番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-2


「みょうじがバイト?」
「そうそう、期間限定なんだけどさ」
「・・・・・・あいつにバイトとかできるワケ?」


ある日の昼下がり。飯を食いながら萩原が口にした言葉に、思わずカレーを口に運ぼうとしていた手が止まる。



みょうじがバイト。何とも結びつかないその2つの単語。


言わずもがな、あいつはあの性格だ。誰かの指示に従って大人しく働く姿なんて想像できねェし、高校の頃からバイトとは無縁な奴だった。周りでちらほらバイトを始める奴が出てきた時も、あいつにそんな素振りはなくて。まぁあれだ、所謂いいところのお嬢様ってやつだ。



そんなあいつがバイト・・・、だから最近大学が終わったあと纏わりついてくることが減ったのか。



相変わらず顔を合わせれば、松田松田ってうるさいけれどここ数日はそれが少しだけ減っていて。(それでも1日1回は飛び付いてくるけど、)



「それが意外とちゃんとやってるらしいぜ?ほら、何だかんだ要領いいじゃん、なまえって」


何となく。萩のその言葉が俺の中の何かを逆撫でするような感覚。


別にみょうじがどこで何をしていても俺には関係ない。むしろ周りが静かになって清々しているくらいだ。


それなのにその不快感は消えてはくれなくて。



「ご機嫌斜め?陣平ちゃん」
「あ゛?別に普通だろ」
「さっきからずーっとここに皺寄ってんぞ」


口に運び損ねたスプーンを見ていた俺の顔を覗きながら、自分の眉間をとんとんと叩く萩。僅かにイラつきながら残っていたカレーを一気にかき込む。



・・・・・・別に怒ってなんかねェし。



「なまえのこと気になるなら覗きに行けば?」
「はァ?なんで俺がわざわざあいつに会いに行かなきゃいけねェんだよ」
「気になるって顔に書いてるじゃん」
「っ、書いてねェ!」
「素直じゃねぇなぁ、陣平ちゃんも。・・・・・・って、やべ。俺次も授業あるんだった、先行くわ!」


携帯で時間を確認した萩が慌ただしく立ち上がる。

去り際、「ちなみになまえが働いてんの、××駅の前のとこのカラオケだから♪ 」なんて余計な情報を残して立ち去る萩に無意識に眉間の皺が深くなる。



聞いてねェし、そんなこと。


萩が口にした駅は、割と繁華街から近い場所。夜になれば、酔っ払いだって多くなる。あのバカ、自分が目立つの分かってねェのかよ。


あの容姿のせいで人目を集めるみょうじ。そんなあいつが1人でそんな場所を彷徨いてたら、絡まれることなんて目に見えてる。



「おぉ、松田!」


そんなことを考えていると、萩と入れ違いで学食に入ってきた友人達に声を掛けられる。



「萩原は一緒じゃねぇの?」
「さっきまでいたけど授業あっから行ったとこ」
「なるほどな。あ、てかお前今日の夜暇?」
「暇っちゃ暇だけど、」
「みんなで久しぶりに飲み行かね?萩原にも声掛けといてくれよ」



あれよあれよと話が進み、気が付いたら今日の飲み会は確定していて。



用事があるって不参加の萩を除いて、集まったのは同じ学部の男4人。なんの巡り合わせか飲みにやって来たのは、萩から聞いたみょうじのバイト先の近くの居酒屋だった。







初めてのバイトは意外と楽しい。同年代が多い職場は、そこまで厳しくもなくてやることをちゃんとやってたらそこまで口うるさく言われることもない。



それに何より制服が可愛いの!!!



鏡の前で前髪を直しながら、ついでに襟元の大きめのリボンも整える。淡いピンクのカッターシャツに黒のベスト。同じくピンクの襟元のリボンがたまらなく可愛くてお気に入りだ。



「なまえちゃん!受付お願いしてもいい?」
「はぁい、分かりました〜」


さっき帰ったお客さんがいた部屋を片付けて受付に戻ると、先輩に声を掛けられる。


気が付くと時計の針はもう既に21時過ぎ。華金ってこともあって、飲み終わりらしい酔っ払いが多くなりそうな時間だ。



変なのに絡まれなきゃいいなぁ、なんて思いながら受付に立つ。



「あれ?!みょうじさん?!」
「うわ、ホントだ!ここでバイトしてたの?」


カウンターを挟んで目の前に立つのは、見覚えのない大学生らしい男。


私の顔を見るなり勢いよくカウンターに肘をつき乗り出してくる。



「・・・・・・・・・イラッシャイマセ、」
「制服めちゃくちゃ似合ってる!やべぇ、超可愛い・・・!」
「分かる!カラオケ来て正解だったな!」


うざい、うざい、うざい。

誰だよ、コイツら。



営業スマイルなんて持ち合わせていない私は、完全に表情筋を殺した棒読みでそいつらに対応するけど酔っ払ってるのか無駄に高いテンションの奴らに効果はないらしい。



「こりゃ、カラオケって言い出した松田に感謝だな」


酔っ払いのうちの1人のその言葉に、半分俯いていた顔が一気に上がる。



「っ、松田・・・?!」


そいつらの隙間から見えたのは、パーカーのフードを被って少しだけ顔を隠した松田。私が松田を見間違えるはずがない。



今度は一気にテンションの上がった私がカウンターから身を乗り出す番だった。




「本物の松田だぁ!!!!なんでここ来たの?!もしかして萩原から聞いて会いに来てくれたとか?!」
「っ、別にそんなんじゃねェよ。たまたま近くで飲んでて久しぶりにカラオケ来たくなっただけ」
「なーんだ。それでも会えたから嬉しい!!パーカー似合ってるしカッコいい!!」
「・・・・・・声デケェよ、バカ。これ書きゃいいの?」
「あ、うん!ここに名前と電話番号!」
「ん、」


カウンターに置いてあったボールペンを手に取ると、すらすると名前と電話番号を書く松田。


フードの隙間から覗く横顔がカッコいいなとか、意外と字が綺麗でギャップ萌えだよなとか。全部全部がたまらなく大好きで、さっきまでの不機嫌が嘘みたいに一気に気分が弾む。




「ん、これでいい?」
「うん!機種とかは何でもいい?」
「何でもいい」
「じゃあこれ、はい!ここの階の突き当たりの部屋ね!なんか頼んでくれたら絶対私が持ってく!!」
「マジ?なまえちゃんが持ってきてくれるなら俺いっぱい頼んじゃう!」
「・・・・・・アンタ誰?知らない人に名前で呼ばれんのウザい」
「相変わらずキツいなぁ、まぁ可愛いからいいけど♪ 」



松田との会話を邪魔されてムカついたから、思いっきり睨んでみてもイマイチ効果はないらしい。


まぁ誰が頼んでも松田のいる部屋に行く口実になるからいっか。


部屋へと向かう松田の背中を見ながら、自然と緩む頬を両手で軽くおさえた。

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