてる感があった!!」
「〜〜っ、うるせェ!!」





次の日、腕時計を贈る意味を萩から聞いたなまえがバカみたいに高いテンションで飛びついてきたのはまた別の話だ。


Fin


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