▽ 1-1
高校最後の文化祭。周りのクラスメイト達はこれまで以上に気合いが入っていて、準備の時間すらも楽しくて仕方ないといった様子だった。
放課後の廊下には木材や段ボールがあちこちに散らばり、辺りはペンキの匂いに包まれる。
もちろん私がそんな用意にテンションが上がるわけもなくて、それでもこうしてちまちまと看板の色塗りを頑張っている理由なんてひとつだけ。
「おい、松田!そっちのペンキって足りそう?」
「多分いけると思うけど・・・、あ、赤はもうねェかも」
「ギリっぽいな。念の為買い出し行っとくか」
窓の向こうに見える中庭。たこ焼きの屋台を組み立てるクラスの男連中の中には、もちろん松田の姿もあって。
他の男達が本気で石ころに見える。なんであんなにかっこいいんだろうなぁ、なんて思いながら窓からペンキの入った缶を片手に持つ松田を眺めていた。
「じゃあ俺買い出し行ってくるわ」
ペンキの缶を地面に置いた松田はそう言いながら立ち上がる。その言葉に私は窓から上半身を乗り出しながら叫んだ。
「っ、私も行く!!!」
「・・・・・・何でだよ、ひとりで行けるし」
「ヤダヤダ!一緒に行きたいの!!」
手に持っていたハケを近くにいたクラスメイトに渡しながら「いいよね?」って強めに聞けば、誰も私にダメなんて言うわけがない。
むしろ他の買い出しまで頼まれて、しぶしぶだけど松田も私がついていくことに頷いてくれた。
さっきまでの面倒くさくてだるいなって思っていた気持ちは何処へやら。松田と一緒に買い出しに行けるってなった私はルンルン気分で鼻歌混じりに松田の背中を追いかける。
「あれ?電車乗るの?」
「××駅前のホームセンター行った方が安いし一気にいるもん全部揃うだろ」
「あ、そっか。なんか放課後デートみたいでテンション上がるね!」
「アホか。ほら、さっさと行くぞ」
学校の近くにある駅の改札。私の分も纏めて切符を買ってくれた松田は、「ん、」って切符を私の方へと差し出す。ぶっきらぼうだけど、その仕草ひとつで心臓がきゅんって高鳴るから。
この切符貰えないのかな。自動改札機の中に吸い込まれていく何の変哲もない切符がすごく特別なものに思えたんだ。
*
いつもより遅くまで学校に残ることを許されている文化祭の準備期間。帰宅ラッシュにぶち当たったらしく、電車の中は学生やサラリーマンでごった返していた。
俺達が降りる駅まではほんの数駅。みょうじはチビだからすっかり人混みに飲まれていて、気が付くと俺とあいつの間にはスーツ姿のサラリーマンと学生がいた。
あいつこの人混み大丈夫なのか?
ちらりとみょうじの方を確認すると、何食わぬ顔で携帯を触っていて気にしすぎだよなって俺もポケットから携帯を取り出した。
電車に揺られること数分。相変わらず電車内は人が多い。車掌のアナウンスが車内に響き、俺達の降りる駅の名前が聞こえてきたその時だった。
「っ、ちょっとおっさん!!さっきからワザと触ってるよね?!」
さっきまで車内に響いていた車掌の声よりも高いその声は、間違いなくみょうじのもの。携帯から顔を上げてあいつの方を見るとそこにはスーツ姿のサラリーマンの手首を掴みながら思いっきり顔を歪めるみょうじの姿があった。
「・・・っ、俺は何も・・・!」
「はぁ?何もしてないわけないじゃん!いい歳して痴漢とかキモいことしてんじゃねぇよ!」
明らかに挙動不審なそのおっさん。完全にブチ切れてるみょうじの迫力に押されていて。
そうこうしてるうちに俺達が降りる予定の駅で電車が止まり扉が開く。
みょうじに手首を掴まれたまま電車から引き摺り降ろされたそのおっさんは、額に汗を滲ませながら視線を左右にさ迷わせる。
2人を追うように電車から降りた俺は、そのままみょうじに近付こうとしたけれどホームにごった返す人混みにそれを阻まれる。
やっとの思いでみょうじとそのおっさんの元にたどり着くと、2人の言い争う声が鮮明に聞こえてきた。
「電車乗ってきた時からちらちらこっち見てたし、女子高生相手ならいけると思ったわけ?マジでキモい!さっさと駅長室行くよって言ってるじゃん!」
「・・・・・・だいたいそんな短いスカートで電車に乗る方が悪いんじゃないのか?」
「っ、はぁ?」
責任転嫁もいいところ。おっさんの言い分に少しの正当性もなくて聞いてるだけでも胸糞悪ぃ。
俺が口を開くよりも先に、そのおっさんはあいつの手を振り払い肩を思い切り突き飛ばした。
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