▽ 1-2
「ねぇ、ホントにいいの?」
「今日は俺と遊ぶ日だもんな、蓮♪ 」
「うん!きょうは けんじとあそぶから!ママ ばいばい!」
日曜日。昼前に家に来た萩に抱かれた蓮は、玄関先で心配そうに眉を八の字に下げるなまえにニコニコと笑顔で手を振る。
そしてそのまま萩の腕から降りると、ぱたぱたとリビングの方へと駆けていった。
「まぁ誕生日なんだし、久しぶりに2人でデートしてこいって♪ 」
「じゃあ頼むわ、萩。夕方には戻るからまた連絡する」
まだ名残惜しそうななまえの肩を引き、少しだけ強引に外に出る。雲ひとつない淡い水色の空、眩しい太陽に思わず目がくらみポケットから取り出したサングラスをかけた。
エレベーターを待つ間、なまえはすんなり蓮に見送られたのが寂しいみたいでいじけた顔でため息をつく。
「蓮、萩原に懐きすぎじゃない?!私より萩原が好きとか言われたらショックで泣くかも・・・」
「そりゃ月に何回も会いに来てたら懐くだろ」
「昔からやっぱり私のライバルは萩原なんだよ!!絶対!!学生の頃も陣平のこととられてたし!」
後半よく分かんねェけど、メラメラと萩原に闘志を燃やすなまえ。それでも蓮を任せてもいいってくらいには、こいつも萩のことは信用してるから。
エレベーターが開き乗り込むと、するりとなまえの手が俺の手に絡む。細っこい指でぎゅっと俺の手を握ると、甘えるみたいにとんっと肩に顔を寄せた。
「陣平さ、萩原より私の方が好き?」
「・・・・・・はぁ、」
「ため息で返事しないでよ!バカ!!」
「少なくとも萩と手繋ごうとは思わねェよ」
バカみたいな会話だって自分でも思う。でもこうやってちょっとズレてるとこも可愛いなんて思えるんだから、惚れた弱みってのは怖いもんだ。
歳を重ねても、この気持ちだけは変わらなくて。
「好きだよ、お前が思ってるよりもな」
「〜〜っ、」
「自分から聞いたくせに照れんじゃねェよ」
*
「遅くなってごめん!時間大丈夫そう?」
「お疲れさん♪ 帰ってくる前に陣平ちゃんが連絡くれるし、まだ大丈夫だと思う」
「ヒロ!!おしごと おつかれさま!!けんじと おかいものいってきたよ!」
「ありがと、蓮。買い物も助かるよ」
手を洗ってキッチンに向かうと、そこにはきっちり計量が終わった材料達が並んでいて。思わず隣で蓮にエプロンを着せていた萩原を見た。
「レシピ通りに量るとこまではやっといたぜ♪ 飾り付けとか蓮がやりたいだろうし、そっちに時間取れた方がいいだろ?」
「助かるよ、ありがとう」
「じゃあ後は頼むよ。蓮も頑張れよ!」
「うん!けんじ も てつだってくれて ありがと!」
萩原のこういうところがいつもすごいなって思う。掴みどころがなくてふわふわしてるようで、誰より周りを見てて先のことを考えることができる奴だから。
両手でグーを作り、気合を入れる蓮の横顔を見ながら何となく懐かしいあの頃を思い出した。
*
キッチンから漂う甘い香り。こりゃ部屋入ってきたらすぐバレそうだな、なんて思いながらタバコをポケットに片付けながらリビングに戻る。
机の上に置きっぱなしにしていた携帯に届いていた陣平ちゃんからのメッセージ。時間を見ればちょうどさっききたところだ。
『そろそろ大丈夫そうか?なまえが蓮のこと気にしてる』
なまえがって言ってるけど、蓮のことが気になっているのは多分陣平ちゃんも同じだろう。2人の様子が容易に想像できて、思わずくすりと笑みがこぼれる。
昔のなまえなら考えられなかった。あいつにとっての1番はずっと陣平ちゃんだったから。
そんなあいつらが結ばれて、お互い以上に大切なものができた。そんな2人を見ていたら結婚ってのも悪くないなぁなんて思う気もする。まぁ俺はまだまだするつもりはねぇけど。
「諸伏ちゃん、そっちどう?そろそろ時間がアレかも」
「ちょうどメッセージ書き終わったし大丈夫だよ。零も夜には少し顔出せそうだから、何か晩ごはんになるもの買ってくるって」
「了解♪ じゃあ陣平ちゃんに連絡するよ」
陣平ちゃんに返事を送ると、キッチンにいた蓮が「けんじ!!みてみて!」ってデカい声で俺を呼ぶ。
得意げな顔で見せてくれたチョコレートケーキ。諸伏ちゃんが手伝ってたから味は完璧だろう。少しだけ形の崩れた飾りのチョコレートクリーム。メッセージプレートには、覚えたての字でママ おめでとう≠チて書いてあった。
「めちゃくちゃ美味そうじゃん!ほら、蓮!もうすぐママ達帰ってくるから着替えてこい、服にチョコレートついてんぞ」
「うん!わかった!!」
ぱたぱたと廊下を走っていく小さな背中。諸伏ちゃんと2人残されたキッチン。洗い物をしていた諸伏ちゃんの隣で洗い終わった食器を拭いていく。
「こりゃなまえの奴、絶対泣くだろうな。下手したら陣平ちゃんも泣くぞ」
「ははっ、せっかくだし記念に動画でも回しておく?」
あの意地っ張りでひねくれた2人の子供とは思えないくらい素直で真っ直ぐな蓮。まだしばらくはこの家族が幸せそうにしてるのを眺めていたいなって思った。
