番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-3


最近はどこもかしこも禁煙で、カラオケみたいな個室ですら煙草を吸うことが出来ない。


煙草と携帯をパーカーのポケットに入れると、煙草を吸うために受付カウンターの近くの喫煙室へと向かう。



「ねぇ、お姉さんの電話番号教えてよぉ」
「お時間は2時間でよろしかったでしょうか?」
「無視しないでよ、ねぇってば」


喫煙室のドアに手を掛けたその時、受付の方から聞こえてきた声に思わず足が止まる。


視線を声の方に向けると酔っ払いらしい若い男が2人、受付カウンターに肘をつきながらみょうじに絡んでいて。みょうじはというと、顔色ひとつ変えることなく淡々と手続きをしている。



問答無用で酔っ払いの言葉を無視して、マイクの入ったカゴを渡そうとしたみょうじの腕を男のひとりが掴む。



「っ、」
「バイト何時までなの?電話番号ダメならバイト終わりに飲み行くのは?」


みょうじのコメカミにぴくりと青筋が浮かぶ。あいつがブチ切れるまで多分あと数秒。さすがに相手は客だから、みょうじもギリギリのところで堪えてはいるんだろう。



喫煙室のドアに背を向け、受付カウンターへと1歩踏み出したその時。カウンターの奥から出てきた男がみょうじの腕を掴んでいた男の手首を掴んだ。



「お客様、これ以上うちの従業員にしつこく声をかけるのはやめていただけませんか?」
「っ、」
「他のお客様のご迷惑にもなりますので、どうぞ」



にっこりとした笑顔。多分俺達と変わらない歳のその男はみょうじと同じバイトのようだ。


男の店員が出てきたことで興が醒めたのか、ぶつくさと文句を言いながら部屋へと向かう酔っ払い達。



「・・・・・・アリガトウゴザイマシタ」
「ははっ、お礼言うならもっと笑顔で言って欲しいなぁ」
「・・・・・・、」
「相変わらずつれないなぁ」



せっかく助けてくれたってのにみょうじは、仏頂面のまま手元の機械を操作している。その男はそんなみょうじの態度を気に止めることなく、にこにこ楽しげにあいつに話しかけていて。


「今日のバイト終わり何してんの?飯行かね?」
「行かないデス」
「えぇ、じゃあ飲みは?」
「行かないったら行かない!他の子誘えば?」
「俺はなまえちゃんと行きたいのに〜」



みょうじも必要最低限は、言葉を返していて。淡々としたあいつの物言いをさらりと受け流しながら、楽しげに話しかけるその男。何となく萩と話すときのみょうじと重なって見えて、形容し難い不快感が胸を覆う。


なんだよ、これ。萩と話してる時は何も思わねェのに。




「あ!松田!!」


俺の姿に気付いたみょうじが、カウンターから出てぱたぱたと俺の方へと駆け寄ってくる。


飛び付くように俺の腕に絡みついたみょうじは、大きな瞳を嬉しそうに細めながら俺を見上げる。


その瞳に映るのは俺の姿だけで。さっきまでの苛立ちが嘘みたいに落ち着くような気がした。






私の視界に松田が映るだけで、一気に嬉しくなるんだよ。


少し呆れたみたいな顔をしながらも、私の腕を振り払うことのない松田のことが大好きで。



例えここで会えたのが偶然でもすごく幸せだなぁって思わずにはいられない。



「・・・・・・・お前何時までバイトなワケ?」
「24時までだよ!あ、もしかして一緒に帰ってくれるとか?」


そんなわけないって知ってるのに、冗談めかしてそんなことを言ってみる。


どうせ「ンなわけねェだろ、バーカ」とか、「何で俺が送んなきゃいけねェんだよ」とか。返ってくるのはそんな言葉だって分かっている。



あの言葉すら交わすことの出来なかった期間を思えば、こうして冗談を言えるってだけでも幸せを感じることが出来るから。






















「家まで送る。あの部屋23時半過ぎまでだろ?外で待ってるから」





ポケットから取り出した携帯で時間を確認した松田が言った言葉が、たしかに耳には聞こえているのに頭で上手く理解出来ない。





「おい、聞いてんのか?」
「・・・・・・聞いて、る。誰が、・・・誰を、送るの?」
「はァ?俺がお前をに決まってンだろ。他に誰がいるんだよ」


コンっと軽くおでこを小突かれて、はっと意識が現実に戻る。




掴んでいた松田の腕を思いっ切り引っ張ると、勢いで松田の体がぐらりと傾く。



「好き!大好き!!秒で仕事終わらせて着替えて行くから、絶対絶対待っててね!!」
「だから声デケェんだよ、お前は。別にそんな急がなくてもいいし」
「私が早く会いたいから急ぐもん!そうと決まれば終わらせられそうな仕事先に済ませてくる!!」



