番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-1


※ 短編 素直じゃないからの内容を含みますので、未読の方はそちらからお読みください。



まだ少し眠たい目を擦りながら大学の門をくぐると、少し前に真っ白なショート丈のダウンに身を包んだ見知った背中を見付ける。


朝早いってのになまえはどこか上機嫌で、楽しそうに鼻歌を小さく口ずさむ。



「〜♪ 」
「朝からご機嫌じゃん、何かいいことあった?」
「あ、萩原!おはよ!」



後ろからその背中に腕を回してみれば、振り払われこそしたけどまさかの挨拶が返ってきて思わず目を瞬かせる。


こりゃ相当機嫌いいってこったな。


「なまえが俺に挨拶するとか明日は雪か?」
「まぁ萩原のおかげでもあるから今回だけね」
「俺のおかげ?陣平ちゃん絡みでなんかあった?」


なまえの機嫌が良くなるなんて陣平ちゃんと何かあったくらいしか考えられない。俺のおかげってなんかしたっけ・・・?


勢いよく吹き抜けた冷たい風が、なまえのポニーテールを揺らす。露になった首筋をダウンの襟で隠すみたいに肩を竦めながら、なまえは嬉しそうに笑った。


「ふふっ、あのね!最近バイトが遅くなる日、松田が迎えに来てくれてるんだぁ♪ 」
「マジ?陣平ちゃんが?!」
「うん!まぁ私が頼み込んだからからだけど、それでも・・・っ、!!」


不意に途切れたなまえの言葉。誰かが後ろからなまえのポニーテールを軽く引っ張ったらしい。


同時に振り返った俺となまえ。そこにいたのは黒いマフラーで口元を隠した陣平ちゃんだった。



「・・・・・・ペラペラと余計なこと言いふらしてンじゃねェよ、バカ」
「松田〜!おはよ!!ちゃんと一限起きれたのえらいね!!」
「朝から声がデケェんだよ、お前は。ふぁ〜・・・ねみぃ」
「あ、寝癖ついてるよ、前髪んとこ」
「ん、サンキュ」


歩きながら隣から聞こえてくる会話。


眠そうに欠伸をした陣平ちゃんの前髪に手を伸ばすなまえ。ぴょこんと跳ねた陣平ちゃんの前髪に触れたなまえの手がさっと寝癖を整える。陣平ちゃんも陣平ちゃんで、それをすんなり受け入れて少しだけ腰をかがめて大人しく前髪を直してもらってる。



なんて言うかこの2人・・・・・・、




「あれで付き合ってないのが不思議だよね」


いつの間にか隣にいたのは、なまえの数少ない友達の香織ちゃんだった。


少し前を歩く陣平ちゃん達のやり取りを彼女も見ていたらしく、呆れたみたいに小さく笑いながらそう言った。


「まぁ時間の問題じゃねぇのかな♪ 俺としては今の2人を見てるのもからかいがいがあって面白いけど」
「萩原くんがあの2人を見守りたくなる気持ちが最近ちょっとだけ分かるよ。なんか可愛いもん、見てて」
「だろ?さすがにそろそろくっ付いてほしい気もするけどな」



随分と長いなまえの片想い。きっとそれが報われる日はそう遠くはなさそうだ。






俺や萩とは別の講義を取っているみょうじと廊下で別れた後、ニヤついた顔を隠そうとしない萩がぐるりと俺の肩に腕を回した。



「・・・・・・ンだよ、」
「何だよ、じゃねぇし♪ さっきのお迎え話って何?詳しく聞かせろよ」
「詳しくも何も別に何もねェし」


肩に回された腕を振りほどきながら、ポケットから取り出した携帯を触る。


ホントあのおしゃべりは何で余計なことをよりにもよって萩に話すンだよ。









別に何か特別なことがあったわけじゃない。初めてあいつのバイト先に行った日の帰り道。



「こうやって松田と一緒に帰れるなら夜遅くまで働くのも悪くないね!」

仕事終わりだってのに疲れた顔なんて見せずに嬉しそうに笑いながらみょうじはそう言った。



「お前この時間まで仕事ってよくあンの?」
「たまに、ね。なんかあの時間が人足りてないんだって」


あのカラオケ屋から俺達の地元に帰るには近くにある繁華街を抜けなくちゃいけなくて、お世辞にも治安がいいとはいえない。


女ひとりで帰るには危なくねェか?大体こいつは昔から無駄に目立つし。



「あんまり遅くなると危ないからパパがダメって言うんだよね」
「親父さんの言う通りだろ。この辺酔っ払いも多いし、女ひとりでうろうろする場所じゃねェよ」
「・・・・・・じゃあ松田がお迎え来てくれる?」
「っ、はァ?なんで俺が、」


ちょこんと俺の袖を引きながら、そんなことを言い出したみょうじ。なんで俺がそんなこと、って言いかけた言葉の続きは大きな瞳と視線が交わったせいで喉の奥でつっかえてしまう。


無駄にキラキラした瞼と長い睫毛があいつの瞳に影を落とす。何年も前から見慣れてるはずなのに、その顔を見ていると無駄に心臓がうるさくなる。



「お願い!松田が暇な日だけでいいから!一生のお願い!!」


出たよ、こいつの一生のお願い。
もう何回そのお願いを聞いてきたか・・・。


ガキの頃から変わらなそのお願いの仕方に思わずふっと笑みが溢れた。



「・・・・・・ホントに暇な日だけだからな」
「っ、うん!!!それでもいい!!めちゃくちゃ嬉しい!!ありがと!大好き!!」
「ったく、お前の一生のお願いは何回あんだよ」
「でも何だかんだ聞いてくれる松田が優しくて大好きだよ」
「〜〜っ、うるせェ!」






とまぁこんな感じで、あいつが夜バイトのある日は迎えに行くのがここ数日の日課になっていた。



めんどくせェなって思うのに、バイト終わり俺の姿を見付けると嬉しそうに駆け寄ってくるみょうじの姿を見ていると不思議とクソ寒い中で待つのも苦じゃないって思えたんだ。




────────────────



「ねぇ、陣平!ここ行きたい!クリスマスデートここにしよ?」


お互いの関係が、呼び方が、気持ちが。色んなものが時間と共に変わっていく。



なまえが俺に見せてきた携帯の画面には、クリスマスのイルミネーション特集。間違いなく人が多いであろうその場所。すぐに頷くことをしなかった俺を見て、なまえは携帯を机に置きぎゅっと抱きついてくる。



「一生のお願い!あそこのイルミずっと行ってみたかったの!」



変わらないその言葉に、ふっと目尻が下がる。笑った俺を見てなまえは不思議そうに小さく首を傾げた。



「何で笑うの?笑うとこあった?!」
「別に♪ お前は昔から変わんねェなって思っただけ」
「何それ!子供っぽいってこと?!そんなことないもん!」


キャンキャンうるさいのも、すぐムキになるところも、全部がたまらなく好きだなんて。あの頃の俺に言っても信じねェんだろうな。



Fin


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