*
2人きりで出掛けるなんて久しぶりのことで、しばらくすると萩への闘志も忘れて楽しそうに笑うなまえ。あいつが行きたがってたイタリアンの飯屋で昼飯を食った後は、ふらふらと見たがっていた服屋を回る。
誕生日なんだし好きなもん買えって言っても、結局なまえが手に取ったのは蓮の服だった。太陽が少しずつ傾きはじめた頃、カフェでしばらく時間を潰して家までの道を車で走る。
「せっかく誕生日なのに何も買わなくてよかったのか?」
「うん。蓮の服可愛いの買えたし満足♪ 買い物付き合ってくれてありがとね」
俺の手を握りながら楽しげに笑うなまえ。繋がれた手から伝わる体温に胸の奥が温かくなる。
駐車場に車を停め、マンションのエントランスをくぐる。ちょうど1階に止まっていたエレベーターに乗り、玄関の鍵を開けた。
ガチャ、とドアが開くといつもは走ってくる蓮が今日は物音ひとつ立てない。不思議そうに首を傾げたなまえがそのまま靴を脱ぎリビングのドアを開けた。
パン!という大きな音が辺りを包む。
ひらひらと舞う紙吹雪と金色のテープ。突然のことに固まったなまえの背中を押し、リビングへと入ると携帯片手に俺達を迎える萩と楽しそうに笑う諸伏がいた。
視線を下げると、そこにいたのはもちろん蓮で。クラッカーをぽいっと投げ捨てるとなまえに抱きついた。
「ママ!おたんじょうび おめでとう!」
「っ、・・・ありがと、蓮〜!!!てか何でヒロまでいるの?!どゆこと?!」
「ぼくがたのんだの! はい、これ!プレゼント!」
萩から話は聞いていた。それでも皿にのったデカいケーキを両手で一生懸命運んでくる蓮の姿を見ていると思わず涙腺が緩む。
正直、拙い字で書かれたママ おめでとう≠フ文字を見たときにはツンと目の奥が痛くなった。
・・・・・・・やべェ、これは泣くだろ。
バレないように顔を背けて鼻を啜った俺とは対照的に、ケーキを見た瞬間ぼろぼろと涙を流したなまえ。
「作戦成功だね、蓮」って諸伏が言うと、蓮も嬉しそうに笑いながら頷く。
ケーキをキッチンカウンターに置くと、なまえはそのまま蓮を抱き上げた。
「〜〜っ、蓮ありがとね!!ママすごくすごーーーく嬉しい!!!こんなに嬉しいケーキ貰ったの初めてだよ」
「へへっ、ヒロたちとがんばったんだぁ」
得意げに笑いながらなまえにぎゅっと抱きつく蓮。そんな2人を見ていると、諸伏が隣にやってくる。
「いいよね、家族って。萩原が松田の家によく遊びに行く理由が分かるよ」
「諸伏・・・、」
「まぁオレや零は仕事が恋人みたいなもんだからさ。まだしばらくはこの幸せをお裾分けしてもらえたらそれで幸せかな♪ 」
惚れた女と結婚して、何より大切な宝物がこんなに真っ直ぐ元気に育ってくれて。忙しいってのにこうして自分のことみたいに喜んでくれる大事なダチがいて。
多分、いや、絶対に。今この瞬間を忘れることはないだろう。
幸せ≠チてのを具現化したらきっとこんな感じだよなって思うんだ。
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しばらくしてやって来た零が買ってきたピザを皆で囲み、デザートには蓮が作ってくれたチョコレートケーキ。
すごく、すごく幸せだなって。
ヒロ達が帰った家の中。寝かしつけた蓮の寝顔を見ながら、今日のことを思い出すと自然と頬が緩む。
「蓮、寝たか?」
「うん。いっぱい頑張ってくれたから疲れてたみたいですぐ寝ちゃった」
廊下から陣平に声を掛けられて、そっと蓮を起こさないように2人でリビングに戻る。
テレビの上にある時計を見れば、あと5分ほどで今日が終わる。
「ねぇ、陣平」
「ん?」
「萩原から今日の話聞いてたんでしょ?ありがとね」
ヒロから今日の種明かしをしてもらった私は、改めて陣平の肩に顔を寄せながらぽつりと呟く。
子供の頃みたいに自分の誕生日にワクワクする年齢ではなくなったけど、あの頃とはまた違う幸せが手の中にあるから。
そんなことを考えていると、とんっと膝の上に小さな紙袋が置かれる。
「・・・っ、これ・・・」
「誕生日おめでと」
そっと箱にかけられていたリボンを解くと、そこには少し前に私が可愛いって言っていたブランドのピアス。
「これ可愛くない?」って雑誌を見せた時は、「いいんじゃね?」って適当に聞き流してたくせに。こうやって覚えてくれていたことが嬉しくて、蓮からのサプライズで枯れたと思っていた涙が両目を覆う。
「〜〜っ、じん、ぺ・・・、す゛き゛ー!!!!」
「ったく、泣くか喜ぶかどっちかにしろよ」
ふっと笑みをこぼしながら服の袖で私の涙を拭ってくれる陣平。日付が変わるその瞬間まで、たまらなく幸せな誕生日だなって心の底から思った。
Fin
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