名残惜しい気持ちを押し殺して、松田から離れ溜まっていた洗い物をする為にキッチンの方へと向かった。






ホント嵐みたいな奴だよな、あいつって。



てか何で送るなんて言っちまったンだろ、俺。



最近自分でも自分の行動の意味が分からないことが多い。そのちぐはぐな行動のほとんどにはみょうじが関わっていて。



・・・・・・・・・あ゛ぁ、分っかんねェ・・・。てか考えンのやめよ。



気が付くとあっという間に退室時間になっていて、会計を済ませた俺は友人達と適当な理由をつけて別れるとそのまま店の近くにあるベンチに腰掛けた。




携帯で最近ハマってるアプリゲームをしていると、勢いよく吹いた冷たい風に思わず肩を竦める。



その時、ふわりと後ろから漂った甘い香り。予想していなかった重みに驚いたのは一瞬のこと。外でこんな風に抱きついてくるバカは俺の周りには1人しかいない。



「お待たせ!ホントに待っててくれたのめちゃくちゃ嬉しい!」
「お疲れ。待ってるって言ったンだからそりゃ待つだろ」
「それが嬉しんだもん♪ てか松田!体冷たくなってるじゃん!寒いのにごめん!」
「別にこれくらいヘーキ。さっさと帰ンぞ」


抱きついていたみょうじの腕を解くと、みょうじはそのまま俺の正面へと回る。


さっきまでのカラオケ屋の制服から私服に着替えたみょうじ。ふわふわとしたファーコートがすっぽりとみょうじの顔の鼻から下を隠していて、そのせいか大きな瞳がいつもより際立って見えた。



ベンチに座っていた俺に視線を合わせるみたいに、腰を屈めたみょうじは何思ったのか両手で包むように俺の頬に触れた。


「っ、」
「ほら、やっぱりほっぺた冷たくなってる!コンビニでカイロ買う?」


思ったよりも近い距離で交わった視線。俺から触れると顔を真っ赤にして飛び退くくせに、この女は昔からいつもそうだ。自分から触れることには何の抵抗も迷いもない。



今だって・・・・・・、無駄にうるさい心臓の音がこいつに聞こえそうで俺は、




「松田?」


きょとんとした顔で俺の顔を覗くみょうじは、やっぱりバカだと思うしウザいと思う。こんなにも俺のペースを乱してくる女を他に知らないから。



ムカつくし、嫌いだと思うのにその瞳から視線を逸らすことが出来なくて。




「・・・・・・・・・っ、何、急に!」



むぎゅっとファーコートの襟元から覗いていたみょうじの鼻を摘むと、一気に赤くなるみょうじの頬。


それと同時に離れた両頬の温もり。それが少しだけ寂しいような気がするのは、きっと気の所為だろう。




「何でもねェよ、バーカ」
「なっ、バカじゃないもん!!」
「寒ぃからさっさと行くぞ、ほら」


立ち上がると、当たり前みたいに腕に絡みついてくるみょうじ。振り払わないのは、寒さを凌ぐため。そう、それだけだから。



「なんか腹減ったな。ラーメンでも食って帰る?」
「食べる!!松田の奢り?♪ 」
「ジャンケンに決まってンだろ」
「えぇ、ケチ〜。まぁでも松田ジャンケン弱いから私が勝つもん」
「弱いのはお前だろ。この前萩に負けてたくせに」
「あれはあいつが無駄に強いの!変なとこで運強いんだよ、あいつ!」



こんなバカみたいなくだらないやり取りも、お前相手なら悪くねェかもなって思ったんだ。






Fin


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